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クラウド・エコシステム(18)医療クラウド

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第一回はクラウド・エコシステムの概要、第二回は登場の背景、第三回は注目される6つの理由、第四回はSIビジネスの今後、第五回はコミュニティの存在、第六回はクラウドを推進する団体、第七回はオープンクラウド、第八回はクラウド・エコノミクス、第九回はソーシャルキャピタル、第十回はグローバル市場、第十一回は組み合わせ型モデル、第十二回は産業構造の変化、第十三回は経営者の視点、第十四回はベンチャー企業の役割、第十五回は政府の役割、第十六回は自治体クラウド、そして、第十七回では教育クラウドについて整理をしてきました。

今回は医療クラウドについて整理をしたいと思います。公共分野のクラウド化において、特に医療クラウドの今後に注目が集まっています。

調査会社のシード・プランニングは2011年2月10日、医療分野におけるクラウド活用に関する市場規模が、2010年は100億円未満の市場の状況から、政府の推進の後押しを背景に、2015年に1,164億円、2020年には1,928億円まで急速に市場が拡大すると予測しています。

医療分野におけるクラウド市場が拡大する要因として、厚生労働省が2010年2月1日に発表した「診療録等の保存を行う場所について」が一部改正され、民間事業者が、厚生労働省の「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」、経済産業省の「医療情報を受託管理する情報処理事業者向けガイドライン」、総務省の「ASP・SaaS における情報セキュリティ対策ガイドライン」や「ASP・SaaS 事業者が医療情報を取り扱う際の安全管理に関するガイドライン」を遵守することを前提条件として、診療記録などの外部保存が明確に認められています。

このため、民間事業者によるクラウドを活用した医療サービス提供の可能性が拡がり、民間事業者は、震災時の医療機関連携支援の強化や個人情報が特定できない状態でデータを保存する仕組みを整備するなど、市場参入とクラウドに対応したサービス開発が重要となっていくでしょう。

震災で拍車がかかる医療クラウドのあり方

震災の影響と政府の政策的な対応も医療クラウドの普及を後押ししています。

震災によって、患者の紙のカルテ情報や院内に設置した電子カルテシステムが津波などにより流出・毀損し、患者情報を紛失してしまった医療機関もみられました。少なくとも宮城・岩手県沿岸部で、14病院のカルテ情報が流されたといいます。

石巻市立病院では、山形市の病院との提携で電子カルテの相互保存をしていたため復元することができましたが、津波により、電算室に保管していた約4万人分の電子カルテが水没しました。

また、震災直後の避難所での被災者の患者の診療は、困難を極めました。かかりつけの医師がいて被災者の患者のカルテ情報があれば、適正な処置ができますが、震災ではカルテが津波で流されてしまい、避難所に患者ごとの過去の診療記録や投薬情報などがあるケースはほとんどありませんでした。

避難所では、65歳以上の高齢者が約4割を占め、患者自身が自分の過去の病歴を正確に把握しているケースも多くはありませんでした。避難所の診療所で被災地に入った医師が被災者を治療しようとしても、患者の病歴が把握できないため、問診から始まり必要に応じて検査を実施し禁忌薬やアレルギーを考慮した上で処置が必要となります。そのため、患者一人ひとりの診療に時間がかかってしまい、医療サービスに支障をきたしていました。

被災地では、被災直後は緊急医療が中心でしたが、高齢者を中心に糖尿病や高血圧などの慢性疾患への治療も必要となり、適正に処置をするためのカルテ情報が必要となりました。診療情報をもとに十分な診療を実施していくためには、複数の機関同士が診療情報をクラウドで医療データを共有し、どこの病院でも患者の病歴を確認し、医療効率を高めて適正に診療を受けられる環境が必要となります。

この場合、クラウドなどを活用し遠隔地にデータを安全に保管することによって、震災などでカルテ情報を失うリスクも軽減することができます。緊急搬送などの緊急時にも患者情報にアクセスすることで、迅速に処置ができるなどのメリットも見込まれます。

一方、患者の個人情報をクラウドなどで外部に保存や管理をすることは、個人情報の漏洩リスクも考慮しなければならず、各医療機関は患者に対して、メリットとリスクを説明した上で、情報管理を進めていく必要があるでしょう。

「どこでもMY病院」構想の実現

政府では、関連団体や民間企業と連携し、すべての国民の医療情報を電子化してデータベース化し、全国どこでも過去の診療情報に基づいた診療を受けられ、さらには個人自らが医療・健康情報を医療機関から受け取り、自らデータを管理・活用ができる「どこでもMY病院(自己医療・健康情報活用サービス)」構想の検討が進められています。

「どこでもMY病院」は、日常生活での健康管理や医療機関や薬局での受診、緊急処置などで、最適な健康・医療サービスを受けやすくするなどのメリットがあります。

「どこでもMY病院」構想の実現には、制度面の整備や規制緩和や地域医療連携の整備と共に、必要に応じて医療情報をネットワーク経由で参照できる医療クラウド基盤を構築し医療情報の電子化を促進することが必要となります。

「どこでもMY病院」構想の実現は、IT戦略本部が2010年6月に公表した「新たな情報通信技術戦略 工程表」によると、遅くとも2013年までに調剤情報(お薬手帳)と診療明細書の提供サービスを開始する予定です。

特に、震災で被災者の中長期的な心身のケアや高齢者を中心に慢性疾患への治療も必要となります。早期に医療や介護分野の電子化を進め「どこでもMY病院」構想のモデル地域としての仕組みづくりや制度設計、そしてクラウドを活用した共通基盤の構築整備などに取り組んでいくことが不可欠となるでしょう。

経済産業省は2012年5月、「どこでもMY病院」構想などの実証事業について、成果報告書を公表しました(関連記事)。本構想は「2010年度医療情報化促進事業」として実施しており、4団体が採択され、11年4月から1年ほど実証事業の取り組みが報告されています。

共通番号制度への対応

震災により、政府は住民の本人性などの観点から国民共通番号制度への対応を急いでいます。

政府・与党社会保障改革検討本部は2011年6月30日、「社会保障・税番号大綱」を公表しました。国民一人ひとりに年金、医療、介護保険、福祉、労働保険、税務などの情報を一元管理する共通番号を割り振る予定です。大綱の発表に合わせて、共通番号の名称を「マイナンバー」に決定しています。

政府は2012年2月14日、「マイナンバー」制度を導入するための「個人識別番号法案」を閣議決定しました(関連記事)。2014年6月にマイナンバーを個人と法人に交付し、2015年の1月以降に社会保障分野・税務分野のうち可能な範囲で番号の利用を開始する予定となっています。個人情報の保護に配慮して行政組織などを監視する第三者機関の「個人番号情報保護委員会」の設置や、情報漏えいに対する罰則を盛り込んでいます。

マイナンバーについては、政府が、個人情報保護を確保し、府省・地方自治体間のデータ連携を可能とする電子行政の共通基盤としての導入を目指しており、クラウドの活用も検討されています。

マイナンバー導入の背景には、番号を用いて所得などの情報の把握とその社会保障や税への活用を効率的に実施することで、高齢者の増加と労働力人口の減少への対応、社会保障制度の運営の効率性や透明性、負担や給付の公平性確保などをすることが狙いとしてあります。

マイナンバーでの医療分野における個人情報の扱いについては、生命・身体・健康などに関わる秘匿性の高い機微な情報が含まれることから、既存の個人情報保護法よりも厳密な取り扱いを義務付ける方針も固めています。

マイナンバーの導入にあたっては、国民が対象となることから、膨大なデータの処理や連携が必要となります。ICTをクラウド活用することで、効率的かつ安全に情報連携を行える仕組みを国や地方、そして、民間企業などで連携や協力しながら整備し、国民生活を支える社会基盤を構築していくことが重要となるでしょう。

JCC(ジャパン・クラウド・コンソーシアム)での健康・医療クラウドWGの取り組み

ジャパン・クラウド・コンソーシアムでは2011年7月12日、第一回の「健康・医療クラウドWG」を開催し、健康医療関係者からのヒアリング結果等を踏まえた活動計画案を示しています。第二回以降、会合が開催されているかは、確認することができません。

本WGでは、ライフケアを軸に、健康・医療のみならず様々なライフログデータをクラウド上に蓄積・分析し新たな形で出力することで、国民のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を向上させ、生活習慣病予防の促進を図り、サービス提供者への新市場を創出することを目標としています。

今後の取り組みについては、「健康・医療クラウド」に必要とされる諸条件(技術面、セキュリティ等)を明確化し、2012年度前半には、その条件を満たす「健康・医療クラウド」プロトタイプを構築する予定となっています。

本WGではユーザ自らがITやクラウドを活用し健康を管理することで健康に関する意識を高められる「健康・医療クラウド」のサービス提供を目指しています。サービス提供事業者にはインタフェース・フォーマットの標準化などでサービス連携を促し、市場を広げるための環境を整備し、健康(医療・介護)を促進する正の連鎖を構築することで、医療・健康分野における新たな市場創出が期待されます。

民間事業者の医療クラウドへの参入

民間事業者による医療クラウドへの参入も本格的に始まっています。日経新聞(2012.5.17)の記事「米セールスフォース、医療クラウドで日本参入 災害時も情報参照」によると、

セールスフォースは、北九州市にある医療法人レメディ北九州ネフロクリニックと契約し、人工透析の履歴など患者の重要情報を電子化することで、災害で病院側のデータが消えてもネット経由で病状や投与する薬などの情報を引き出せるようにしています。

料金体系は、サービスを利用する医師など1人あたりの月額で7500円からで、今後は契約する医療機関を増やし、年内に数十億円の事業規模への拡大を目指しています。

今後も様々な民間事業者が、医療クラウドへの市場への参入が予想されます。

まとめ

今回の震災を機に、医療クラウドの流れが一気に加速化し、「どこでもMY病院」構想や共通番号制度の「マイナンバー」の実現、そして、民間企業サービスとの連携や地域医療連携などにより、医療の効率化が進むとともに、新たな市場の創出が期待されています。

少子高齢化が進み、医師不足と医療費の負担が増加することが予想される中で、適正に診療を受け健康管理ができ、ユーザが自ら管理し、利便性を享受できる環境の整備が求められています。

政府や自治体、民間事業者、地域医療連携、病診連携・病病連携などを通じた医療のクラウド・エコシステムの構築は、医療分野での競争環境と、医療機関の経営効率化、患者へのサービス向上につながる重要な役割を担うことでしょう。

 

※担当キュレーター「わんとぴ

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