Xcel Energyのボルダー・スマートグリッド事例から学べること(上)
Xcel Energyがコロラド州ボルダー市で展開していたスマートグリッド実証実験は、一部では、失敗だったと言われていますが、その一言で片付けるにはもったいない数多くの知見を含んでいると思います。現在でも、ボルダー市内で敷設されたスマートグリッド設備は動いているわけですし、恩恵に与っている一般世帯が多数あります。
また、Xcel Energyでは先頃、時間帯によって電力価格が変化する意欲的な料金体系、いわゆるダイナミックプライシングを導入しました。ピーク時に価格を高くし、消費者に家電製品の利用を非ピーク時にシフトしてもらおうという狙いです。
さらには、ボルダー事例のプロジェクトマネジメントを行っていたAccentureはボルダーでの教訓を生かして、スマートグリッドのパイロット実験を成功に導くにはどのような条件があるかを説明したホワイトペーパーを先頃、World Economic Forumと共同名義で刊行しました(New Forum Report Identifies Smart Grids as Key for a Greener Economy)。このホワイトペーパーについては、中身をよく読んで後日お伝えしたいと思います。
本投稿ではこのボルダー事例を振り返りながら、何が失敗とされたのかを確認した上で、得られる知見を整理してみたいと思います。
■ボルダーのSmartGridCity計画の概要
Xcel Energyではボルダーの実証実験に関して、"Smart"と"Grid"と"City"の3語を組み合わせた"SmartGridCity"という固有名詞を作り、商標登録しています。米国でもっとも早いスマートグリッド実証実験だったということもあり、その意気込みを表していると言えるでしょう。計画は、送配電網のスマート化と、消費者世帯の電力使用のスマート化の双方を含む非常に盛り沢山な内容でした。現時点で実現している項目も計画に沿ったものとなっています。決して計画倒れに終わったという訳ではありません。
テストベッドとなったボルダー市は人口10万人。コロラド大学があるため教育水準が高く、スマートグリッドの活用に積極的なエコ意識の高い消費者が多いと想定されていました。また、スマートグリッドの標準化でも主導的な役割を果たしたNIST(米国国立標準技術研究所)が研究所を置いており、ユーザーとしての参画が期待できました。
SmartGridCity計画は、ここに4つのスマート変電所を設置し、200マイル(322km)の光ファイバーを敷設、多数のスマートフィーダー(開閉器)と1万5,000〜2万5,000のスマートメーターを結んで、リアルタイムで機能するスマート配電網を作り上げるという内容でした。計画に含まれる200マイルの光ファイバー敷設が、後々コスト肥大の原因となりますが、計画策定当時は誰も予見できなかったようです。
当初から発表されていた総費用は1億ドル。しかしこれがある時から、純粋な初期投資額は1,530万ドルと発表されるようになりました。後述するような、コンソーシアム参加メンバーの資金負担に関する態度の違いが出てきたのかも知れません。なお、この実験はオバマ政権のスマートグリッドに対する助成金を得ていません。
実証実験参加企業は以下の通り。
ー Xcel Energy:主体となる電力会社
- Accenture:プロジェクトマネジメント
- Current Group:配電網上のセンサー、電力線通信技術提供
- Schweitzer Engineering Laboratories:送配電網のスマート化技術提供
- Ventyx:設備保全系のソリューションを提供
- GridPoint:消費者側にウェブを通じた電力使用管理ソリューションを提供
- OSI Soft:スマートグリッドがリアルタイムで生むデータの管理ソフトを提供
各メンバーの詳細な紹介はこちらにあります。
■SmartGridCity計画ー送配電網のスマート化
変電所、フィーダー等のスマート化によってできあがるスマート配電網では以下が期待されていました(Xcel Energyが公開しているホワイトペーパーによる)。
・送配電網に生じた故障等を自動検知、該当箇所を切り離し、回復後は自動的に復旧する。
・送電線の事故等による電圧の急低下を検知し、代替的な電力供給源に切り替える。
・変圧器間の自動スイッチング、変電所間の自動ルーティングを可能にする。
・停電後の復旧にかかる時間を短縮する(人が介在せず遠隔操作によって復旧時間を短縮)。
・電力需要の変動に柔軟に対応できるようにスマート機器を通じて配電指令者が需要を常時モニターできるようにする。
・メンテナンスを最適な時期に行えるようにリアルタイムで情報を得る。
・現状の記録の自動化、対策実施後の状況分析を行う。
こうして挙げてみると、日本の電力会社の送配電においてはすでに実現していることばかりだと思います。送配電部分については日本と同じ水準に達するのがXcel EnergyのSmartGridCity計画だと言えるでしょう。
■SmartGridCity計画ー消費者利用部分のスマート化
スマートな配電網とスマートメーターによって実現する消費者利用部分のスマート化は、利用者に以下のようなメリットをもたらすことが目されていました。
・消費者が電力使用を節約したくなるようなインセンティブの提供(現在提供されているダイナミックプライシングを指す)。
・電力使用状況をトラッキングし、利用スタイルをエコフレンドリーに改善し、電力料金総額を節約できるようになるオンラインツールの提供。
・リアルタイムプライシングを実施するための信号に基づいて、予め設定した「最小電力料金コース」「二酸化炭素排出削減コース」といったコースに基づいて、自動的に電力使用を管理するためのメカニズム。
・先進的なスマートメーターが家庭内の家電製品とコミュニケーションを行って、電力使用を削減し、電力料金を節約できるようにするメカニズム。
その他、次のようなメリットも想定されていました。
・プラグインハイブリッド車に対する充電を最適化するメカニズム。
・停電時には、利用者が電力会社に通報する手間を削減。
・家庭や地域コミュニティにおける再生可能エネルギーの利用(系統を使いながら、太陽光発電を使えるようにする)。
現在の様々なスマートグリッド事例で実現が目されている事項と比較しても、何ら遜色のない内容だと言えます。
■膨れあがった光ファイバー敷設コスト
SmartGridCityは昨年9月上旬からスマートな送配電網の利用と、スマートメーター設置済みの消費者における利用とが可能になりました。
そのしばらく後で、同実証実験でユーザー側で積極的に参加しているコロラド大学の総長の利用スタイルを紹介する記事が出ました(Largest 'Smart Grid' Test Hopes to Shock Consumers About Energy Use)。同記事によると、
・プラグインハイブリッド車への充電を夜行っている、
・スマートグリッドが利用できるようになった9月以降、電力料金は14%下がった、
・自宅の家電は必要に応じて自動的にオンオフできるようになっている。例えば不在時には自動的にエアコンなどがオフになり、帰宅前にオンになって適正な温度にする、
・太陽光発電を組み入れている、
・停電時には太陽光発電ないしプラグインハイブリッド車のバッテリーから給電できる、
・ダイナミックプライシング開始後はより多くの電気料金削減が期待できる、
そうです。
ただこれはあくまでもデモンストレーション的に参加している同大総長の自宅の話であり、Xcel Energyの担当者も記者の質問に答えて、一般世帯がこのように積極的に使うかどうかは未知数だとしています。もっとも実証実験の目的は、様々な方策が提供されているなかで、消費者がどう振る舞うか、あるいは、電力消費の行動を変えるのかどうかを確かめることにあるわけなので、未知数であることが当然とも言えるでしょう。
こうした報道があった後、ボールダーの動向を伝える記事はしばらくなくなって、今年2月に入ってから、同実証実験が苦境にあることが伝えられるようになりました。
Boulder smart grid costs blow up, PUC orders more transparency
この記事によると、当初の初期投資見積もりが1,530万ドルだったところ、2009年半ばには2,790万ドルに修正され、2010年2月になるとさらに4,210万ドルに修正されたとのこと。原因は光ファイバーを地下に敷設するにあたって、当初見積もりにはなかったブルドーザー、ドリル、クレーンの使用が多々発生して、建設コストが肥大したからだそうです。
これを手当するため、米国ではどの電力会社も料金改定をするにあたって地域の公益事業委員会に申請しますが、同社もColorado Public Utilities Commisionに6.5%の料金値上げを申請。これはいったん認められました。得られる追加収入の大半は新設発電所に回されますが、1,100万ドルはSmartGridCityの追加発生コストの穴埋めと2009年および2010年のオペレーション&メンテナンス費に充当される予定だったそうです。
しかしその後、公益事業委員会が、そもそもの計画ではコンソーシアム参画メンバーが1億ドルとされた総費用を分担する予定だったものが、各社の負担があいまいになっているということで疑義を差し挟み、料金値上げが実現する前に、各メンバーの負担分が明らかにされることと、電力顧客が負担してしかるべきボルダー実証実験のコストが算出されなければならない、という風になりました。ちなみにXcel Energyはミネソタ州に本拠地があり、コロラド州ボルダー市は営業区域の一部に過ぎません。この一部区域の実証実験の負担を全顧客に負わせるのはいかがなものか、という論理です。
この疑義が出された結果、同社は"Certificate of Public Convenience and Necessity"と呼ばれる、その設備投資が顧客に対してどのような投資効果を生むのかを明快に説明する文書の提出を求められることとなりました。通例、発電所などを建設する際に投資決定(料金転嫁)に先立って提出される書面であり、それをXcel Energyが提出していなかったことが非難される場面もありました。
この図式は次のように考えることができます。
規制業種である電力業において、通例は投資決定(料金転嫁)に先立って提出されるべき説明書類が、Xcel Energy 1社のプロジェクトであれば、敢行どおり順当に提出されたのかも知れません。しかし、コンサルティング会社を初めとする異業種が複数参画するコンソーシアムにおいては、特にそのなかに財務力の弱いベンチャー企業なども参画している状況では、「どの会社がいくら負担するか財布を見せたくない」という事情があったものと思われます。公益事業委員会が、規制下にない異業種の参加メンバーに対しても、半ば強制的に負担分の開示を要求しているわけで、ある意味で越権行為と捉えられなくもありません。実証実験に参加する異業種メンバーは、いわば手弁当で、収益度外視のボランティアでやっているわけなので、「負担分が少ない」と公益事業委員会から横やりが入ると、参加インセンティブが吹き飛びかねません。こういうことがあると、この後に続くコンソーシアム式の実証実験がやりづらくなるということがあると思います。
同記事では、公益事業委員会による「スマートグリッドに反対しているわけでもなく、コストが肥大したことがダメだと言っているわけでもない」という意味のコメントも載っていましたが、結果として、コンソーシアム式のスマートグリッド実証実験の進展に牽制をかける形になってしまいました。
長くなりましたので二回に分けます。ご了承下さい。