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20年以上断続的にこのブログを書き継いできたインフラコモンズ代表の今泉大輔です。NVIDIAのフィジカルAIの世界が日本の上場企業多数に時価総額増大の事業機会を1つだけではなく複数与えることを確信してこの名前にしました。ネタは無限にあります。何卒よろしくお願い申し上げます。

日本信号の交差点信号機がフィジカルAIになるとどんな世界が開けるのか?:NVIDIA Jetson活用フィジカルAI大全集(第9回)

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日頃、信号機を見上げながら、「これがNVIDIAのJetson ThorによってフィジカルAIになったら、どんな可能性が開けるんだろう?」と思って来ました。

さて。日本の交差点の信号機は、よく見ると「日本信号」のロゴが貼り付けてあって、日本信号株式会社が製造したものであることがわかります。

これがJetson Thorを搭載したフィジカルAIとして、信号システムとしては全く新しいものになると、どんな世界が見えるのでしょうか?

このシリーズでは現存するメーカーの商品や技術がNVIDIAの優れたAI搭載エッジコンピュータ(ロボット用/フィジカルAI用エッジコンピュータ)であるJetson Thorを組み合わせることによって、どんなフィジカルAIとして具現化するのか?一種の思考実験を行なって来ています。

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第9回目として、日本信号の交通信号機を取り上げます。

2026
3/11 (水) 13:30-
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ロボティクス&
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講師:今泉 大輔(株式会社インフラコモンズ 代表)

主催:一般社団法人企業研究会

Jetson Thorを用いた次世代交通信号制御の可能性

現在の交通信号システムの課題と限界

日本では従来、交通信号機の制御に中央集権型システムや固定周期制御が多用されており、交通状況の変化に柔軟に対応しきれません。郊外などではコスト低減のため信号が中央制御に接続されない分散型制御となっており、高度な最適化が不可能なケースもあります。

さらに、車両検知器や信号制御機、通信回線、大規模なセンター設備などの維持管理コストの増加も深刻な課題です。例えば、NEDOの研究では、検知器や配線の増設・保守がボトルネックとなっていることが指摘されています

加えて、ループセンサや単純な押しボタン式検知では検出遅延が生じやすく、歩行者や自転車への対応も不十分であるため、信号機が現実の交通流に応じて最適化されていない状態です。これらの制約の結果、無駄なアイドリングや渋滞、事故リスク増大といった社会的コストが生じています。

Jetson Thorの処理能力とセンサーフュージョンによる改善点

NVIDIA Jetson AGX Thor開発キットは、14コアArm CPUとBlackwell GPUを搭載し、最大2070 FP4 TFLOPSのAI演算性能と128GBメモリを持つエッジコンピュータです。この高性能ハードウェアは4基の25GbEポートやカメラ専用オフロードエンジン、Holoscanセンサーブリッジを内蔵し、高速センサデータの取り込みとリアルタイムAI処理を可能にします

例えばJetson Thorは複数の高解像度カメラ映像を同時にストリーミング解析できるため、交差点における車両・歩行者・自転車の検出や行動認識をリアルタイムで実行できます。これにより従来のシンプルなループ検知器では捉えきれなかった交通状況を精緻に把握し、信号制御にフィードバックできる点が大きなメリットです。

加えて、Jetson Thorは前世代(AGX Orin)比で3.5倍のエネルギー効率向上を実現し、40~130Wの可変電力設定で動作するため、電力消費を抑制しつつ強力な演算処理を行えます

歩行者・車両流に応じた動的信号制御(Adaptive Traffic Signal Control)

Jetson Thorのような強力なエッジAIを用いれば、交差点ごとに車両・歩行者の流れをリアルタイムに検出し、その情報で信号タイミングを動的に最適化する適応制御が可能です。

例えばNEDO/UTMSの実証実験では、交差点にAIユニットを設置し、レーダや車両プローブデータ、画像認識から得た情報で最適な制御パラメータを算出、各信号機に入力して分散制御を行いました

また東京大学・上條研究室の研究では、複数台の画像センサで車両と歩行者の位置・動きを同時計測し、歩行者の信号時間を拡大縮小することで左右折渋滞の緩和や高齢者支援を実現できることが示されています

これらの技術をJetson Thorで実装すれば、従来の固定周期制御と比べて交通混雑を大幅に緩和できると期待されます。

実運用例でもAI信号制御の効果が報告されています。

台湾・台北市では監視カメラ+AIで信号を制御し、導入前後で車両の平均待ち時間が15~78%減少、幹線道路の赤信号待ち時間が最大35%短縮しました。同市では信号機にカメラを組み合わせ、車や歩行者の位置から必要に応じて青信号延長やタイミング調整をリアルタイムに行っています

また米国フェニックス市では2020年8月から定周期式から交通流依存制御に切替え、最大40%もの遅延改善効果が報告されています。更にこのシステムは緊急車両優先機能を備え、緊急車に最適経路を提供して信号を優先切替する設計となっています

Jetson ThorならばこれらのAIアルゴリズムを交差点に分散配置し、車両・歩行者のリアルタイムデータを元に自律的に信号を最適化する適応交通制御を支援できます。

災害時・緊急時の判断能力

災害発生時や緊急事態には、Jetson Thor搭載信号機が通常制御から非常動作へ切り替えることで、迅速な避難誘導や緊急通行をサポートできます。ソフトバンクの実証実験では、5G通信経由で信号制御をフラッシュ点滅信号(危険信号)に切替え、交差点のカメラ検出で車両を感知して遠隔自動運転車両に"停止メッセージ"など危険情報を送信する実験が行われました。これにより遠隔車両は危険な交差点をリアルタイムで回避でき、安全な避難誘導が可能になります。同様に米フェニックスの事例では、災害とは別に緊急車両優先機能が実装されており、パトカーや救急車には最適な経路で青信号を提供します。Jetson Thorを用いれば、交差点に設置した映像やセンサで火災・崩落・事故を検知し、あらかじめ訓練されたAIモデルで「災害モード」に自律判断して信号経路を開放する、といった制御が可能となります。例えば地震や洪水の検知と連動し、最寄りの避難道路側を優先するなど、リアルタイムで制御方針を切替える高度な災害対策が実現できます。

スマートシティ・他インフラとの連携

Jetson Thor搭載信号機は、5GやV2Xなどのスマートシティ基盤とも容易に連携できます。政府主導のPRISMプログラムでは、交通信号機への5G基地局・通信機器の設置(いわゆる「Signal 5G」構想)が進められており、NECらが信号機器を5G対応化して実験を行っています。これにより信号同士や交通センター、車両との超低遅延通信が可能となり、大量のセンサーデータを共有できる環境が整いつつあります。国内のV2X通信では、世界に先駆けて760MHz帯で車-路通信が導入され、5.9GHz帯も追加検討されています。信号情報もV2Xで車両に配信すれば、接近車両に信号予測情報(SPaT)を通知して燃費改善や安全走行を支援できます。さらに、日本信号をはじめ国内メーカーは既に信号機から自動運転車へ「信号情報」「危険情報」を提供する技術開発に着手しており、センサ精度向上や処理遅延低減にも注力しています。たとえばトヨタの未来都市「Woven City」実験では、自動運転シャトル車(e-Palette)の接近に合わせて信号を青に変える車両連動型信号が開発されるなど、信号と車両の協調制御が進展しています。Jetson Thorの高性能AI処理とこれらの通信技術を融合すれば、緊急車両優先や自動運転車との高速連携、スマート交差点での異常検知・通報機能など、都市全体の交通インフラと密に連動した次世代システムが実現可能です。

エッジデバイスとしての導入現実性

Jetson Thorは性能だけでなく、省電力性や耐環境性にも配慮されています。前世代比で3.5倍のエネルギー効率を持つため、130W時の処理能力を低い電力消費で発揮できます。

実際の信号機設置環境では24時間稼働が必要となるため、エネルギー消費は無視できませんが、Jetson Thorでは設定を40W程度に抑えれば必要十分な推論性能を確保しつつ消費電力を削減できます

一方で屋外に設置する際は、防塵・防水・耐熱など対策が必須です。Jetson Thorモジュールは産業用ロボット向けに堅牢設計されていますが、信号制御機器への組込みには専用筐体と冷却機構が求められるでしょう。

また、従来のループセンサや有線通信に比べれば物理的なセンサ数は減らせますが、高解像度カメラやレーダには定期的なクリーニングや較正が必要です。これら新たなセンサもメンテナンス計画に組み込むことが重要です

ただしJetsonプラットフォームはソフトウェア開発コミュニティが活発であり、遠隔からソフト更新・機能追加が可能である点は現場運用の大きな利点です。

先進事例と新しい制御モデルの提案

国内外では既に様々な先進事例が報告されており、Jetson Thorを利用することでこれらの技術を統合した新たな制御モデルが構築できます。

例えば、NEDO/UTMSの「軽やかな交通管制システム」実験で行われたように、Jetson Thor搭載AIユニットによる分散型信号制御(AIが各交差点で最適パラメータを計算し、交差点間で情報共有して全体最適化)が考えられます。

多視点画像センサ融合モデルとしては、東京大学の研究のように複数カメラで車両・歩行者を検出し、信号スプリット(青時間の割当)を動的に最適化する方式が有効です

災害時・緊急時制御では、ソフトバンク実験のように信号を危険点滅モードに切替えて周辺車両に危険情報を通知し、即時の避難誘導を行う「スマート交差点」モデルが挙げられます

さらに、V2X通信連携モデルとして信号情報と連動したSPaT配信や緊急車優先制御も組み合わせることで、都市全体を見据えた高度交通管制システムが実装できます。

これらを統合したシステムをJetson Thorで実現することで、従来の信号制御を超えた自律分散的な交通制御が可能となり、将来的なスマートシティの中核インフラとして機能すると期待できます。

交通信号AI化に関する主要リンク一覧

  • NEDO実証(静岡) - 「自律・分散型AI信号制御による『軽やかな交通管制システム』」実証実験(2022年3月開始)。静岡県下12交差点でAI搭載信号機を試行し、平均旅行時間を従来比15~20%短縮する効果が報告されています。
    https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101523.html

  • NEDO実証(岡山) - 「AIによる渋滞予測を活用した信号制御の実証実験」(2022年4月発表)。岡山市内2交差点で、UTMS協会と住友電工が開発したAI信号制御を実装。AI推定で渋滞長を予測し、従来の半分の車両検知センサー(14基→7基)でも同等の制御性能を維持したことが報告されています
    https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101538.html

  • NVIDIA Jetson Thor (公式) - NVIDIAの組み込みAIプラットフォームJetson Thor製品ページ。最大2070 FP4 TFLOPSのAI演算性能と128GBメモリ(消費電力40~130W)を持ち、従来のJetson AGX Orin比で演算性能7.5倍、エネルギー効率3.5倍を実現。交通信号機に搭載する高性能エッジAIデバイスとしての仕様が掲載されています
    https://www.nvidia.com/ja-jp/autonomous-machines/embedded-systems/jetson-thor/

  • 東北大学 教授・研究成果 - 安東卓俊教授らの研究(2025年1月)。道路自体を「レイザー(蓄積器)」に見立てる新AI「道路交通リザバーコンピューティング」を提案し、既存のセンサデータのみで1時間先までの渋滞を高精度に予測。専用ハードなしでビッグデータを活用し、交通状況の見える化・予測に成功しています
    https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2025/01/press20250110-02.html

  • 警視庁・東京都(資料) - 東京都渋滞対策WG資料「交通管制システムにおけるAI活用について」(2023年10月)。警視庁が過去データを学習したAIで「現状から30分後に渋滞する信号」を予測し、その手前で信号タイミングを自動調整する制御手法を検討中であることが示されています
    https://www.seikatubunka.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/seikatubunka/jutai_2310_kanji_02-2_shiryo_2_2

  • 韓国 Gwacheon市 実証 - 国土交通部の規制サンドボックス「画像認識を用いたAI信号灯実証」(2021年7月)。Autovision ConsortiumがGwacheon市で実施した実証実験で、ビデオカメラ映像から車両と歩行者を検知し、AIが自律的に信号タイミングを生成・制御するシステムをデモしています

  • 米ノースカロライナ州 DOT - Smart Cities Dive記事(2025年7月)。ノースカロライナ州交通局がFlow LabsのAI信号制御ソフトを導入し、州内2,500箇所の信号機にAIベース制御を展開。米国で最大規模のAI信号導入例で、実際の車両データをAIが解析して信号制御を最適化する取り組みです
    https://www.smartcitiesdive.com/news/north-carolina-ai-based-traffic-signals/756123/

  • 米カリフォルニア州 サンアンサルモ市 - KTVUニュース(2025年10月)。周辺より格段に多い通勤車両が行き交うサンアンサルモの交差点でAI制御信号(Surtrac/CVLink等)を試験。ピーク時に約25%交通流が改善(待ち時間短縮)したと報告されています
    https://www.ktvu.com/news/san-anselmo-ai-traffic-lights

  • 英国(ソリフール市, ウェストミッドランズ) - Top Gear記事(2024年9月)。Vivacity社開発のAIセンサーを設置し、自転車利用者を優先するスマート信号を実証。車両より先に自転車を検知して青信号にし、道路の安全性向上を図る試みです
    https://www.topgear.com/car-news/tech/uk-city-pilots-ai-based-traffic-lights-prioritise-cyclists-over-cars

  • ドイツ(バーデン=ヴュルテンベルク州) - 交通省プレスリリース(2024年6月)。エルヴァンゲン市で12箇所の信号を対象にYunex Traffic社のAI信号制御(Yutraffic FUSION)パイロットを開始。AIが数時間先の交通を予測して信号タイミングを最適化し、旅行時間20%短縮などの効果が期待されています
    https://vm.baden-wuerttemberg.de/de/service/presse/pressemitteilung/pid/land-startet-testfeld-mit-ki-gesteuerten-ampeln-in-ellwangen

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