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20年以上断続的にこのブログを書き継いできたインフラコモンズ代表の今泉大輔です。NVIDIAのフィジカルAIの世界が日本の上場企業多数に時価総額増大の事業機会を1つだけではなく複数与えることを確信してこの名前にしました。ネタは無限にあります。何卒よろしくお願い申し上げます。

【ランサムウェア事件簿#6】Change Healthcare──米国の"医療の心臓"が止まった日

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世界各国のよく知られたランサムウェア被害事案について、日本企業が学ぶべき事項が多々ある"教材"として、ランサムウェア・ナレッジベースとしては世界トップレベルにあるChatGPT 5に書かせています。本シリーズの過去投稿は以下のカテゴリーにまとめました。

「ランサムウェア事件簿」カテゴリーの投稿


2024年2月21日。
米国の医療保険システムの中核企業 Change Healthcare(UnitedHealth Group傘下) が、
サイバー犯罪組織 ALPHV(BlackCat) のランサムウェア攻撃を受けました。

この瞬間、全米の薬局と病院の"決済システム"が停止しました。
患者は薬を受け取れず、病院は保険請求を送れず、
米国医療の"血液"である請求データの流れが途絶えたのです。

1. Change Healthcareとは何か

Change Healthcareは、米国医療の「バックオフィス」を支える企業です。

  • 取引病院:全米約6万機関

  • 薬局:7万件超

  • 処理する請求データ:年間150億件

  • 医療費決済額:約2兆ドル(GDPの約8%)

つまり、ここが止まるということは、
「アメリカ全体の医療保険システムが麻痺する」ことを意味します。

2. 攻撃の実態──ALPHVが突いた"シングルポイント"

攻撃を実行したのは、ロシア語圏のランサムウェア組織 ALPHV(別名BlackCat)
標的となったのは、Change Healthcareの VPN経由のCitrix環境 でした。

米CISA(サイバーセキュリティ庁)の報告によると、
ALPHVはCitrixのゼロデイ脆弱性(CVE-2023-4966, "CitrixBleed")を悪用して侵入。
その後、Active Directory権限を奪取し、
内部のVMware仮想基盤とバックアップシステムを暗号化しました。

たった一つのVPN認証突破が、医療国家システム全体の停止を引き起こしたのです。

3. 全米の混乱──薬が買えない、請求できない

攻撃の影響は即座に波及しました。

  • 全国のCVS、Walgreens、Walmartなど主要薬局が保険処理不能

  • 病院は患者請求データを送信できず、収入ゼロに

  • 保険会社は請求を処理できず、支払い遅延

  • 医師・薬剤師は「現金支払いか、処方延期」

米国の医療機関の約4分の1が資金繰りに苦しみ、
一部の地方病院では給与未払いの危機にまで発展しました。

「これはハッカーによる9.11だ」
と、米国医療協会(AMA)の幹部が語ったほどの衝撃でした。

4. 交渉と支払い──「2,200万ドルの現実主義」

ALPHVは攻撃直後、60TBの機密医療データを盗み出し、

「7日以内に2,200万ドル支払え。さもなくば全患者データを公開する」
と脅迫しました。

UnitedHealth Group(親会社)は数週間沈黙を保ちましたが、
最終的に2,200万ドル(約35億円)を支払ったと報じられています(Wired, Reuters)。

しかしその直後、ALPHV内部で報酬配分を巡る内紛が起こり、
犯行データの一部が公開。
犯人側の混乱がさらなる混迷を招きました。

5. 復旧と再構築──「医療インフラ再設計」

復旧には約1か月を要しました。
Change Healthcareは、クラウド環境を全面再構築し、
データ処理を再稼働させました。

並行して:

  • 米CISA・FBI・NSAが合同調査チームを設置

  • Microsoft、Mandiant(Google)、CrowdStrikeがフォレンジックに参加

  • 脆弱性の修正とゼロトラスト再設計を実施

特筆すべきは、復旧よりも「社会的補償」が先に動いたことです。
UnitedHealthは、資金難の病院・診療所に 総額約30億ドルのつなぎ融資 を実施。
"患者を守るための経済的防御" に踏み出しました。

6. 結論:「支払いで時間を買った」米国の現実

Change Healthcareは、支払いを選び、事業を再開しました。
その決断は批判されましたが、数百万人の命を守るための時間稼ぎでもありました。

「倫理ではなく、現実を選んだ」
この一言に、現代ランサムウェア時代の真実が凝縮されています。

医療・電力・通信など、国民生活を支えるインフラ企業にとって、
"止めない設計"こそが最大のセキュリティであると言えるでしょう。

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