東大発の最強のロボット会社SCHAFT。なぜアメリカに渡り、そして消えたのか?ショートストーリー
私のシスコ時代の知人にMITでロボティクスを学んだこともある廣川謙一さんがいます。彼は東大、マッキンゼー、GE(ジャック・ウェルチの下でM&Aに取り組む)というユニークな経歴を持っています。略歴はこちら。最近、ロボティクス関連の仕事になってきたものですからよく相談しています。
彼が事あるごとに口にするのが2010年代前半から後半にかけて、鮮やかな航跡を残したSCHAFTという東大発のロボットベンチャー企業です。同じ東大ですから近くから彼らの動きを見ていたのでしょう。Wikipediaに彼らの動きが記されています。Googleに買収されたこともある華々しい経歴です。
現在ロボティクスに取り組む人達の大半はSCHAFTの存在を知らないと思います。日本のロボットベンチャーとして偉大な存在であり、今でも創業チームの方々は米国で活躍していたり日本の拠点でロボット関連事業を営んでいます。今ここで公開資料からショートストーリーを作成し、共有しておくことは大変に意味があることだと思いました。
YouTubeに彼らの11年前の動画が残っています。中身を見るとこれを11年前にやっていた技術力の高さが窺われます。一見の価値があります。
SCHAFTはなぜアメリカに渡り、そして消えたのか?
1. プロローグ----世界がSCHAFTを知った日
2013年12月、フロリダのホムステッド・マイアミ・スピードウェイ。災害対応ロボットの国際競技「DARPA Robotics Challenge(DRC)」予選で、日本のSCHAFT(シャフト)が32点満点中27点という圧倒的首位を叩き出した。会場には、瓦礫踏破、はしご昇降、ドア開閉、バルブ操作、ホース接続など、災害現場の作業を模した8つのタスクが用意されていたが、SCHAFTはその多くで満点に近いスコアを積み上げ、2位のIHMCに7点差をつけたのである。DARPAIEEE Spectrum
2. 起点----東大JSKからの独立
SCHAFTは2012年、東京大学JSK(情報システム工学研究室)からスピンアウトして設立された。創業メンバーの中心にいたのが中西雄飛氏らで、学内で蓄積してきた高出力アクチュエータと全身運動制御の知見を、災害対応に特化した二足ロボットへ投入する構想だった。2013年にはDRC参戦の準備を進める傍ら、事業会社化と資金調達を加速させる。年表的事実としては、2012年5月設立、2013年11月にGoogle(後のAlphabet)へ売却という流れになる。ウィキペディア
3. 渡米の理由----「日本で資金は集まらなかった」
DRC予選での快進撃が世界を驚かせるより前、SCHAFTは国内での資金調達に苦しんでいた。共同創業者の加藤崇氏(当時CFO)は、国内VCの消極姿勢や支援枠の限界について当時の取材で示唆している。結果としてSCHAFTは、米国の巨大テック企業の傘下で開発を継続する道を選ぶ。これは「国外評価は高いが国内制度が追いつかない」という、日本のディープテックが抱えがちな構図を鮮明に示した出来事でもあった。WIRED.jp
4. Google買収と"情報統制"
2013年11月の買収以降、SCHAFTはGoogle X(現X, the moonshot factory)配下のプロジェクトとなり、対外的な情報発信は極端に少なくなった。DRC予選後も詳細は伏せられ、広報は最小限。2016年4月の日本イベントでの"膝なし二足"デモ公開時でさえ、Xは「製品発表ではない」とのコメントにとどめるほどだった。TechCrunch
5. DRC予選で何が強かったのか
DRC予選のスコアシートを見ると、SCHAFTは**Terrain(不整地)/Ladder(はしご)/Debris(瓦礫)/Hose(ホース)**などで満点域を並べ、総合27点でトップに立っている。計測上の優位の背後には、高トルク電動アクチュエータ+堅牢な姿勢制御を軸にした設計思想があったと各誌は分析した。SCHAFTはその後、買収の影響もありDRC本戦には出場しなかったが、「"遠隔監督下で、止まらず、転ばず、やり切る"」という当時の要請に対し、最も現実的な解で応えたチームだった。DARPAIEEE Spectrum
6. 2016年----"膝のない二足"の衝撃
2016年4月8日、東京のNEST 2016でSCHAFTは膝関節を持たない新型の二足機を披露した。直動する脚(スライド機構)と低重心のパッケージで、砂地・雪面・階段を安定的に踏破する映像は、従来のヒューマノイド観を揺さぶった。Xは「ロードマップの発表ではない」と述べたが、"人そっくりに歩く"発想から離れ、タスク完遂のために最適化するというロボティクスの新潮流を象徴するデモだった。TechCrunch
7. アンディ・ルービン退任後----漂流するGoogleロボティクス
2013年の"ロボット買い"を主導したアンディ・ルービン退任後、Google/Alphabetのロボティクスは、短期収益化の圧力や他部門との整合に苦しんだと報じられている。SCHAFTは秘匿性の高いプロジェクトへ移り、外からは活動が見えにくくなった。技術的には進展を示しつつも、事業の置き場所は定まらない----そんな印象が2016年前後の各紙の論調から読み取れる。IEEE Spectrum
8. 2017年----「ソフトバンクへ」の報道、しかし不成立
2017年6月、SoftBankがBoston DynamicsとSCHAFTの同時買収に合意と報じられた。だが最終的にSCHAFTはクローズし、取引は成立しなかった。背景の詳細は明らかにされていないが、買収発表から1年余を経て、SCHAFT側だけが取り残される格好になったことは確かだ。Mobile World LiveVentureBeat
9. 2018年----終幕の決定
2018年11月、AlphabetはSCHAFTのシャットダウンを決定。買い手が見つからなかったことが主因だと各社が報じた。Googleは従業員の再就職支援に動くとしつつ、チームとしての開発は幕を閉じた。DRC予選から5年、SCHAFTは静かに"終わり"を迎えた。TechCrunchThe VergeエンガジェットTechSpot
10. その"遺伝子"はどこへ行ったのか
SCHAFTの人材と技術は、社内再配置や研究コミュニティへ散り、さらに宇宙ロボットの文脈でも生きている。象徴的なのは、**創業者・元CEOの中西雄飛氏が2019年にGITAIへ参画(COO就任)**した事実だ。GITAIは「宇宙での作業代替」を掲げ、マニピュレータ、ローバー、ヒューマノイド(G1)といった"人の代わりに働く"プラットフォーム群を磨き続けている。遠隔監督+自律というDRC以来の要請は、宇宙という極限環境でこそ要件が厳密化する。GITAI
(GITAIについては創業者の中ノ瀬氏による創業ストーリーも参照)
11. 教訓----制度と市場の"ねじれ"
SCHAFTの軌跡は、日本の研究シーズ→事業化の難所を照らす。すなわち、①長期・高リスクの資本が乏しい、②大学発ベンチャーの規制・運用が硬直的になりがち、③グローバル市場と調達スピードのギャップが大きい、の三点だ。結果、「国内評価の壁」を越えるために海外大企業の傘下で成長するという選択肢が、当時は最適解に見えた。DRCという「使命駆動」の競技が示した要件(頑丈さ、復帰性、現場適合性)は、短期の商用収益に直結しにくい。だが、それでもSCHAFTのような挑戦がなければ、2010年代後半以降のフィジカルAI(実世界で働くロボット)への潮流は立ち上がらなかっただろう。DARPAIEEE Spectrum
12. エピローグ----SCHAFTが遺したもの
SCHAFTは、「人に似せる」ことより「目的に最適化する」ロボットの考え方を可視化した。DRC予選の合理主義、2016年の"膝なし二足"の割り切り----いずれも、現実の制約下で結果を出す工学の姿勢を体現している。チームは解散しても、**"ロボットが危険な現場で人を助ける"**というゴールは残った。災害、建設、インフラ、宇宙。SCHAFTが切り拓いた地平は続いている。DARPA