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20年以上断続的にこのブログを書き継いできたインフラコモンズ代表の今泉大輔です。NVIDIAのフィジカルAIの世界が日本の上場企業多数に時価総額増大の事業機会を1つだけではなく複数与えることを確信してこの名前にしました。ネタは無限にあります。何卒よろしくお願い申し上げます。

日本の産業ロボットにとって巨大な商機?Figure AIヒト型ロボット大量生産の事業機会を読む

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米国でヒューマノイド(ヒト型ロボット)の大量生産体制をいち早く築いているFigure AI

同社のロボット製造工場をちらっと描写して見せる以下の動画を見ていて気づくことがあります。ロボットの細部の作り込みをするのは安川電機製の産業ロボットです。私は産業ロボットの機種ごとの差異に詳しくはないですが、かなり微妙な工程をこなすことができる機種のようです。

この動画から読み取れることは、中国は別としても、米国のヒューマノイド大手が大量生産する際には、日本の産業ロボットが大量に導入される可能性が高いということです。

さて、さらにその先には何を読み取るべきでしょうか?

米国人型ロボットの「大量生産」が日本の産業ロボット業界にもたらす警鐘と商機:Figure AIの動画から読み解く新時代のサプライチェーン

第1章:米国人型ロボット市場の勃興:Figure AIが牽引する新時代の幕開け

はじめに:動画に映る「安川電機らしきロボット」の正体とその意味

米国の人型ロボット開発企業Figure AIが公開した、最新型ロボット「Figure 02」の生産風景を捉えたプロモーション動画は、日本の産業ロボット業界にとって、単なる技術デモ以上の深い意味を持っています。動画の随所に、人型ロボットの組み立てや部品搬送を行うために、従来の産業用ロボットが活用されている様子が映し出されています。そのアームに付けられているロゴから、安川電機製のロボットである可能性が高いとみられます。

しかし、この事実は、表面的な「提携」の兆候を探ることよりも、はるかに重要な示唆を業界全体に投げかけています。この光景が象徴するのは、次世代の人型ロボットが、従来の産業用ロボットの「代替品」として登場するのではなく、相互に補完し合う関係、すなわち**「AIロボットメーカーが従来のロボットメーカーの技術を自社の生産インフラとして活用する」**という、新たな市場構造が形成されつつあることです。これは、日本の産業ロボットメーカーが、人型ロボット市場の成長を直接的に支援する、主要な「ツール」や「生産設備」としての役割を担い、新たなビジネスモデルを構築できる可能性を意味しています。

Figure AIの戦略的ビジョンと市場動向

Figure AIの創業者兼CEOであるブレット・アドコックは、同社のロボット開発を「AIファースト」のアプローチで進めていると強調しています 。その中心にあるのは、人間のように推論し、学習し、多様なタスクを自律的に実行できる汎用的なAIモデル「Helix」です 。これは、自動車製造ラインで特定の溶接や塗装作業に特化してきた日本の従来の産業用ロボットとは一線を画す哲学です 。Figureが目指すのは、単純な繰り返し作業の自動化だけでなく、労働力不足の解消 、さらには家庭内での家事といった、より汎用的で複雑なタスクの実行です

この野心的なビジョンを支えているのが、シリコンバレーから流入する巨額の資金と、Microsoft、Nvidia、OpenAI、Jeff Bezosといった、テクノロジー界の巨人たちとの戦略的パートナーシップです 。Figure AIは、BMWとの提携を通じて、人型ロボットを実際の自動車製造ラインに試験的に導入し、その実用性を証明しています 。また、同社は、年間最大12,000台の人型ロボットを生産可能な自社工場「BotQ」を設立し、大量生産への明確なロードマップを示しています

しかし、Figure AIの戦略で最も注目すべきは、アクチュエーター、手、バッテリーといったロボットの「コア技術」を内製化する**「垂直統合」**のアプローチです 。これは、人型ロボットに求められる小型、高トルク、軽量、低消費電力といった特殊な要件に対し、既存の産業用ロボット向けのサプライチェーンが未成熟であることの裏返しに他なりません 。Figureは、試作品段階で用いた高価なCNC機械加工プロセスを、大量生産に適した射出成形やダイカストといった金型プロセスへと切り替えることで、コストと生産時間を大幅に削減しようとしています 。この垂直統合戦略は、多額の初期投資と技術的リスクを伴うものの、安定した供給体制と、コスト、品質を自社で完全に管理するという目的のために選択された道です

この状況は、日本の部品メーカーにとって、重大な警告であると同時に、最大の商機を秘めています。Figureが自社でコア部品を内製せざるを得ないということは、この分野で彼らが求める品質と量産能力を兼ね備えた外部サプライヤーがまだ存在しないことを意味しています。もし日本企業がこのギャップを埋めることができれば、垂直統合の壁を打ち破り、人型ロボットの新たなサプライチェーンの中核を担うことができます。

第2章:日本の産業ロボット業界が持つ"隠れた"競争優位性

世界を席巻する日本の産業用ロボット

日本は長らく、世界の産業用ロボット市場において揺るぎない地位を築いてきました。国際ロボット連盟(IFR)のデータによれば、日本は世界のロボット生産の38%を占める、圧倒的な「ロボット製造大国」です 。特に自動車産業や電気・電子産業におけるロボット導入密度は世界トップレベルであり、その技術力と信頼性は世界的に認められています

安川電機、ファナック、川崎重工、不二越といった主要企業は、それぞれ溶接、塗装、搬送、組立といった特定のアプリケーションに特化した産業用ロボットで実績を築いてきました 。近年は、人と協調して安全に作業できる「協働ロボット(Cobot)」の開発にも注力しており、人と共存する人型ロボットのコンセプトに近接する技術を培っています

日本の産業ロボットメーカーの真の強みは、単なる製品ラインナップの豊富さだけではありません。それは、数十年にわたる製造現場での経験に裏打ちされた、製品の堅牢性、信頼性、そして世界中に張り巡らされたアフターサービス網にあるのです 。シリコンバレーのスタートアップがAIというソフトウェアの優位性を追求する一方で、日本企業は、24時間365日の過酷な環境に耐えうる「物理的な信頼性」という、揺るぎない競争優位性を確立しています。人型ロボットが将来、製造現場や物流倉庫で本格的に稼働するためには、この信頼性が不可欠であり、これは米国企業が短期間で獲得できない、日本ならではの「隠れた資産」です。

人型ロボットの心臓部を握る「日本」の部品メーカー

人型ロボットは、高度なAIという「脳」だけでなく、緻密で正確な動作を可能にする「身体」がなければ機能しません。その身体を構成する最も重要な部品、すなわちロボットの関節を動かす「精密減速機」と「サーボモーター」の分野で、日本企業は世界的な優位性を確立しています。

精密減速機は、モーターの回転速度を落とし、同時にトルクを増幅させることで、ロボットの関節に高精度な動きをもたらします。これはロボット全体の部品コストの30%以上を占めることもある、最重要コンポーネントです 。この分野で、ナブテスコは中型から大型の産業用ロボット向け精密減速機において、世界シェアの約60%を占める圧倒的なリーダーです

また、サーボモーターの分野でも、安川電機は長年にわたり世界トップシェアを維持し、自社の「MOTOMAN」にも内製モーターを組み込んでいます 。日本電産(Nidec)もまた、この分野で高い技術力を持っています 。ハーモニックドライブ減速機で知られるハーモニック・ドライブ・システムズも、人型ロボットに不可欠な精密部品を供給するキープレイヤーです

この事実が示すのは、米国や中国のロボットメーカーがAIという「脳」の開発に注力する一方で、日本企業は、ロボットの「身体」を構成する最も重要かつ製造難易度の高いコア部品で、事実上の寡占状態を築いていることです。Figure AIやTesla Optimusが、自社製アクチュエーターを開発しようとする背景には、既存の日本のサプライチェーンに依存せず、供給安定性とコストダウンを図ろうとする思惑があります 。この内製化の試みが成功するかどうかは未知数であり、そこに日本の部品メーカーが持つ「品質と量産の優位性」を証明する最大の機会が潜んでいます。

第3章:新たな市場の開拓:米国人型ロボット市場における商機と課題

警鐘:日本のコア部品メーカーが直面する脅威

Figure AIの垂直統合戦略は、日本のサプライヤーにとって直接的な脅威となります。同社は、巨額の資金を背景に、高価なCNC機械加工から射出成形やダイカストといった量産プロセスに切り替えることで、コア部品の内製化を進めています 。この戦略は、 取引コスト理論(Transaction Cost Theory)で説明されるように、信頼できる外部サプライヤーを見つけ、契約し、品質を保証するコストが、自社で一貫生産するコストを上回ると判断された結果です 。これは、日本の部品メーカーが人型ロボット特有の要求水準をまだクリアしていない、あるいはその存在を適切にアピールできていないという、厳しい現実を突きつけています。

もう一つの脅威は、中国サプライヤーの急速な技術キャッチアップです。テスラが開発する人型ロボット「Optimus」のサプライチェーンには、すでにハーモニックドライブ減速機で日本の製品をベンチマークにした「Green Harmonics」や、アクチュエーターで「Sanhua Intelligent Control」といった中国企業が名を連ねています 。これまでの産業用ロボット市場では、日本が「品質」と「技術」で中国を圧倒してきましたが、人型ロボットという新しい市場では、中国は開発の初期段階からサプライチェーンに食い込もうとしています 。もし日本の部品メーカーが傍観すれば、品質で劣っていてもコスト競争力で優位に立つ中国企業に、人型ロボット市場の主導権を奪われる可能性があります。

真の商機:なぜ米国スタートアップは日本の部品を必要とするのか

しかし、Figure AIの垂直統合戦略は、日本の部品メーカーにとって、真の商機を隠しています。米国スタートアップは、AIやソフトウェアといった「脳」の開発には長けているものの、高精度な機械部品を高品質・低コストで大量生産する「身体」の製造ノウハウは不足しています 。Figureが大量生産のためにCNCから金型成形に切り替えるなど、生産プロセスを根本的に見直していることは、この分野の難しさを物語っています。この初期投資は莫大であり、技術的ピボットの難しさや、市場の需要変動に対する脆弱性といったリスクも伴います

ここに、日本の部品メーカーの商機があります。日本の強みは、数十年にわたる精密部品の量産経験と、その圧倒的な品質、そして信頼性にあるからです 。人型ロボットの「大量生産」を真に実現するためには、スタートアップの自社生産だけでは限界があり、高い品質を安定して供給できる日本のサプライヤーの力が必要不可欠となります。BMWがFigureと提携したように、日本のメーカーは、単なる部品供給者ではなく、技術パートナーとして、設計段階から関与する役割を担うべきです

第4章:提言:日本の産業ロボット業界が取るべき大胆な戦略

人型ロボット市場への参入戦略:本体か、それとも部品供給か

日本のロボット産業は、過去にホンダのASIMOのような世界に先駆けた人型ロボットを開発してきました 。しかし、量産化と商業化の難しさから、事業としては成功に至っていません。この経験から学ぶべきは、人型ロボットの「本体」開発に莫大な投資をするよりも、その**「心臓部」であるコア部品のサプライヤー**として、市場の成長を確実に取り込む戦略が、現実的かつ理にかなっているということです。

1. 部品供給の多角化と新製品開発

ナブテスコ、安川電機、ハーモニック・ドライブ・システムズといった部品メーカーは、従来の産業用ロボットだけでなく、人型ロボットのニーズに合わせた新製品ラインナップを開発すべきです。具体的には、小型化、軽量化、低消費電力に特化したサーボモーターや減速機などです 。Figure AIが内製化に頼らざるを得ないのは、外部に適切なサプライヤーがいないからなのです。日本の企業は、自社の部品がFigureが目指す性能と信頼性、そして何よりも「量産可能性」を遥かに上回ることを、積極的にアピールする必要があるでしょう。

2. 米国スタートアップとの戦略的パートナーシップの構築

米国スタートアップは、AIやソフトウェアの知見を持つ一方で、ハードウェアの量産ノウハウが不足しています。一方、日本企業は、ハードウェアの量産ノウハウを持つが、ソフトウェアやAIの分野では米国に遅れをとる傾向があります 。両者は、互いの弱みを補完できる、理想的なパートナー候補です。

単なるサプライヤーとしてではなく、Figure AIやApptronikといった有望なスタートアップに出資し、共同開発チームを立ち上げるべきです 。これは、技術的知見の獲得だけでなく、製品設計の初期段階から関与し、自社部品の採用を確実にするための最善策です。ANAホールディングスがAgility Roboticsと提携し、屋外用人型ロボットの開発に取り組んだ事例は、このモデルの有効性を示しています

3. コア技術の標準化とエコシステム構築の主導

ロボティクス産業が自動車産業のように大規模に成長するためには、主要部品の「標準化」が不可欠です 。現在、各社が独自のアクチュエーターを開発していますが、これは量産の足かせとなります。

ナブテスコやハーモニック・ドライブ・システムズといった日本の部品メーカーが、米国や欧州のロボット企業と連携し、人型ロボット向けのアクチュエーターや関節部品の業界標準(サイズ、インターフェースなど)を主導的に策定すべきです。これにより、日本の部品メーカーは、単なるサプライヤーから、人型ロボット市場における不可欠な「プラットフォームプロバイダー」へと押し上げられるでしょう。安川電機のMOTOMAN NEXTが、AIと自律性を備えた次世代産業ロボットとして開発されたように 、日本の企業は、AIプラットフォームを搭載した「インテリジェント・モジュール」を部品として提供することで、ロボットメーカーが「脳」の開発に集中できるような環境を構築すべきです。

人型ロボットと従来の産業用ロボットの比較

特性 Figure 02 (人型ロボット) 従来の産業用ロボット(例:MOTOMAN)
設計思想 汎用性・柔軟性・適応性 単一用途特化・高精度・高速・高剛性
主な用途 物流、製造、倉庫、小売、家庭 溶接、塗装、ハンドリング、組立
ペイロード

20kg

数kgから数千kgまで多様

AI/知能 Helix AIによる自律的な学習・推論・行動 プログラムによるタスク実行
開発哲学

AIファースト、ソフトウェア主導

ハードウェア性能、機械工学主導

サプライチェーン

垂直統合志向(アクチュエーター等内製)

水平分業(コア部品は専門メーカーから調達)

結論:今、大胆な一歩を踏み出す時

Figure AIの動画に映る産業用ロボットは、日本のロボット業界にとって、単なる一コマではなく、新たな時代の幕開けを告げる「警鐘」です。米国人型ロボットの「脳」はAIにあり、その「身体」は日本のコア技術にあるのです。この事実を認識し、シリコンバレーのスピード感に合わせた戦略的パートナーシップを構築し、部品の標準化を主導することで、日本は次世代ロボット市場でも圧倒的な存在感を示すことができます。

長年培ってきた「物理的な信頼性」と「精密部品の量産ノウハウ」という資産は、米国や中国のスタートアップが容易には手に入れられない、日本の最大の強みです。今、日本の産業ロボット業界には、この資産を武器に、人型ロボットという新たなフロンティアにおいて、大胆な戦略的転換を図る勇気が求められているのです。


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