スタートアップM&Aが加速する理由と成功の条件 先行者たちの議論から
小生が登壇した次のパネル・セッションから書いてみます:
アスティーダエグゼクティブサロン沖縄 12/4 17:15-18:00
「革新的M&A戦略:ベンチャー/スタートアップが成功するための新たな道筋
〜「買収」の先に見える成長の可能性と活用事例〜」
パネリスト:
上原仁 Coalis ジェネラルパートナー
西尾公伸 Authense法律事務所 弁護士統括
海山龍明 株式会社バトンズ 取締役COO
本荘修二
モデレーター:
白木俊行 株式会社リンクアンドモチベーション インキュベーション推進室 室長
スタートアップの出口戦略は、いま大きく変わりつつある。これまでIPO一辺倒だった日本市場だが、東証グロース市場の上場維持基準が引き上げられ、5年以内に時価総額100億円規模が求められるようになる。上場企業の7割が基準未達とされるなか、資本政策の常識が一変し、「M&Aによる成長戦略」が注目されている。
こうした市場変化を背景に行われた本セッションでは、投資家・事業会社・法律家などスタートアップM&Aの理論と実務をよく知る達人達が登壇し、「成功するM&Aとは何か」「どのタイミングで売却すべきか」「買収後に再成長を実現する組織づくり」など、実践的な論点が交わされた。
■ スタートアップM&Aが加速する構造的理由
議論の前提となったのは、スタートアップ市場で起きている地殻変動だ。
登壇者の海山氏(バトンズ COO)は「グロース上場企業の7割が時価総額100億円以下。上場維持のためにM&Aが一気に活発化している」と説明する。
新規事業を内製で立ち上げる難易度は高い。起業家が死ぬ気で立ち上げた新事業を、企業内で同じ熱量で再現することはほぼ不可能だ。そこで「伸びている事業を買う」という選択が、企業の成長戦略として注目され始めている。
一方、売り手のスタートアップにとっても、M&Aは逃げではなく再成長のための選択肢と捉えるべきだと強調したのが、上原氏(コアリス GP)。
「スタートアップには必ずライフサイクルがある。自前だけでは伸びしろが尽きる踊り場に入る。その先を伸ばすために、大企業の資本・顧客基盤・ブランドを使うという選択肢がある」
例えば、ソラコムがKDDI参加後に、セコムやニチガスなどの大企業へ株式を持ってもらい、IoT事業の普及を進めたのは、企業連携による成長戦略のわかりやすいケースだ。スタートアップ単独では到達できないスケールに到達できるのがM&Aの本質だ。
■「旬を逃すな」──売り手が陥るワナ
しかし「どのタイミングで売るか」は難しい。
上原氏の答えは明快だ。
「周りから見たら絶好調。だが経営者だけが"この先は伸びが鈍る"と分かるタイミング」
売り手がしがちな失敗が、「衰え始めてから慌てて売りに出す」ケースだ。買い手はそれを敏感に察知するため、交渉で不利になる。
海山氏は「買い手からすれば、下がる見込みの事業を買うのはとんでもない話です。売却後は売り手のモチベーション維持が難しいため、最近は(売り手経営者の維持のための)ロックアップや2段階譲渡といった手法でリスクヘッジをする例がある」と指摘する。
特に段階的買収に潜むリスクについて警鐘を鳴らしたのが弁護士の西尾氏(オーセンス)。
「業績が未達なら譲渡代金を返す"保証条項"を押し込まれる例が増えている。買い手が強者のブランドを武器に、過度な条件を飲ませるケースもある」
買収とは、売り手のリスクも含めて引き取る行為であり、売却後の業績保証を求めるのはいかがなものか。
上原氏「そのような交渉をする買い手も、応じる売り手も「ダサい」。M&Aは、買い手のリソースでさらに伸ばせる(シナジーがある)場合に行うべき。」と言い、「旬」を逃さず、「本当に自分の事業を伸ばしてくれる相手」を早い段階から見定めておくことが重要だ。
■ M&A成功の鍵は仕組み化と人
買い手にとっては、M&Aは買って終わりではない。むしろ「買ってからが始まり」である。
上原氏は成功の条件をこう語る。
「将来キャッシュフローを生む"仕組み化"された事業だけが、買収後の成長ポテンシャルを持つ。属人的な事業は買うべきではない」
白木氏(リンクアンドモチベーション)「M&Aの経験を積むと、自社流のバリューアップの型が身につく」・・これは買収上手な企業に共通している点だ。
一方で、海山氏(バトンズ)は「結局は人」と語る。自身が経営者として事業を売却した際、"誰が先頭に立つか"で成果が決まった経験からだ。
「買収後、社員全員と毎週1on1し、ビジョンを再浸透させた。リーダーが腹を決めて背負えるかで、成功確率は大きく変わる」
スタートアップを受け入れる側の企業には、
- PMI担当の適切なアサイン
- 段階的統合プロセスの設計
- 人材のエンゲージメント維持
が求められる。
(本荘)シスコシステムズが買収企業向けの従業員ポータルを持つように、"人のケア"を重視することが不可欠であり、軽視する組織は失敗率を高める。
■ 初心者ほど「小さく練習せよ」──M&Aは経営筋力を鍛える
(本荘)実践経験の欠如は日本の構造的弱点。
「日本は売る側も買う側も経験者が少ない。まずは小規模なディールで"練習"して、組織としてのM&Aリテラシーを高めるべき。成功にはKPIや仕組みだけでなく、経営者の「マインドセット」が不可欠。売り手は会社を売れる状態(セラブル)にすべき」
上原氏も同意し、「起業家は1周目でM&Aを経験し、2周目でユニコーンに挑める筋力をつけるべき」と語る。
M&Aを経験すると、経営者は以下の思考が身につく。
- キャッシュフロー中心の経営感覚
- 再現性のある事業モデル構築
- KPIと組織の因果関係の理解
- 事業価値の市場視点での把握
これらは日本の起業家が、これから求められる能力だ。
■ まとめ ── M&Aは逃げではなく、事業成長のための選択肢へ
本セッションを通じて浮かび上がったメッセージは一貫している。
M&Aとは、IPOの代替手段ではなく、事業を最大化するための"戦略的ツール"である。
旬を逃さず、最適なパートナーを見つけ、買収後の成長まで設計した企業だけが成功する。
なお、西尾氏は「M&AはIPOがダメだからという安易なものではない。常に戦略的に考え続け、プライドを持って経営判断をしてほしい。」そして、「スタートアップが必ずしもM&Aを活用すべきだとは思いません。M&AやIPOはVCの出口戦略として語られがちですが、スタートアップ側がそれに固執する必要はない。事業のロマンや社会的課題への挑戦が本質です。」と語る。
(本荘)「最後は相手を「感じる力」が大切です。売るタイミングは自分の心に聞いて決めてください。パートナー候補と対話しながら、マインドセット、そして人間力を高めることが重要です。」
事業を愛し、成長を諦めず、最適なパートナーとともに未来を描ける企業が、これからのスタートアップM&Aで存在感を発揮していくだろう。