eSIM市場、2026年に6億3,000万台超に
調査会社ABIリサーチは2025年9月16日、eSIM対応機器の世界出荷が2026年に6億3,300万台を超えるとの予測を発表しました。
中国が国内スマートフォンへのeSIM採用を解禁する動きと、IoT市場で国際規格「SGP.32」の普及が進展し始めています。2025年のeSIM対応機器は消費者向けが4億300万台、IoTが1億4,000万台に達する見通しで、特にスマートフォン市場の回復が全体を押し上げています。
スマートフォンは依然としてeSIM普及の中心であり、2025年には全eSIM対応機器の74%を占めました。中でも中国市場の開放は、アジア太平洋地域の成長率を年平均22.8%に引き上げると予測され、北米や欧州を上回る勢いです。一方で、米国や欧州ではMVNOや旅行用eSIMなど新しいサービス分野に商機が広がっています。
今回は、このeSIM拡大の背景、中国市場の影響、IoT分野の展望、そして事業者に求められる戦略について取り上げたいと思います。
スマートフォン市場の復調とeSIM普及の加速
2022年から2023年にかけて低迷していた世界のスマートフォン市場は、2024年以降急速に持ち直しています。この復調に大きく寄与しているのがeSIM対応機能です。2024年には全eSIM機器出荷の66%がスマートフォンであり、2025年には74%に拡大しました。依然として市場の7割以上のスマートフォンがeSIM非対応であるため、普及余地はきわめて大きいといえます。
eSIMの導入が進むことで、消費者は通信事業者の切り替えを容易に行えるようになり、グローバルローミングや旅行用途でも利便性が高まります。メーカーにとっても物理SIMスロットを排除することで設計自由度が増し、防水性能や小型化に有利となります。Appleが米国で「eSIM専用iPhone」を展開しているのは象徴的な動きであり、この方針が欧州や他地域へ拡大すれば、業界全体のシフトがさらに加速するでしょう。
中国市場の開放がもたらす衝撃
これまで中国市場は国内規制によりeSIM採用が制限されてきました。しかし、2025年から中国聯通(チャイナユニコム)がスマートフォン向けeSIMの試験導入を開始し、世界最大級のスマホ市場が一気に開放されます。中国のスマートフォン出荷規模は年間数億台にのぼり、この市場へのeSIM導入は、単一国として最大の普及ドライバーとなります。
ABIリサーチによると、アジア太平洋地域のeSIMスマホ出荷は2025年から2030年にかけて年平均22.8%で拡大する見込みです。これは北米(6.2%)や西欧(9.8%)を大きく上回る成長率であり、メーカーや通信事業者にとって新たな競争の主戦場となります。中国の採用は単なる数量の拡大にとどまらず、グローバル市場全体の均衡を変える可能性があります。特に、低価格帯スマートフォンへの実装が進めば、途上国市場にも波及することが予想されます。
IoT市場とSGP.32の役割
一方、IoT分野におけるeSIM導入は期待に比べやや遅れています。その背景には、国際的な技術仕様「SGP.32」の策定遅延があります。同規格は、IoT機器におけるリモートプロビジョニングの標準化を目的としており、複数の事業者や国をまたぐ利用に不可欠です。2025年以降に本格導入が進めば、物流、製造、ヘルスケア、スマートシティといった分野で新規需要が拡大すると見込まれます。
特に自動車や産業機器など、長期間にわたり通信機能が求められる分野では、eSIMがSIMカード交換の手間を省き、セキュリティ強化にもつながります。今後、SGP.32対応機器が市場に流通すれば、IoTにおけるeSIMの存在感は飛躍的に高まるでしょう。
北米・欧州で広がるサービス機会
中国やアジア太平洋が数量面での成長を牽引する一方、北米や欧州ではサービス分野に商機が広がっています。米国ではAppleのeSIM専用iPhoneが市場をけん引し、利用者はすでに従来のSIMからの移行を進めています。このように、デバイス普及と実際の利用との間にタイムラグが少ない点が特徴です。
また、欧米では旅行者向けのプリペイドeSIMや、低価格で柔軟な通信を提供するMVNOが市場を拡大しています。これに伴い、eSIMオーケストレーションを担うプラットフォーム事業者や、クラウドベースのプロビジョニングインフラを提供するベンダーにも需要が高まっています。ABIリサーチは、2029年までに10億件を超える消費者プロファイルダウンロードが発生すると予測しており、事業者間の競争は激化する見通しです。
今後の展望
2025年から2026年にかけて、eSIM市場は大きな転換点となることが予想されます。中国市場の開放、欧米でのeSIM専用スマートフォン拡大、そしてSGP.32に基づくIoT展開が重なり、eSIMは「次の標準」としての地位を固めていくになるでしょう。通信事業者にとっては、eSIM対応インフラの整備が急務であり、国や地域による対応の差が利用者体験を左右する可能性があります。
同時に、eSIMを活用した新たなサービス創出が求められています。旅行eSIMや多国籍法人向けのグローバル接続サービス、スマートシティにおけるセキュアな通信基盤など、付加価値領域での競争が重要になるでしょう。メーカーにとっては、ハードウェア販売に加えてサービス連携を強化することが収益拡大にもつながるでしょう。
市場が成熟するにつれて、数量競争から、特定ニッチに強みを持つ事業者が大きな成果を収める段階へと移行していくことが予想されます。eSIMの普及はモバイル通信のあり方を変え、業界の勢力図を塗り替えていく可能性を変えていく可能性もあるでしょう。