インフラからサービスまで広がるAI主導権争いの行方
米調査会社ガートナーは2025年9月29日、「AIベンダー競争が技術スタック全体の市場構造を変えている」と発表しました。
Gartner Says AI Vendor Race Is Reshaping Competition Across the Entire AI Technology Stack
生成AIの普及は急速に進み、もはや「目新しい機能」ではなく「当然の機能」となりつつあります。ソフトウェアやサービスを提供する企業は、従来の戦い方では優位を維持できず、自らの立ち位置を抜本的に見直す必要に迫られています。
ガートナーは、この競争を「一度きりの勝負」ではなく、インフラ、モデル、アプリケーション、サービスなど複数の領域で同時に繰り広げられる「多層的な主導権争い」と表現しています。先行者利益はすぐに消え去り、勝敗を分けるのは「どれだけ顧客の成果につなげられるか」へと移行しているといいます。
今回は、この分析を踏まえ、(1)多層化する競争の構造、(2)生成AI市場の急拡大、(3)インフラとデバイスの変化、(4)成果志向への転換、そして(5)今後の展望について考えていきます。
多層化するAI競争
AI市場は一つの勝負で決着する単純な構図ではありません。ガートナーは、基盤となるインフラ、AIモデル、アプリケーションやサービスといった層ごとに、別々の競争が同時進行していると指摘しています。
インフラ分野では、GPUを搭載したAI最適化サーバーの需要が急増し、2025年の成長率は前年比90.9%に達すると予測されています。モデル分野では、オープンソースと商用クローズドが熾烈に競い合い、応用分野では業界特化型ソリューションが拡大しています。
さらにサービス分野では、単なるツールの提供では差別化が難しく、導入から運用支援まで「顧客の成果をどう実現するか」が問われるようになっています。つまりAI市場は、あらゆる階層で主導権争いが繰り広げられています。
急拡大する生成AI市場と均質化のリスク
生成AI市場は、過去の技術革新を上回るスピードで拡大しています。2025年の市場規模は前年比149.8%増の140億ドルを突破する見通しです。2028年以降は成長率が年38%に落ち着くと予想されますが、その頃にはアプリケーションの中核部分に組み込まれるのが当たり前になるとみられます。
ただし、この急速な普及は「均質化」という新たな課題も生み出しています。ガートナーは「36カ月以内に、生成AIはすべてのソフトウェア市場で必須機能となる」と予測し、2026年には生成AIを搭載したソフトウェアへの支出が非搭載を上回ると見ています。
つまり、機能の有無では差別化できず、「どのように成果に直結させるか」が競争の焦点になります。
インフラとデバイスの変化
AIの広がりを支えているのはインフラの進化です。2025年にはAI最適化サーバー市場が急成長し、クラウド事業者や半導体メーカーの投資が集中しています。特にGPUや専用チップを搭載したサーバーは、生成AIの成長を支える不可欠な基盤となっています。
また、ユーザーが利用するデバイスも大きく変わろうとしています。2027年には、ほぼすべての高性能PCやスマートフォン、自動車といったプレミアム機器にAIが標準搭載される見込みです。AIは特別な追加機能ではなく、あらゆるデジタル機器の基本要件になりつつあります。
この流れは収益モデルにも影響を与えます。ハードウェア販売に加え、AIを活用した新しいサービス提供が成長源となり、クラウドとデバイスを融合させた戦略が不可欠になるでしょう。
成果志向が生き残りの条件
ガートナーは「機能から成果へ」の転換が不可欠だと強調しています。2026年までに、生成AIプロジェクトのうち望んだ成果を実現できるのは全体の2割に満たないと予測されています。
原因は、多くの取り組みが「何ができるか」ばかりに目を向け、「何を実現するのか」を明確にしていない点にあります。今後は、開発、販売、導入支援のすべてで「顧客にとっての成果」を中心に据えることが必要です。
たとえば金融業ではリスク管理の高度化、製造業ではサプライチェーンの最適化、医療では診断精度の向上など、具体的な成果を示せる企業だけが競争を勝ち抜けるでしょう。
今後の展望
今後のAI市場は、インフラからアプリケーションまで多層的な競争が一層鮮明になります。生成AIは数年以内に標準化し、差別化の軸は「成果の実現力」と「顧客接点の質」にシフトしていくといいます。企業は、技術を導入するのではなく、成果を中心に戦略を練り直さなければ生き残れません。
また、米中欧の大手だけでなく、新興企業やオープンソースコミュニティも台頭しており、競争環境はめまぐるしく変化しています。数年後には主役が入れ替わっている可能性すらあります。
重要なのは、「誰が勝つか」ではなく、「どの企業が自社に必要な成果を提供できるか」を見極めることです。AIベンダー競争は技術の覇権争いではなく、企業の成長戦略そのものに貢献する市場環境へとシフトしていくでしょう。
出典:Gartner 2025.9