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ビジネスモバイルITベンチャー実録【朝メール】から抜粋します

連日3-4件の無償新規導入に会社が堪えられるのか

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★連載モノの続きです。

そこで孫社長が打ち出した方針が、「1社あたり最大5台のiPhoneを3カ月間完全無料で貸与する」というモニターキャンペーンでした。

Monitor_campaign

使ってみなければ良さがわからない。だから3カ月使ってください。契約の義務はありません。なんとも太っ腹な提案でした。まさかそれがきっかけで、年末までに多数のCACHATTOデモ機をお客様に導入する恐怖が待っているなどとはつゆ知らずです。

■iPhone無償貸与キャンペーンのインパクト
ソフトバンクグループの勢いを感じたのは、トップがやるといったら、あとはドミノ倒し的に実行あるのみというところです。途中に現場レベルでの若干の調整はあるものの、基本的には約束されたことが、結構無理そうなことであっても実行されます。iPhoneの無料貸与キャンペーンのときもそうでした。

無料貸与の条件には、普段業務で使っているメールとスケジュールをiPhoneから見られるようにするという縛りがありました。メールとスケジュールをiPhoneで見られるようにするには、通常、会社のサーバーをVPN経由でアクセスできるようにして、ActiveSyncという方式でiPhone上にデータをコピーするという方式を取ります。

ところが、従来から情報漏洩を目の敵にしてきている多くの企業では、携帯端末にデータを入れるなどということを簡単に許せるわけがありません。そこでメール・スケジュール連携の方法として、ソフトバンクグループが一挙に着目したのがCACHATTOでした。

CACHATTOは、主要なグループウェアに基本対応していながら、iPhone上ではApp Storeからダウンロードできる専用アプリと組み合わせをして、仕組みとして情報漏洩が防げるというものです。「ActiveSyncがダメなケースはCACHATTOで行く!」。iPhone無償貸与のためのツールとして一挙に白羽の矢が立ったのです。

■連日3-4件の無償新規導入に堪えられるのか
お客様環境に接続に行くのには、いつもかなりの覚悟がいります。事前ヒアリングや事前準備を慎重に進めて臨んでも、それなりの頻度で想定外のことが発生したりします。さらには、お客様ではグループウェアのバージョンからネットワーク構成に至るまで、まさに環境が千差万別です。接続が数日作業になったとしても、プログラム改修が発生することになったとしても、そのたびに標準手法を開拓してなんとか接続を成功させてきたというのが、それまでの自分たちの実態だし実力でした。

iPhone無償貸与キャンペーンから出てきた案件数、数百件。年末にかけて連日3-4件の導入が必要という試算が出ます。さらに、そもそもの話の流れから、費用もいただくわけにもいきません。現場の技術やサポート部隊が苦しむことは目に見えてきます。「やるのかやらないのか。」、悩みます。想定トラブル率などの話し合いをします。案件の3割程度でトラブルが発生したとしたら、通常のサポートはおろか、会社業務が停止してしまうレベルになります。

一晩寝てから、考え直します。朝はポジティブな思考になっています。よく考えれば千載一遇のマーケティングチャンスです。広告宣伝費の代わりに労力と体力で支払うのもありでしょう。やらないという選択肢は無さそうです。孫社長がよく言っているという「まずはお客様に得をしてもらう」です。ここはソフトバンク流儀に従うことにしました。

■トラブルを肯定的にとらえる
実施にあたって、まずは現場に立ち会うことになるソフトバンクグループの技術者たちへの基本教育が必要です。手持ちのデータや資料かき集めた勉強会資料を作成します。大部屋に詰め込んでくれた50名ほどの技術者たちに、一挙に4時間にわたるCACHATTO勉強会を実施します。終盤にはさすがに声が枯れてきましたが、説明と質疑応答が終わると、努力賞に暖かい拍手をもらい元気づけられます。

そして、熱い年末が始まります。連日のように導入案件が来ます。そして、それなりの頻度と声の大きさでトラブルもやってきます。サポート、技術、開発、営業、全社一丸となって夢中にトラブル解消をしながら進む毎日です。トラブルを叫ぶ現場担当者の声の大きさには、たまに恐怖心すら覚えます。

日々、縮こまるような気持ちでいたのですが、中盤の頃です。トラブルを一覧表にしてみて集計してみて、改めて驚きます。分母を考慮すると、その時点でのトラブル率は10%を切っていました。つまり、ノートラブル率は9割を超えています。自分たちの実力値は、事前想定のノートラブル率7割よりも、大いに改善していたのです。「楽観的でマゾ」、このデータには大いに励まされました。

■チームで技術を蓄積する
このプロセスを通じて、会社の体質はさらに変わってきました。従来は現場技術力に頼りきりで導入をしていたものが、サポートセンターのドキュメンテーション化された蓄積情報で、殆どのトラブルが解消できるという実績が積み重なっていったのです。ソフトバンクの技術者の方々からは色々と教わりました。幸運なめぐりあわせに感謝です。

トリプルヘッダーやクアドゥルプル (quadruple) ヘッダーでの導入は当たり前。連日のように導入接続成功が報告されていきます。そして本当に、年末までに予定していた案件数の導入を達成してしまいました。

自分として大いに勉強になったのは、チームで技術を蓄積するということの凄さです。個人の技術ブレイクスルーに頼るのではなく、チームでのアプローチをすると、より大きな、仕組みとしてのブレイクスルーができるという実体験でした。

以下次号・・・ 『リーマンショック以降の不況が味方してくれたわけ

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※20100327 10:35 以下次号のリンクを付けました。

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