AI-RANは通信事業者の新たな収益機会となるか
ABIリサーチは2025年9月22日、AIを無線アクセスネットワーク(RAN)に組み込む「AI-RAN」の市場予測を発表しました。
Vendors Push AI-RAN Toward $6.18 Billion Market Value, but Operators Remain Cautious
報告によると、AI-RANの収益は2032年までに約61億8,000万ドルに達する見通しであり、2029年以降に急速な成長が期待されています。AIによる基地局の自律制御やネットワーク最適化は、通信事業者にとって長年の課題である運用コスト削減やサービス品質改善につながる可能性を秘めています。
しかし現状を見ると、ベンダーの期待と事業者の姿勢には温度差があります。AI-RANアライアンスの加盟社数はこの1年で11社から80社以上に拡大しましたが、その多くはベンダーであり、通信事業者はわずか8社にとどまります。ソフトバンクのAITRASやNVIDIAによる深圳での実証は注目を集めていますが、第三者による効果検証は限定的です。
AI-RANは通信事業者を「救う」存在となり得るのか。ベンダーと事業者の視点の違い、アーキテクチャ選択の迷い、そして普及への条件を探ります。
ベンダーが描く成長シナリオ
AI-RANは、AIによる自動最適化を通じて周波数利用の効率を高め、ピーク時のトラフィック負荷を緩和できると期待されています。結果として、顧客体験の改善やエネルギー効率向上に寄与し、オペレーションコストを抑える効果が見込まれます。こうしたポテンシャルを背景に、ベンダー各社は次世代ネットワークの切り札としてAI-RANを前面に打ち出しています。
AI-RANアライアンスは1年前に11社に過ぎなかった加盟は、いまや80社以上に広がりました。AIチップベンダー、ソフトウェア開発企業、通信機器メーカーなどが名を連ね、標準化やユースケース開発に意欲を示しています。市場調査会社の予測でも、2029年以降の加速的成長が強調され、ベンダー主導の期待は高まっています。
一方、通信事業者の多くは投資には慎重な姿勢です。
事業者が慎重になる理由
通信事業者がAI-RANに慎重な理由は「実証データの不足」です。ソフトバンクのAITRASやNVIDIAによる深圳での取り組みは先進的ですが、現時点で第三者による大規模な検証結果はほとんど公開されていません。
さらに、通信事業者は5G展開の投資回収や6G研究開発との兼ね合いを抱えています。未成熟な技術に資金を振り分けるリスクは小さくありません。加えて、都市部・農村部・僻地といった多様な環境で本当に効果が出るのかという不確実性も判断を鈍らせています。
ABIリサーチのサミュエル・ボウリング氏は「事業者に必要なのは、透明性の高いベンチマークと実証結果である」と述べています。つまり、コスト削減と性能改善の双方を裏付ける「数字」と「事例」が揃わない限り、事業者の導入姿勢は変わりにくいといいます。
揺れるアーキテクチャ選択
AI-RANの採用を左右する大きな要因が「コンピュートアーキテクチャの選択」です。現在は大きく2つの潮流があります。
一つはGPUベースの高性能アプローチです。NVIDIAの「Aerial RAN Computer-1」や「ARC-Compact」は、マッシブMIMOやビームフォーミングなど高度な処理に強みを持ち、性能面では群を抜きます。しかし、エネルギー消費の高さや専用ソフトウェア依存によるベンダーロックインの懸念が残ります。電力コストが高騰するなかで、GPU中心の投資に慎重な声は根強いのです。
もう一つはCPUやカスタムシリコンを用いた効率重視のアプローチです。これらはGPUほどの処理性能は持たないものの、消費電力が低くコスト効率に優れており、既存設備との親和性も高いとされます。結果として、事業者の運用柔軟性を高める選択肢となっています。
この二極構造は、事業者の意思決定を難しくしています。将来的にどちらが標準化されるか見通せないため、巨額の長期投資を決断できないのです。事業者にとっては「性能か効率か」という選択が、AI-RAN導入の最大の分岐点になりつつあります。
実証と標準化が突破口
AI-RANの普及を本格化させるためには、個別ベンダーの取り組みを超えた「業界全体での実証と標準化」が必要です。現状では性能評価の基準がバラバラであり、事業者は公平に比較できません。この状況は投資判断の遅れにつながっています。
業界アライアンスや標準化団体が主導して、GPU・CPU・カスタムシリコンを横並びで検証するベンチマークを策定すれば、導入リスクは大きく軽減されます。また、都市・農村・僻地といった環境別にコスト削減効果や性能改善を示すことも信頼構築に不可欠です。
ベンダー側も「未来像の提示」から「成果の証明」へと軸足を移すことが求められています。透明性の高い検証結果を共有し、事業者が安心して導入を進められる仕組みづくりが市場拡大の前提条件となるでしょう。
今後の展望
ABIリサーチの予測どおり、AI-RAN市場は2030年代にかけて拡大する可能性を秘めています。その成長は、実証・標準化・透明性という「三つの条件」が整って初めて加速すると考えられます。
今後の注目は、ソフトバンクやNVIDIAなど先進的な事業者が取り組む実証が、どのように成果として公開され、第三者の評価を得られるかです。大規模なコスト削減や性能改善が数字で示されれば、事業者の慎重な姿勢は一気に変わる可能性があります。また、エネルギー効率や脱炭素への社会的要請が高まるなかで、環境負荷の小さいアーキテクチャが評価されていくでしょう。