国内クラウド市場、2029年に19兆円規模へ拡大 ―AI需要とレガシーマイグレーションが成長を加速―
IT専門調査会社IDC Japanは2025年8月18日、「国内クラウド市場に関する最新予測」を公表しました。2024年の市場規模は前年比29.2%増の9兆7,084億円となり、急速な拡大を示しました。IDCは今後5年間の年間平均成長率(CAGR)を14.6%と見込み、2029年には19兆1,965億円に達すると予測しています。
背景には、クラウド移行の対象が従来のWebシステムやパッケージ利用の業務システムから、基幹系やスクラッチ開発されたシステムへと広がっていることがあります。さらに、急成長する生成AIや大規模データ処理の需要に対応するため、サービスプロバイダーの投資が拡大しています。クラウドはもはや情報システム部門だけのテーマではなく、企業戦略や事業成長に直結する基盤として位置づけられています。
今回は、国内クラウド市場の成長要因、パブリッククラウドとプライベートクラウドの役割の変化、デジタル主権やガバナンスの課題、そして今後の展望について取り上げたいと思います。
クラウド市場成長の背景
国内クラウド市場は2024年に約30%近い成長を遂げ、初めて10兆円に迫る規模となりました。その背景には、クラウドマイグレーションの段階的な広がりがあります。当初は移行しやすいWeb系やパッケージ型の業務システムが中心でしたが、いまや基幹系システムやスクラッチ開発された大規模システムへの移行が本格化しています。
また、生成AIの爆発的な需要増が市場を押し上げています。大規模言語モデルやマルチモーダルAIを支えるには、膨大な計算資源とストレージが必要です。そのためクラウド事業者は大規模データセンターの拡張や新技術導入を急ぎ、投資規模が拡大しています。
こうした流れは企業の競争力強化にも直結します。AIを活用した業務自動化や顧客体験向上は、クラウド環境の柔軟性と拡張性によって初めて実現可能です。IDCの予測が示す「2029年に市場規模2倍」という数字は、IT市場の拡大にとどまらず、日本企業のデジタルビジネスの進化を反映しているといえます。
パブリッククラウドの牽引力
今後の国内市場をけん引するのはパブリッククラウドです。最大の特徴は新技術の実装スピードであり、生成AIや高度な分析基盤といった先端機能が次々と利用可能になります。企業は自前で環境を構築することなく、俊敏にデジタル戦略を展開できるため、競争優位を獲得しやすくなります。
さらに、パブリッククラウドは「適材適所」の考え方と親和性が高く、システム特性に応じてクラウド利用を最適化する方針のもと、特に顧客接点や新規事業領域ではパブリック環境を積極的に選択する企業が増えています。加えて、多国籍企業にとってはグローバル展開を容易にする点も大きなメリットとなります。
プライベートクラウドの変容
一方、プライベートクラウドも高い成長を維持しています。その強みは過去資産の継承性と柔軟性であり、特に基幹システム移行の受け皿として重視されています。これまでの「サイロ型」の導入から、ハイブリッドクラウド戦略の一部としての活用へと進化している点が注目されます。
統合管理の枠組みを取り入れることで、ガバナンスやセキュリティが強化され、同時にコストの最適化も可能になります。さらに、プライベートクラウドは「ソブリンクラウド」への進化を遂げつつあります。これはデータ主権のみならず、運用主権を確保することで、企業や国が独自のデジタル主権を実現する方向性です。
中でもホステッドプライベートクラウド(HPC)は、金融、公共、製造といった分野で注目されています。これらの分野では法規制や安全保障上の要請が強く、クラウド選択においても独自の制約が存在します。結果として、パブリックとプライベートを組み合わせる「使い分け」が、より高度な経営判断の一部となっています。
ガバナンスとコンサルティング需要
クラウド市場拡大の陰には、新たな課題も浮上しています。生成AIや大規模データ活用が進むなかで、企業が直面する最大の懸念は「ガバナンス」です。データの取り扱い、コンプライアンス、コスト管理をどう確保するかが経営課題に直結します。
IDC Japanの松本聡リサーチディレクターは「ベンダーはIT視点だけではなく、業務や産業知見を集約し、ガバナンスを支援するコンサルティングサービスの提供が求められている」と指摘しています。つまり、クラウド基盤の提供にとどまらず、業務変革や人材戦略を含めた包括的な支援が市場の付加価値を決めるということです。
このように、クラウド市場の拡大は技術革新だけでなく、ガバナンスを軸としたサービス高度化の方向にシフトしつつあります。
今後の展望
IDCの予測が示すように、国内クラウド市場は2029年に19兆円を超える規模へ成長する見込みです。今後の展望を考えると、3つの方向性が見えてきます。
一つ目は、生成AIの浸透です。企業は単なるPoC(概念実証)にとどまらず、実運用でのAI活用に踏み出しつつあります。AIを活かすにはクラウドの柔軟な計算資源が欠かせず、AIとクラウドの相互依存はさらに強まるでしょう。
次に、デジタル主権をめぐる動きです。特に欧州ではすでに規制や標準化の枠組みが進み、日本でもホステッドプライベートクラウドやソブリンクラウドの導入が拡大すると予測されます。国家安全保障や産業政策の観点から、クラウドは地政学リスクと不可分のテーマとなる可能性があります。
出典:IDC Japan 2025.8