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20年以上断続的にこのブログを書き継いできたインフラコモンズ代表の今泉大輔です。NVIDIAのフィジカルAIの世界が日本の上場企業多数に時価総額増大の事業機会を1つだけではなく複数与えることを確信してこの名前にしました。ネタは無限にあります。何卒よろしくお願い申し上げます。

【ランサムウェア事件簿#2】Colonial Pipeline──「支払い」を選んだ企業が学んだこと

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アサヒグループHDのランサムウェア被害が、ランサムウェア犯罪集団Qilinによるものであることが明らかになりました。(2025/10/8)

アサヒさんには大変にお気の毒ですが(以前、仕事で商品開発の方々と交流し、アサヒ本社の一階にあるビアホールで楽しく歓談させていただいたことがあります。)日本の東証プライム上場企業、特に生産設備を持っておりそれをITで管理している業態の企業においては、最近のDXによるシステムの統一化がまさにランサムウェア集団のハッキング脆弱性(単一障害点、Single Point of Failure)になりうることを教えてくれた貴重な事案として、学ぶべき点を学ぶべきです。ほとんどの企業にとって対策はこれからだと思いますが、本ブログでも参考になり得る過去事例などを積極的に共有して行きます。

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2021年5月、米国最大の燃料供給網を運営する Colonial Pipeline(コロニアル・パイプライン) が、
ロシア語圏のサイバー犯罪集団 DarkSide によるランサムウェア攻撃をきました。

その影響は、単なるIT障害では終わりませんでした。
米国東海岸のガソリン供給の45%が停止し、空港の燃料輸送や物流網に混乱が広がり、
アメリカ全土でパニック的な買い占めが発生。
「ランサムウェアが国家機能を止めた最初の事件」として世界を震撼させました。

1. VPNひとつから崩れた、国家インフラの盲点

攻撃の入口は、旧社員のVPNアカウントの漏洩でした。
多要素認証(MFA)が設定されておらず、
DarkSideの攻撃者がパスワードを入手し、社内のActive Directoryに侵入。

侵入後、わずか数時間でサーバ群を横展開し、
バックアップサーバを無効化した上で、制御ネットワークを暗号化。
その瞬間、米国の燃料輸送の中枢が麻痺しました。

2. "支払い決断"の48時間──経営判断と倫理のはざまで

Colonial PipelineのCEO、Joseph Blountは、
攻撃からわずか2日後に「身代金の支払い」を決断します。
支払額は 75ビットコイン(当時約440万ドル)

Blount氏はのちに議会証言でこう述べました。

"I know that's a highly controversial decision. I didn't make it lightly."
「これは議論を呼ぶ決断だと分かっていた。しかし、軽々しく決めたわけではない。」

背景には、燃料供給停止がアメリカ社会全体を麻痺させていたという現実があります。
航空機は給油できず、病院の発電機用燃料が不足し、物流は止まりかけていました。
彼は「国家機能維持」を最優先に、倫理よりもスピードを選んだのです。

3. 支払いの代償──「復旧した」とは言えなかった

支払い後、DarkSideは「復号鍵」を提供しました。
しかし、この鍵は極めて遅く不安定で、復号に使うとシステムがさらに破損する可能性がありました。
最終的に、Colonialは自社のバックアップを用いて手動で復旧せざるを得ませんでした。

つまり、身代金を払っても、実質的には"戻らなかった"のです。

さらに、FBIが調査を進め、わずか数週間後に攻撃者のウォレットを特定。
FBIは身代金の約半分(2.3百万ドル)を回収しましたが、
この事件をきっかけに、DarkSideは米政府の強烈な報復措置を受け、闇に消えました。

4. 米政府の"国家案件化"──サイバー攻撃が安全保障へ

この事件の翌日、バイデン大統領はホワイトハウスで緊急会見を開き、

「サイバー攻撃を国家安全保障上の脅威として扱う」
と宣言しました。

これを契機に、米国では CISA(Cybersecurity and Infrastructure Security Agency) が中心となり、
インフラ事業者へのサイバー防御の国家ガイドラインを策定。

つまり、Colonial Pipeline事件は、
「サイバー防御はもはやITの問題ではなく、国家防衛の一部である」という認識を決定づけたのです。

5. ChatGPT 5時代に生かすべき3つの教訓

この事件の本質は「支払いを選んだこと」そのものではなく、
情報が乏しいまま意思決定を迫られた経営構造にあります。

もし当時、ChatGPT 5 のようなAI分析環境が存在していれば、
経営判断の精度は大きく変わっていたはずです。

教訓①:意思決定前に、類似事例を即時参照せよ

ChatGPT 5は世界中の事例(REvil、DarkSide、BlackCatなど)を横断比較し、
「支払った企業/支払わなかった企業」の結果を確率的に提示できる。

教訓②:復号鍵の成功率を予測せよ

ChatGPT 5は攻撃者グループの技術傾向(ツール・暗号強度・過去の鍵成功率)を参照して、
「支払っても戻らない確率が高い」ことをリアルタイムで示せる。

教訓③:広報・株主対応を"即座に整える"

危機時のプレスリリース・議会報告・株主説明資料を即時に生成。
「経営判断の正当性」を社会に示すスピードが命となる。

6. 「支払う企業」と「支払わない企業」の分岐点

Norsk Hydroが示した「支払わない勇気」に対し、
Colonial Pipelineは「国家を止めないための支払い」を選びました。

どちらも経営としての覚悟の結果ですが、
この事件が教えるのは、支払いとは"解決ではなく延命"にすぎないという現実です。

その後、Colonialは数億ドルのセキュリティ投資を行い、
SOC(セキュリティ監視センター)を常設し、経営直下にCISOを配置しました。
つまり、支払いを通して「二度と同じ選択をしない」文化を築いたのです。

7. 結論:「支払い」はゴールではない。情報が意思決定を変える。

ランサムウェア攻撃は、技術ではなく判断の問題です。
支払うか否か、その決断の背後には、
「どれだけ正確な情報を持っているか」がすべてを左右します。

ChatGPT 5のようなAIが参謀として機能すれば、
経営層は感情や恐怖ではなく、確率と根拠に基づく意思決定ができます。

それこそが、ランサムウェア時代の経営の核心です。

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