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20年以上断続的にこのブログを書き継いできたインフラコモンズ代表の今泉大輔です。NVIDIAのフィジカルAIの世界が日本の上場企業多数に時価総額増大の事業機会を1つだけではなく複数与えることを確信してこの名前にしました。ネタは無限にあります。何卒よろしくお願い申し上げます。

【EUデータ法】そもそもEUは何を考え誰に得になるようにEUデータ法を設計したのか?セミプロ向け分析

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EUの中には「規制によって市場を活性化させよう」ということを日夜考えている規制のプロフェッショナルがいて、ものすごく細かく規制の網の目を作り上げ、それでEU加盟各国が動いて、そもそもの目的を達成します。補助金を出したり、インフラを投資したりするのではなく、制度設計によって市場を活性化させることを専門に考え続けているプロがいるのです。日本では考えられないことです。(日本はすぐに補助金を出したり、箱物の整備にお金を出したりします)

大まかには

EU指令XYZが発効する → EU加盟各国は国内法を整備してEU指令XYZに対応できるようにする

というメカニズムで動いています。EU加盟各国が国内法を整備する締切が設けられ、締切以内に国内法が整備されないと罰則があります。自動車の廃棄に関する規制であるELV指令(End-of-Life Vehicles Directive)も、EUレベルで発効した後で、各国で国内法が作られてELVの仕組みが作られ、もって制度の目的を達成した...という所ですが、細かく見ると、国別にELV指令に対応しきれていない部分があったりして、日本人から見ると目の回るような複雑さです。以下は4月に作成したELV指令のドイツの対応状況をドイツ語資料で詳しく調べた調査報告書です。

【調査報告書】ドイツ語資料で調査「ELV指令:ドイツの自動車廃棄・リサイクル最新動向」13,000字+参考YouTube動画

自動車廃棄・リサイクルの仕組みはかなり整備されている英国と、なかなかうまくいかない(制度はできたが運用面で課題がある)ドイツに分かれる...という状況があります。

なお、以上は、いわゆる「EU指令(Directive)」に関する記述です。(EU指令ができて→各国法が整備されるという順序は指令に限定される話)

今回懸案になっている【EUデータ法】はEU指令ではなく、「規則(Regulation)」です。指令(Directive) と違い、規則は 加盟国での国内法化を待たず、そのまま直接適用される のが原則です。ということで、9月12日から主要条文が適用開始(企業が実務的に守らなければならない)となっています。


EUの規則は、英文(各国語文書)の記述が膨大であるため、頭から読んでもなかなか体系的な理解ができにくいという所があります。法律や規制の専門家でないと、頭の整理が追いつきません。小職が過去にEU規制の調査をし報告書を書いて学んだのは(こちらの投稿の冒頭を参照)、「EUの規制の専門家は何を考えてこの仕組みを作ったのか?」そこに切り込んで理解していくと、全体像がすんなりわかるようになります。

今回のEUデータ法についても、そもそも規制のプロフェッショナル達は何を考えてこの規則を作ったのか?そこをはっきりさせると、「ああ、そういうことか」と、日本にいる我々も理解しやすくなります。結果として、対応の勘所がわかります。総花的にあれもこれもと対応するとコストがものすごく高くつきますが、勘所がわかれば、そこに対応コストを分厚く配分し、そうでない所はほどほどにしておく...という優先順位付けができるようになります。ただし、罰則がどの場合にどう適用されるのかリスク分析についてはご安全にということです。


現在はAIがあるため、関連文書が膨大な世界でもAIに整理させて勘所を把握することがしやすくなっています。AIを使わない手はありません。とはいえ、素人の方がほとんど触ったことのないChatGPTやGemini Proを触ってもあまりうまく行きません。日頃からこうした海外規制系、外国法務系の調査やレポート執筆などを実施する人員を社内で養成することが大切です。

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とは言え、今、そうした課題に向き合っている方のために、原理原則を簡単にまとめておきます。

  1. 一夜漬けでいいので、向き合っているテーマについて徹底的に勉強する。その上で、理解している内容と理解していない内容を自分の頭で大まかに整理しておく。
  2. ChatGPT 5(有料版) / Gemini 2.5 Pro(有料版) と一緒に向き合っているテーマについて対話を進めていく。自分がわかっている内容について"振る"と、AIが喜んで答える。対話をどんどん深めていく。
  3. 自分が理解していない分野について、その専門用語をあえて出して、「専門用語XYZは、どういう意味?と素朴に聞く。AIが喜んで答える。そのようにして、自分がわからない部分について対話をしていく。
  4. AIがあなたの興味や理解していない部分について理解ができたら(場が温まったら)、おもむろに、「我が社はこれこれの業務でこのトピックABCについて角度DEFの切り口で調査をしたいと考えている。あなたはトピックABCについては世界最高峰の専門家ですよね?私達の会社の専門家ではない上司や経営陣に理解しやすいように、字数XXXX字程度でレポートを書いてくれませんか?」とお願いする。お願いする際にはできるだけDeep Researchなどの深掘りモードを使う。ChatGPT 5(有料版)の場合は自動的に深堀をしてくれる。
  5. 長文の本格的な報告書ならGemini Pro 2.5 + Deep Reseach、A4 1-3枚ぐらいの短い圧縮されたレポートならChatGPT 5が向きます。

前置きが長くなりましたが、以下は【EUデータ法】の全体像が理解しやすくなる『彼らは何を考えてEUデータ法を制定したのか?』です。ChatGPT 5(有料版)との対話の結果としてこれが出てきました。(これを出すように対話の中で彼に仕向ける訳です)

EUデータ法を制定した制度設計者達が考えていたこと

結論から言うと、EUは「データを競争のインプットにする」ための市場設計を本格稼働させた、というのがデータ法(Data Act)施行の本質です。GDPR(個人データ)やDMA/DSA(プラットフォーム競争)に続き、IoT・産業データとクラウドに手を伸ばして「データが流れるとイノベーションが起きる」状態を制度で作り込む――そのタイミングが今だった、という理解が腑に落ちます。データ法は2023/12/22に官報公示→2024/1/11発効→2025/9/12から適用で、段階的に効いてきます。デジタル戦略+1

なぜ「今」か(タイミングの理由)

  • 未活用の産業データを動かす:EU自身が「欧州の産業データの約80%が未活用」と繰り返し指摘。この"眠っている"データを使えるようにするのがEU全体のデータ戦略(2020)で、データ法はその実装パーツです。欧州議会+1

  • IoT普及とAI需要:接続製品(車・工機・家電・医療機器等)が爆発的にデータを生み、生成AI/分析での活用ニーズが急増。個人データ中心のGDPRだけでは産業データの流通を作れないため、機器由来データのアクセス権と共有ルールを横断的に定めました。デジタル戦略

  • ベンダーロックインの解消(クラウド):マルチクラウド/切替の障壁(契約・技術・料金)を法で外す。2027/1/12からはスイッチング手数料(事実上のエグレス等)全面禁止という強いロードマップを引いています。Osborne Clarke+1

  • デジタル主権・欧州方式の輸出:EUは「単一市場×規制能力」で世界基準を作る"ブリュッセル効果"を狙う。GDPRやDMAに続き、データアクセス/共有の規範を域外事業者にも及ぶ形で提示しています。cer.eu

何を変える法か(ざっくり骨子)

  1. 接続製品・関連サービスのデータへのユーザーアクセス権
     製品利用で生じるデータを、ユーザー(個人・企業)が自分で取得し、指定した第三者に共有できる。メーカーは"アクセス・バイ・デザイン"でこれを実装。スマート家電や車、産業機械等が典型です(スマホ等の解釈は議論があるが、ユーザー所有であれば含み得るとのFAQ解釈も)。機密性(営業秘密)は秘密保持措置の下で保護。EUR-Lex+2DLA Piper+2

  2. クラウド等データ処理サービスの"乗り換えの自由"
     契約・技術・商慣行の障壁を外し、2025/9/12から移行義務が段階適用、2027/1/12以降はスイッチング手数料を禁止(限定例外を除く)。相互運用仕様の策定も進む見込み。Latham & Watkins+1

  3. B2B/B2Gのデータ共有ルール
     FRAND的な公平条件を志向。公的機関向けには、災害等の**「例外的必要」**のときだけ企業にデータ提供を求めうる限定的枠組みを整備。デジタル戦略+1

誰が得をするか(EU内プレイヤー)

  • 中小企業・アフターマーケット:ユーザーが製品データを第三者サービスへ持ち出せるので、独立系の修理・点検・保険・予知保全が伸びる。自動車や産業機械で特に影響大。デジタル戦略+1

  • クラウド挑戦者・マルチクラウド事業者切替障壁とエグレス費の撤廃で新規参入や乗り換えが容易に。相互運用/移行支援の周辺市場も拡大。Society for Computers & Law

  • データスペース・データ仲介:EUは産業・モビリティ・エネルギー等の共通データスペースを政策的に整備中。データ法はここへの燃料投入役で、AI含むデータ駆動ビジネスの基盤になります。デジタル戦略+1

  • 公的部門:災害・公衆衛生等で民間データを限定・迅速に得られる(例外的必要)。欧州議会

産業振興としての意味(戦略のロジック)

  • 比較優位の再構築:欧州はGAFAのような消費者向け巨大プラットフォームでは出遅れた一方、製造・モビリティ・医療機器など実体産業に強み。モノが生むデータを開放して競争インプット化=「欧州の土俵」で新陳代謝を起こす狙いです。WIRED

  • 規制で市場を作る(Regulate-to-Create Markets):GDPRが個人データ権利で世界を動かしたように、データ共有・相互運用の規範を先に整え、ブリュッセル効果で域外企業の行動も変える----という欧州流の手法。cer.eu

  • 主権・地政学:クラウド/データの対米依存を和らげ、標準・相互運用を欧州発にする「デジタル主権」の一里塚。European Commission

トレードオフと限界(冷静な含み)

  • 実装コストと訴訟リスク:製品のアクセス・バイ・デザインや契約やり直しは重い。営業秘密保護とアクセス権の線引きで実務紛争は増える見込み。スプリンガーリンク

  • スマホ等の範囲解釈:接続製品の定義(「主たる機能が他者のためのデータ処理ではない」)をどう当てはめるかでグレーが残る。eu-data-act.com+1

  • 効果の立ち上がり:クラウドの完全な手数料禁止は2027/1/12から。標準化・相互運用仕様の成熟にも時間が要ります。Osborne Clarke


この関連、まだまだ論じることがあるので、複数の角度から分析して投稿に上げます。

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