AIインフラ投資が牽引する「IT支出14%増」
米IDCは2025年12月9日、世界のIT支出に関する最新の観測データ「Worldwide Black Book」を発表しました。このデータによると、2025年のIT支出は前年比14%増という記録的な伸びを見せ、市場規模は4.25兆ドル(約600兆円超)に達する見込みです。これは、Windows 95の登場やインターネットの普及が加速した1996年以来、実に29年ぶりの高水準となります。
Worldwide IT Market on Course for Strongest Performance Since 1996
現在、世界経済は不透明な状況にありますが、AIインフラへの爆発的な投資がマクロ経済の下支え役として機能し始めています。今回の発表は、AIブームが一過性の流行ではなく、産業構造を根底から変える「スーパーサイクル」に入ったことを示唆しており、非常に重要です。
本稿では、この歴史的な成長率の背景にある「投資主体の偏り」、経済全体に波及する「好循環のメカニズム」、そして2026年に向けて警戒が必要な「供給制約のリスク」について詳細に分析します。そのうえで、日本企業がこの潮流をどう捉え、次の一手を打つかについて展望します。
1996年の熱狂ふたたび。数字が語る「スーパーサイクル」の到来
2025年のIT市場が記録した「14%」という成長率は、単に好調であることを示す以上の意味を持ちます。過去30年を振り返ると、IT支出の伸びがこれほど突出したのは、パソコンとインターネットが爆発的に普及し、「ニューエコノミー」という言葉が世界を席巻した1996年だけです。当時と同様に、現在は生成AIという革新的な技術が、新たなインフラ構築の波を引き起こしています。
提示されたグラフ(Chart 1)を見ると、2023年以降、実質GDPの成長率が横ばいであるのに対し、IT支出の伸び率だけが急激に乖離(かいり)して上昇していることがわかります。これは、経済成長の結果としてIT投資が行われているのではなく、IT投資そのものが経済を牽引(けんいん)する主役へと躍り出たことを意味します。私たちは今、景気の波に左右されない、テクノロジー主導の強力な上昇気流の中にいます。
出典:IDC 2025.12
突出するサービスプロバイダー投資。86%増の衝撃
この記録的な成長の中身を詳細に分解すると、投資の主体に大きな偏りがあることが浮き彫りになります。2025年の成長を牽引しているのは、一般企業(Enterprise)や消費者(Consumer)ではなく、圧倒的に「サービスプロバイダー」です。これには、巨大なデータセンターを運営するハイパースケーラーやクラウド事業者が含まれます。
驚くべきは、サービスプロバイダーによるサーバーやネットワーク機器への投資額が、前年比で86%も増加する見込みであるという点です。彼らは2024年の記録的な投資をさらに上回るペースで、AIインフラの構築に資金を投じています。これは、AIの覇権争いが「アプリケーション開発」の段階以前に、まずは莫大な計算資源を確保する「インフラ構築」の段階で激化していることを如実に物語っています。

出典:IDC 2025.12
AI投資が生み出す「経済の好循環」メカニズム
IDCの分析で興味深いのは、この巨額のAI投資が「経済の安定化装置」として機能しているという視点です。ハイパースケーラーによるインフラ投資は、ハードウェアメーカーや関連サービス企業の収益を押し上げます。そして、安定した収益基盤を持つテクノロジー企業が経済全体を支えることで、一般企業もクラウドやソフトウェアへの投資を継続できるという環境が整います。
実際、2025年のソフトウェア支出も14%の増加が見込まれています。これは、AIインフラへの投資が一部のハードウェア需要にとどまらず、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)やクラウド移行を加速させ、ソフトウェア市場全体へ波及していることを示しています。テクノロジー投資がマクロ経済の成長を支え、その成長がさらなる投資を呼ぶという「好循環」が、現在の市場を支える強力なエンジンとなっています。
2026年の展望と懸念される供給サイドの制約
現在の熱狂はいつまで続くのでしょうか。IDCの予測によれば、2026年のIT支出の伸びは10%へとやや減速するものの、依然として歴史的な高水準を維持すると見られています。2001年のドットコム・バブル崩壊のような急激な市場収縮の可能性は、現時点では低いと分析されています。需要は底堅く、多くの企業が来年もIT予算の増額を計画しているからです。
しかし、死角がないわけではありません。懸念されるのは需要の減退ではなく、供給側の制約です。急速なインフラ拡大に伴い、2026年にはメモリなどの主要コンポーネントが不足し、PCやサーバーの価格高騰を招くリスクが指摘されています。また、関税をめぐる国際情勢の変化も不確定要因です。これらは、ハードウェアの調達コストを直撃し、企業の投資計画に修正を迫る可能性があります。
今後の展望
今回のデータが私たちに突きつけているのは、「インフラを持つ者」と「それを利用する者」の役割分担がかつてないほど明確になったという事実です。
2026年に向けて、ハイパースケーラーによるインフラ構築競争は一巡し、焦点は「構築されたAIインフラをいかにビジネス価値に変えるか」というアプリケーションの領域へ移行します。日本企業にとっては、高騰するハードウェアを自前で抱え込むリスクを避け、整備されたクラウド基盤の上で、いかに独自のデータとAIを組み合わせ、具体的な収益モデルを確立できるかが重要です。
メモリ不足やコスト増が予想される中、漫然とした投資は許されません。今後は、自社のコア領域を見極め、AI活用による生産性向上や新規事業創出といった「実利」に直結する分野へ、リソースを集中させることが求められています。

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