アリババ、Huawei、TencentのAIエージェント戦略:実用化への転換点
英国の調査会社Omdiaが2026年2月10日に公開したデータによると、中国本土のクラウドインフラサービス市場は2025年第3四半期に前年同期比24%増の134億ドル(約2兆円規模)に達しました。
Omdia: Mainland China's cloud infrastructure market accelerates to 24% growth in Q3 2025
2四半期連続で20%を超える成長率を記録しており、市場は再加速のフェーズに入っています。この成長の背景にあるのは、AI需要の質的な変化です。企業によるAI利用が初期の実験段階を脱し、大規模な本番環境への導入へとシフトしたことで、コンピュート(計算資源)だけでなく、ストレージやデータベースといった中核的なインフラサービスへの需要が誘発されています。
今回は、市場を牽引するアリババクラウドの独走体制、HuaweiとTencentの対照的な戦略やAIエージェントプラットフォームの進化、そして、今後の展望について取り上げたいと思います。

「実験」から「本番」へ:波及するインフラ需要
市場全体の24%成長という数字は、単なるリバウンド以上の意味を持ちます。生成AIの導入が概念実証(PoC)の段階を超え、企業の基幹業務や顧客向けサービス(プロダクションワークロード)に組み込まれ始めたことが最大の要因です。
AIモデルを本番環境で稼働させるには、モデルそのものだけでなく、膨大なデータを処理・保存するための周辺インフラが必要となります。Omdiaの分析では、AI需要が呼び水となり、コンピュート、ストレージ、データベースといった従来のクラウドサービスの消費が加速しているとされています。これは、AIが単独の機能としてではなく、システム全体を駆動するエンジンとして機能し始めたことを示しています。
企業にとっての優先順位も変化しています。かつては最新モデルの「性能」が重視されましたが、現在は業務に組み込むための「信頼性」や「運用の安定性」が求められています。複数のモデル、データ、ツールを複雑なシステム内でいかにオーケストレーション(統合管理)するかが、主要な課題となっています。
アリババクラウドの独走:フルスタック戦略の結実
ベンダー別のシェアを見ると、アリババクラウドが36%を占め、首位を堅持しています。同社のAI関連収益は9四半期連続で3桁成長(2倍以上)を記録しており、市場平均を大きく上回る勢いを見せています。
アリババの強みは、インフラからアプリケーション層までをカバーする包括的な戦略にあります。2025年Q3には、マルチモーダルモデル「Qwen3-VL」や動画生成モデル「Wan2.6」を相次いで投入しました。動画生成はテキスト処理に比べて桁違いの計算資源とストレージを消費するため、クラウドインフラの利用増に直結します。
さらに、サーバーレスベースの「AgentRun」を導入し、AIエージェントの本番展開を支援する環境を整備しました。グローバル展開においても、ドバイに第2データセンターを開設するなど、積極的な投資を継続しています。これらの動きは、アリババがAIをテコにクラウド市場での支配力を盤石なものにしつつある状況を示しています。

出典:Omdia 2026.2
HuaweiとTencent:産業実装と制約下の適応
市場シェア16%で2位につけるHuaweiクラウドは、前年同期比14%増と堅調ながらも、市場全体の伸び(24%)と比較するとやや緩やかな成長曲線を描いています。同社の戦略は明確に「産業特化」を志向しています。中国南方航空と共同で立ち上げた「Tianji予測モデル1.0」に見られるように、航空や製造といった実産業の現場にAIを深く浸透させるアプローチです。アイルランド・リージョンの拡張など、欧州市場へのコミットメントも継続しています。
一方、シェア9%のTencentクラウドは、高度なAI計算資源の供給制約という課題に直面しています。この制約に対し、Tencentは計算リソースの配分を最適化しつつ、ソフトウェア面での高付加価値化で対抗しています。「Hunyuan 2.0」ベースの推論・指示モデルの強化や、RAG(検索拡張生成)ベースのモデルに対する商用課金の開始は、限られたリソースで収益性を高めるための現実的な解です。ハードウェアのハンディキャップを、エージェント開発プラットフォーム(ADP)などのソフトウェア・スタックの洗練で補おうとする姿勢がうかがえます。
エージェント開発競争:MCPとオーケストレーション
2025年後半の重要なトレンドとして、大手3社がこぞって「AIエージェント」の開発プラットフォームを強化した点が挙げられます。単にチャットボットを作るだけでなく、外部ツールと連携して自律的にタスクを遂行するエージェントの実装が競争の主戦場となっています。
各社は、MCP(Model Context Protocol)ツール、ワークフロー管理、ナレッジベース、プラグインフレームワークといったエンジニアリング環境の整備を急ピッチで進めています。これは、AIモデルを「賢い対話相手」から「実務をこなす労働力」へと進化させるための基盤整備です。
アリババのAgentRun、Huaweiのエージェント開発プラットフォーム、TencentのADP強化は、いずれも同じ方向を向いています。生成AIの商用化とは、単一のモデルを売ることではなく、企業が独自のエージェントを構築・運用できる「場」を提供することに他なりません。
パートナーエコシステムの課題と可能性
市場の健全な発展を占う上で重要となるのが、販売チャネルの構成です。Omdiaのデータによると、2025年Q3時点での間接販売(パートナー経由)の比率は25%にとどまっており、依然として直販(75%)が市場の大半を占めています。
欧米の成熟したクラウド市場と比較すると、このパートナー比率は低い水準にあります。AI技術が複雑化し、各業界ごとのきめ細かい実装が求められる中、クラウドベンダー単独ですべての顧客ニーズに対応することは困難です。今後、AI導入をビジネス価値に転換していくためには、SIerやISV(独立系ソフトウェアベンダー)などのパートナー企業との連携が不可欠となります。
Omdiaは、エコシステムによるコラボレーションが重要な役割を果たすにつれ、間接販売のシェアは拡大すると予測しています。パートナー網の拡充競争は、技術開発競争と同様に、今後のシェア争いを左右する重要因子となります。
今後の展望
2026年以降、中国クラウド市場は「AIエージェントの社会実装」という新たなフェーズに突入すると考えられます。
まず、技術的側面では、ハードウェア制約(半導体規制など)への対抗策として、ソフトウェアによる最適化と推論効率の向上がさらに進むと想定されます。Tencentのようなリソース配分戦略は、他社にとっても重要な参照モデルとなるでしょう。
ビジネス側面では、AIエージェントが企業のワークフローに深く浸透することで、課金モデルが「リソース消費量」から「タスク遂行数」や「成果」に基づくものへと多様化する可能性があります。また、現在25%にとどまるパートナー経由の売上比率が上昇することで、中国独自のSaaSエコシステムが急速に立ち上がることも想定されます。