AI時代を生き抜く「Sharp & Flexible」な人材とは。教育の原点「Educare」への回帰と、「学び合う社会」再構築への希望(後編)
(前編からの続き)
AIという新たな知性が台頭する中、私たちが目を向けるべきは、かつて富山和彦氏がその重要性を説いた「L(ローカル・現場)の世界」です。
しかし、10年前の提言にあった「職業訓練的なスキルの取得(実学の徹底)」に戻るだけでは、この激動の時代を生き抜くためには不十分かもしれません。これからの時代に求められるのは、現場のリアリティを持ちつつ、AIと共生できる新しい実務家です。
私は議論の叩き台として、「Sharp & Flexible(とがって、しなやかなL型)」という人材像を提案したいと思います。
■1. AI時代の生存戦略「Sharp & Flexible」
目指すべきは、一見矛盾する二つの資質の統合です。
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① Sharp(とがっている=現場の固有性):
これは、AIの学習データにはない「一次情報」の領域です。泥臭い現場での交渉、身体的な技術、地域特有の人間関係の調整。こうした「身体性」や高度な「文脈理解」を伴う経験知は、AIにはまだ模倣できない人間の聖域です。 -
② Flexible(しなやか=変化への適応力):
一方で、頑固なだけの職人では孤立します。AIをライバル視せず、自らの知性を拡張するパートナーとして使いこなす柔軟性。異なる世代や異文化と対話し、自分の専門性を常にアップデートし続ける「知的なしなやかさ」が不可欠です。
■2. 世界標準の教育トレンドとの符合
この「相反するものを統合する力」は、世界的な教育の潮流でもあります。
OECD(経済協力開発機構)が進める教育プロジェクト「OECD Learning Compass 2030(学びの羅針盤)」において、未来に必要な能力として掲げられているのが、まさに「対立やジレンマを克服する力(Reconciling Tensions and Dilemmas)」です。
【参照リンク】 OECD Learning Compass 2030 (OECD公式サイト)
「現場のリアリティ」と「テクノロジーの進化」。この間に生じる緊張関係から目を背けず、しなやかに橋渡しをする。「Sharp & Flexible」な在り方は、世界標準の指針とも合致しているのです。
■3. 「知識の注入」から「可能性の解放」へ
では、どうすればそんな人材が育つのでしょうか?
既存の知識を一方的に教える「バケツ型」の教育では不可能です。
ここで、教育の原点に立ち返る必要があります。教育(Education)の語源は、ラテン語の「Educare(エデュケア)」=「引き出す・導き出す」だと言われています。
古代ギリシャの時代から、教育の本質は変わっていません。
“Education is not the filling of a pail, but the lighting of a fire.”
(教育とは、バケツを知識で満たすことではなく、心に火を灯すことである。)
AIが「知識」を担保してくれる時代だからこそ、人間の教育者の役割は、その人の内側に眠っている可能性や情熱の火を、対話を通じて「引き出す・灯す(Educare)」ことへとシフトしなければなりません。
【問いかけ】
私たちが次の世代に手渡すべきなのは、AIが代替可能な「知識の束」でしょうか?
それとも、正解のない世界で自らの心に火を灯し、他者とつながり生き抜くための「知恵」でしょうか?
■希望:「学歴社会」から「学び社会」への再構築
10年前の「G型・L型論争」は、我々に痛烈な問いを残しました。そして今、AIの登場によって、その問いは全く新しいフェーズに入りました。
これからの教育は、既存の学校の中だけで完結するものではありません。 OECDが描く未来の学びも、学校、地域、企業が連携し、多様なステークホルダーが共に未来を創る(Co-agency)姿です。
現場の修羅場を知り、身体的な「Sharpさ」と、変化に対応してきた「Flexibleさ」を併せ持つ、40代・50代のビジネスパーソンの皆さん。
皆さんが持つその経験知こそが、次の社会を拓くための重要な教育資源であり、若者たちの心に火を灯す種火となります。
私の提唱する「実務家教員」も、一つの選択肢に過ぎません。
重要なのは、私たち大人が、それぞれの現場で、それぞれのやり方で、次の世代の可能性を「引き出す(Educare)」主体となることです。
「学歴社会」から、真の意味での「学び社会」へ。
固定化された序列ではなく、人間がもう一度つながり、共に未来を再構築していくための教育を、この国から始めていきませんか。
私自身も、AI時代の教育の正解を持っていません。だからこそ、現場で葛藤し、知恵を絞っている皆さんの力が必要なのです。
これは、立場や世代を超えて、互いの経験から学び合うための、フラットな連帯への呼びかけです。この難しい時代を共に歩む「仲間」として、知恵を出し合っていきたいです。
学び合う場の可能性を信じて。

「私たちが望む未来(Well-being 2030)」の実現に向け、生徒自身の「主体性(Agency)」と、教師・地域・企業など多様な他者との「協働(Co-agency)」が不可欠であることを示した概念図です。
(※引用注記:本図版は、OECD(経済協力開発機構)が策定した “OECD Learning Compass 2030” の概念図に基づき、文部科学省が作成・公開した以下の資料より引用したものです。)
・出典・参照元:文部科学省資料「OECDラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030」(令和5年1月)p.7