オルタナティブ・ブログ > 経営者が読むNVIDIAのフィジカルAI / ADAS業界日報 by 今泉大輔 >

20年以上断続的にこのブログを書き継いできたインフラコモンズ代表の今泉大輔です。NVIDIAのフィジカルAIの世界が日本の上場企業多数に時価総額増大の事業機会を1つだけではなく複数与えることを確信してこの名前にしました。ネタは無限にあります。何卒よろしくお願い申し上げます。

【AI活用海外市場調査】中国のNVIDIAと呼ばれている寒武纪(カンブリコン)は本当に強いのか?

»

Alternative2025Oct28a.png

最近、中国の半導体メーカーである寒武纪(カンブリコン)の話をよく聞きます。中国のAI半導体需要に応えるNVIDIA的な存在として語られます。また、中国株式市場では期待の新星的な扱いをされていて、株式取引も活発なようです(注:日本人は日本から同社の株を買うことは難しいことが確認できました。やはりChatGPT 5を使って)。

ChatGPT 5やGoogle Geminiなどの最新のAIを使うと、これまで専門の調査会社に発注しなければできなかった調査が、社内でできるようになります。寒武纪についても、以前であれば、一般企業の中には中国語ができる人はいませんから、中国語による調査ができる会社に発注しなければ、調べようがありませんでした。百度(バイドゥ)ような著名な中国企業であれば英語情報が豊富であるため、英語でGoogle検索をすることである程度は情報は取れましたが、突っ込んだ情報を得るにはやはり中国語ができる調査会社に依頼する必要がありました。

私自身、海外市場調査会社にいた時期には、中国語ができないので、中国企業の情報を取ろうにもどうにもやりようがなく、お手上げでした。

しかし、今はChatGPT 5があるので、中国語の壁は全く感じることがなくなりました。業務で解像度の高い情報を取得するには、無料版のChatGPT 5ではなく、有料版のChatGPT 5 PlusコースかChatGPT 5 Proコースを使うことを強く勧めます。ChatGPT無料版を使って中国の情報を得たとしても、あまり解像度が良くなく、上司がガッカリしてしまうと行けません。

以下は、中国は、NVIDIAなしで、寒武纪だけでAI半導体を調達することができるようになるのか?という問いに対する答えです。

「中国のNVIDIA」と呼ばれる寒武纪とは何者なのか?

AI半導体をめぐる中国の現実と、ファーウェイとのすみ分け

1. 寒武纪とは?

寒武纪科技(Cambricon、上海・科創板上場 688256)は、中国科学院(中科院)計算所系の技術チームから2016年に独立したAIチップ設計企業です。事業領域は「クラウド(データセンター向け学習・推論カード)」「エッジ(監視・産業ロボティクス・自動運転補助など)」「端末(組み込みIP)」の3層すべてをカバーする"全場景算力企業"だと自ら位置づけています。

同社の主力ブランドは「思元(MLU)シリーズ」。これはGPUではなく、ディープラーニング計算に特化したAIアクセラレータ(NPU/ASIC系)で、行列演算・テンソル演算を効率的に回すことに特化しています。中国の証券レポートでは「英伟达(NVIDIA)のA100クラスに近い性能を目指す国産AIチップ」と表現されることもあり、国内では"英伟达国产化替代"(NVIDIAの国産代替)という期待を背負っています。东方财富网

2025年上期には売上が大幅に伸び、累積赤字を抱えてきた同社がついに黒字転換したという報道も出ており、A株市場(科創板)では「AI国産算力の旗手」として、時価総額が中国本土ハイテク銘柄トップクラスに並ぶ水準まで買われた、と中国メディアは強調します。

これが「中国のNVIDIA」と呼ばれる理由のひとつです。
・AI専用アクセラレータを自社設計できる
・データセンター向けの高性能カードを売れる
・国産サプライチェーンの"象徴"として資本市場が評価している
──この3点がセットになっているからです。

ただし、中国語メディアのより冷静な言い方をすると、寒武纪は「中国のNVIDIA」ではなく「中国のAMD的な存在」とも呼ばれていて、これは"国産の、NVIDIA以外の選択肢"というニュアンスです。m.36kr.com
つまり、NVIDIAの完全コピーではなく、「NVIDIAに依存できない領域の穴埋め担当」という見方が本音に近いです。

2. 寒武纪は本当にNVIDIAの代わりになるのか?

ここは、日本から見ると非常に誤解されやすいポイントです。

中国のメディアや証券会社の評価はこうです:

  • 中国の大手クラウド(巨大IT企業や国有系データセンター)は、NVIDIAの最新GPU(H100級など)を米国の輸出規制で自由に確保できない。

  • その穴を「国産AI算力」で埋める必要があり、その候補群の一つが寒武纪である。东方财富网

  • つまり、寒武纪は"国産AI算力の受け皿"として期待されている。

では、「寒武纪ひとつで中国の巨大需要をすべてまかなえるの?」という問いに対しては、現地の論調は明確です。答えは「まだ無理」です。理由は4つあります。

(1) 計算性能・汎用性
寒武纪の上位品は「NVIDIA A100級に近い」と喧伝されることはあるものの、NVIDIAのA100やH100は単体性能だけでなく、NVLink/InfiniBandなどの大規模分散学習のスケール設計、そしてCUDAソフトエコシステムまで含めた"総合力"が武器です。中国側の分析でも「CUDAというソフトエコシステムが英伟达の護城河(堀)」と繰り返し指摘されています。観察者网
寒武纪は独自の開発環境(Neuwareなど)を整えているものの、CUDAほど成熟しておらず、「生态仍在建设中(エコシステムはまだ構築途中)」と言われています。DFCFW PDF
→ 結局、超大型LLMのトレーニングや数万GPU級クラスタ運用では、まだNVIDIAが圧倒的。

NVIDIAのCUDAについては弊ブログの以下を参照。
ITエンジニアがNVIDIA CUDAをマスターすれば年収が上がる3つの理由【CUDAエンジニア】

ファーウェイAscendとNVIDIA CUDAエコシステムの比較をしてみました

(2) 供給量・安定量産
寒武纪は2025年上期に売上が急増し黒字転換と報じられるほど受注が伸びている一方、設計から量産・安定供給までの"重い部分"は依然として課題とされ、「技术理想远大,商业化兑现极慢(技術ストーリーは壮大だが商業化の現金化が遅い)」という批判が残っています。
中国トップIT企業(アリババ、テンセント、バイドゥなど)が必要とする桁違いのGPU群を、寒武纪ひと社で全量賄うには、まだ製造・供給体制が脆い。

(3) ソフト互換・移植コスト
中国のインターネット大手は、既にNVIDIA GPUとCUDAベースで自社AI基盤(特に大規模言語モデルや検索・広告最適化)を構築済みです。CUDAから離れることは、開発資産とノウハウを捨てることを意味し、「迁移成本(移行コスト)が巨大」というのが中国エンジニア層の共通認識です。観察者网
→ 「NVIDIA→寒武纪」への全面移行は現実的ではなく、まずは特定用途からの置き換えに限られる。

(4) カスタム用途の分散
中国国内には寒武纪だけでなく、華為(昇騰)、壁仞科技、摩尔线程(Moore Threads)、そして自動運転・ロボティクス分野では地平線(Horizon Robotics)など、用途特化のAI半導体企業が群雄割拠しています。Supplyframe 四方维
→ つまり「AI半導体の国産化」は"複数社の役割分担"モデルで進んでおり、寒武纪が単独で全領域を飲み込む、という絵はそもそも描かれていません。

要するに、寒武紀はNVIDIAの代替の"ひとつ"にはなりうるが、"完全な代替"にはまだ遠い、というのが中国語圏での比較的リアルな評価です。

3. BYDやロボティクス分野など、産業側の需要は満たせる?

次に、あなたが挙げた2つの巨大需要源――自動車(BYDのようなEVメーカー)とロボティクス産業――に寒武紀は対応できるのか?という話です。

3.1 自動車(EV・自動運転)

自動車・EVの領域では、AI半導体の主要テーマは「ADAS/自動運転・車載制御・知能座舱(スマートコックピット)」です。
この領域では、すでに中国ローカル勢の競争が激しく、代表格は地平線(Horizon Robotics)です。地平線は車載向けSoC「征程」シリーズを量産しており、中国の車載AIは"地平線+車載Tier1+OEM(BYD含む)"のラインでどんどん国産化しています。知乎

つまり、車載AI半導体については、「寒武纪が中国EVすべてを押さえる」というよりは、むしろ"車向けは地平線等が取っている"という色分けが現地では強いです。
寒武紀はもともとスマホや端末向けのNPU IP提供(初期はHuawei KirinへのAIコア提供で有名になった)歴史がありつつ、今はデータセンター向けの大型AI算力に軸足を移している、と中国メディアは回顧しています。pconline.com.cn
→ BYDのような車載向け需要を寒武紀が全面的に抱える、という見方は中国側では主流ではありません。

3.2 ロボティクス・産業オートメーション

ロボティクス(特に産業ロボット/人型ロボット/サービスロボット)においては、リアルタイム処理・視覚推論・経路判断などをエッジ側で回す"ローカルAI"の需要が急増しています。中国の分析では「人形机器人(ヒューマノイド)」「工业机器人」「物流ロボット」は今後の巨大市場であり、ここではNVIDIAのJetson Orin級のエッジAIモジュール(数百TOPSクラス)が定番になりつつあります。Supplyframe 四方维

中国メディアは、こうした「ロボット向けエッジAIチップ」のカテゴリーに、寒武纪に加え、商汤科技(SenseTime)、国科微、地平线など複数の国産AIチップ企業を並べて紹介します。知乎
→ つまりロボティクス需要も、寒武紀"だけ"ではない。産業別に専門プレイヤーがいる。

結論として、BYDやロボティクスのような産業用途は、中国国内では「縦割り×専業メーカー」がすでに存在しており、寒武紀はその一角だが"一社寡占"ではありません。

4. では中国は今後、NVIDIAに頼らずにやっていけるのか?

ここが、最も本質的な問いです。

中国のAI半導体業界の語り方をまとめると、次のようになります。

  • 「NVIDIAの完全代替」は、短期的には無理
    → 理由はCUDAエコシステム、ハードのスケール、供給量。観察者网

  • しかし「NVIDIA依存を減らす」ことは国家目標として動いており、これは"政治的意思"である。

  • そのため、AI半導体は用途ごとに国産ベンダーが分担していく方向になっている:

    • クラウド/大規模学習:華為(昇騰シリーズ)、寒武紀など。eet-china.com

    • 自動車・モビリティ:地平線(Horizon Robotics)など。知乎

    • 監視・産業・ロボティクス:登临科技、商汤科技など複数のエッジAI SoC企業。Supplyframe 四方维

  • そして、それぞれが"自前のソフトウェアスタック"を急いでいます。

この「自前ソフト」が極めて重要です。NVIDIAが強いのはCUDAという開発環境を押さえているからで、中国勢はこれを正面からコピーしきれずに苦しんできました。中国メディアではCUDAを「英伟达的护城河(NVIDIAの護城河=参入障壁)」と呼び、そこから抜け出すには開発者を自分の陣営に吸い上げるしかない、と言われています。観察者网

そこで中国企業がやっているのは、"ハード+ソフト+エコシステムをワンセットで売る" というNVIDIA型モデルの国産コピーです。

5. 寒武纪 vs. ファーウェイ(華為昇騰):立ち位置はどう違うのか?

最後に非常に重要なポイント。寒武紀と華為は、"同じチップ屋"ではありません。役割が違います。

5.1 華為(昇騰)

  • 華為は「昇騰(Ascend)」というAIチップ(NPU)を中核に、サーバ(昇騰サーバ)、開発環境CANN、AI開発フレームワークMindSpore、運用管理ツール、さらに産業別アプリまで含めた"フルセット"を提供する戦略をとっています。

  • 中国メディアは「华为昇腾打造了芯片+硬件+软件+应用的全栈生态系统(華為の昇騰は、チップからアプリまでのフルスタック生態系を構築した)」と説明します。eet-china.com

  • つまり、昇騰は"AIコンピューティングプラットフォーム"として国家インフラ級の扱いを受けており、政府・国有系・公共分野での導入が強く推進されています。

  • CANNはCUDA対抗の開発環境として、「CANNをオープンにする」「MindSporeを普及させる」といった形で、デベロッパー囲い込みを狙います。これは"国産CUDA"をめぐる長期戦そのものです。観察者网

言い換えると、華為は「国産AIクラウドのOSごと押さえる」プレイヤーです。
ハードもサーバもソフトもサービスも自分で抱え、巨大顧客(政府・国企・大手クラウド)を垂直に囲い込むモデルです。

5.2 寒武紀

  • 寒武紀は、昇騰ほどフルスタックではありません。サーバからアプリまでワンセットで売るというより、まずはAIアクセラレータ(思元MLU)を軸に、サーバベンダーやクラウド事業者と組んで納入されることが多い、と説明されています。DFCFW PDF

  • 自社ソフトウェアスタック(例:Neuware系)を整備中ですが、CUDA互換性や成熟度ではまだ課題があり、「生态仍在建设中(エコシステムはまだ構築途上)」と指摘される。

  • 逆に言うと、寒武紀は"ピュア半導体設計+国産AIアクセラレータ供給会社"として、他のSIerやクラウドと柔軟に組む余地がある、とも受け取れます。
    これは、華為のように全てを抱え込むモデルとは対照的です。

中国メディアのざっくりしたイメージを日本語にすると:

  • 華為昇騰=「中国のNVIDIA本体+AWS的なクラウドサービスの抱き合わせ」

  • 寒武紀=「NVIDIAのA100級を国産で作ろうとする設計会社(+徐々にソフトも整備)」

華為は国営インフラ的、寒武紀は科創板のハイテク成長株、という棲み分けです。东方财富网

7. まとめ

・寒武紀="中国がNVIDIA依存から抜けたい時に出てくる代替カードの一つ"。
・華為昇騰="AIインフラをチップからクラウドまで丸ごと中国化する、国策プラットフォーム"。
・地平線など="自動車・ロボティクスなど産業ごとの専門特化勢力"。

中国のAI半導体は「1社が全部やる」型ではなく、「用途ごとに何社もいる」群雄割拠モデルで国産化を進めている最中です。寒武紀はその中で、特にデータセンター/汎用AIアクセラレーションの象徴として、資本市場から"次の主役"扱いされている企業だ、というのが中国語圏での見方です。东方财富网


今泉付記。日経新聞や日経系のテレ東モーニングサテライトなどで語られている寒武紀像とはかなり違う全体像が浮かび上がってきました。推察するに、日経系では、中国語による調査力取材力が弱いようで、無数の中国語文献を博捜できるChatGPT 5(有料版)には敵わないところがあるようです。


【セミナー告知】

SSKセミナー - 新社会システム総合研究所

AI を活用した海外市場調査と情報収集ノウハウ

〜ニッチ市場から規制・地政学リスクまでを迅速に把握する最新手法〜

2025年11月 5日(水) 10:00~11:30

講師:株式会社インフラコモンズ 代表取締役 今泉 大輔

会 場 : 会場受講はなしでライブ配信、および、アーカイブ配信(2週間、何度でもご視聴可)

開催日:2025年11月 5日(水) 10:00~11:30 

受講料:1名につき 27,500円(税込)

申込と詳細はSSKセミナーのページをご参照下さい。

https://www.ssk21.co.jp/S0000103.php?gpage=25519

講義内容

企業が海外事業を展開するうえで、信頼性の高い市場調査や規制情報の把握は欠かせません。しかし、従来の有料データベースや専門調査会社への依存はコスト・時間の両面で大きな負担となってきました。

本セミナーでは、生成AI を用いた新しい海外市場調査のアプローチを紹介します。具体的には、ニッチ市場の流通構造の把握、金融レポートや調査資料の要点抽出、現地語による情報収集と翻訳要約、M&A候補企業や投資動向の探索、EU 規制の要点整理、業界や国ごとのトレンドモニタリング、さらに防衛・地政学リスクの動向把握など、多岐にわたるユースケースを取り上げます。

各テーマごとに情報源の選定、生成AI を活用した効率的な調査手順、出典確認の方法を具体的に解説し、参加者は終了後すぐに自らの業務へ応用できる知見を得ることができます。経営企画・海外事業・新規事業・調査部門など、日常的に海外情報を扱う方に最適の内容です。

1.イントロダクション

 ・海外市場調査における生成AI 活用の可能性

 ・無料版ChatGPT・Gemini の特徴と制約

2.ユースケース別の活用法

 ・ニッチ市場調査(インドの豆腐流通状況)

 ・海外金融市場レポートの調査(ドイツ証取の自動車セクター値動き)

 ・現地語による情報収集と翻訳要約(台湾華語によるTSMC 給与水準)

 ・M&A 候補企業の探索(ドイツのロボティクス企業買収候補)

 ・EU 規制の要点把握(EU サイバーレジリエンス法の概要)

 ・各国・各業界の動向トラッキング(特定国特定業界の情報収集)

 ・防衛・戦争リスクに関する情報収集(例:ドローン戦術米中比較)

3.まとめと留意点

 ・情報の信頼性・出典確認の重要性

 ・無料版AI でできること/できないこと

 ・実務への応用と今後の展望

4.質疑応答


従来、調査会社に発注すると100万円〜500万円かかっていた海外市場調査を、必要な時に、必要とする人が、直接手を動かして調査する事ができるようになるノウハウを伝授します。

調査のコスト削減ができる意味も大きいですが、業務の現場で必要が出てきた都度、フレッシュな海外情報を手元に入手できること。また、追加の情報ニーズがあればそれもすぐに入手できるという俊敏性が、過去には得られなかったものです。

これにより海外事業に関する意思決定が飛躍的に精度の高いものになります。

ふるってご参加下さい。

Comment(0)