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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

カリフォルニア高速鉄道はどこに行こうとしているのか?(中)

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カリフォルニア高速鉄道をめぐる混沌とした状況は、米国では大きな税金の支出を伴うプロジェクトが納税者の視点から厳しくチェックされる土壌があることを示しています。大統領が、あるいは連邦運輸長官が「ゴー」を出したからと言ってスムーズに進む保証はなく、州知事が強力な推進派であったとしても一存で動かすことはできません。そのへんは開発独裁の国とは異なります。実にたくさんの人が「着工を!」「計画見直しを!」と言って騒然としている状況を見ると、これもこれで税の使い方のチェックという意味では正しいのではないかと思えてきます。

ただし、インフラ事業に取り組む企業の側からするならば、事業環境にいわゆる予測不可能性があるということになり、喜ばしいことではありません。投資は予測不可能性を嫌います。仮に政権が変わればインフラ事業の環境もがらりと変わってしまう可能性があるとすれば、一部の新興国のインフラ事業にも似たリスクを持っているということも言えそうです。

■善意から計画内容を精査してノーを言う人も

同計画に「ノー」を言い続けている当事者の1人に、Californians Advocating Responsible Rail Designという市民団体の代表Elizabeth Alexis氏がいます。

PaloAltoPatch: High Speed Rail Watchdogs Got Local Start(2010/10/4)
San Francisco Examiner: Authority's Ridership Review Panel finds fault with existing ridership model(2011/7/29)

この2本の記事を読むと、彼女は善意でもってカリフォルニア高速鉄道の計画内容をチェックし、言うべきところは言うという活動をしていることがわかります。ウォールストリートで企業の財務分析に関わった経歴があり、専門家の視点で事業計画の妥当性をチェックしています。
彼女が発見した計画内容(旧版の計画)の不備の1つに、乗客予測モデルの甘さがあります。多めの乗客予測値が出る中身になっているそうで、実際に営業が始まって予測を下回った場合には、地元自治体がその不足分を埋めなければならなくなるとして、計画内容の修正を提言しています。
彼女の活動は2012年1月に刊行されるCalifornia High-Speed Rail Peer Review Groupのレポートへと引き継がれて、より公的な性格を持った提言という形で計画推進を牽制します。

■修正版事業計画が大きな反響を呼ぶ

2011年5月にLegislative Analyst's Officeが出した報告書"High-Speed Rail Is at a Critical Juncture"の指摘に答える形で、加州高速鉄道局は同年11月初旬に修正版の事業計画を公開します。

California High Speed Rail Authority: Draft 2012 Business Plan

Elizabeth Alexis氏なども指摘していた需要予測の甘さについては軌道修正を行い、堅めの数字に基づく堅めの事業計画ということで公開されました。

内容は総事業費総額の見積を430億ドルから985億ドルに増加させ(報道では数字を丸めて1,000億ドルとするものが多い)、完成時期を13年遅らせて2033年としました。資金調達はなかなか苦しく、半分以上は連邦からの補助金を想定。不足分を2種類の州政府による債券発行でまかなうとしています。営業面では2035年時点で2,300万〜3,400万の乗客を想定し、少なめの需要でも年間3億5,000万ドルの利益が得られるので、営業自体において連邦・州政府からの補助金を必要とすることはないとの内容です。(東海道新幹線の乗客数は年間で1億人強ありますから、直感的には多すぎるようには思えませんが、さてどうなのでしょうか。)

この修正版の事業計画が発表になると、過剰に反応するメディアが出始めました。総事業費が2倍以上になったことをもって、扇情的に書き始めました。

■雇用創出の表現にも不正確さ

事業当事者としては、従前のバージョン(前任者の手になるもの)に需要予測の甘さがあり、それを正しく修正した上で、妥当な総事業費と妥当な資金調達計画および建設期間を盛り込んだつもりが、メディアの手にかかると「2倍以上のコスト」「建設期間13年延長」がやんやはやしたてられる…。

これを看過できないのが議員さんたちです。高速鉄道には猛烈に異を唱える共和党の連邦議員、州議員だけでなく、味方であるべき民主党の連邦議員、州議員にも「やはり計画を見直した方がいいのではないか」と言い出す人も出てきて、11月初旬から文字通り騒然とした状況になります。登場してくる人が多すぎるので、関連の報道を読み込むには人物相関表を作る必要があるほど。議会では計画の妥当性に関する公聴会が開かれたり、連邦運輸長官が直々に支援の声明を出したりと、連邦政府をも巻き込んだ論争になっていきました。

12月初旬には、それまで加州高速鉄道局が計画の効用として枕詞に据えてきた「100万人の雇用達成」に間違いがあることが明らかになりました。請負仕事で言う「人月」という言葉がありますが、この「100万人」は正しくは「100万人年」であり、典型的な年でも2万の建設作業員と4万のサービス従業員しか雇用が発生しないことが判明。ここでまたメディアと議会が騒然となりました。

■加州高速鉄道局の後を受けるのは加州運輸局?

年が明けて2012年1月初めに、前述のElizabeth Alexis氏が支援する民間会計監査団体California High-Speed Rail Peer Review Group(CHSRPRG)が事業計画内容を精査した報告書が公表されました。CHSRPRGは、2008年に住民投票によって同高速鉄道建設資金のための債券発行が認められた際に、事業内容の精査を第三者的な民間団体が行うことが法的に保証されていたことに基づく団体であり、ある種の公的な性格を持つものです。ここが出した報告書が複数の懸念を記したことから、これをもまたメディアが取り上げ、騒ぎに油を注ぐ格好に。

このような経緯があって、加州高速鉄道局のCEOであるRoelof van Ark氏が1月中旬に辞任を発表。ChairmanであるTom Umberg氏もその職から下りることを発表しました。個人的にはお気の毒としか思えません。

こうした騒ぎのなかで「正しい意見」として析出されていったのが、Legislative Analyst's Officeの2011年5月の報告書にあった勧告、すなわち、加州高速鉄道局のプロジェクト推進と予算執行に関する意思決定権を加州運輸局(CalTrans)に移すのがよいのではないかという意見です。

なかなか難しいですね。まだもう1回書きます。

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