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2008年12月5日 » |
現職に就いて、それなりの管理職を毎年こなしてきて気がついたのですが、不思議なことに「会議資料準備」を指示することが最近はほとんどありません。
いつも出席する人は(社内の話です)、必要な資料を自分の判断で作成して、準備して会議に臨んできます。
そういえばVPになってから、必要な会議資料を予告、指示・依頼されて準備したというためしがありませんね。
なんとなくというか、「大体こういう資料必要だよなあ」と思う資料を勝手にというか、自分で考えて準備します。
私だけではありません。周囲のメンバーも、結構同様に自発的準備をします。作法として定着しつつあるなあ。さすがに特定プロジェクトの大事なイベントではミーティング資料について準備の「指示」がプロジェクトマネジャーとかから出ますから、そういうときも時々はあるけど、・・・大体うちのメンバーは「誰かに言われたわけでもなく、自発的に必要な資料を考えて、必要数準備する」習慣が定着しつつあります。
いいことだと思います。こういう考え方、躾の仕方というか作法について、今後いろんな現場で奨励していきたいなあ。
別に弊害ではないのですが、このような習慣のもとでは次のような事象に遭遇もします。
1.会議資料が足りない。出席者予測が甘くて全員に配布できない。
2.資料の内容が充足していない。詰めが甘いので議論ができない(→早期散会)。
3.準備したけど配布せず(使わず)に終わる。話題の展開が予想と異なったため。
3番目は無駄と言えば無駄ですが、悪いことではないので、まあ前の2つ、特に2番目が問題ではあります。召集されて参加した人は議論にならないから「集まった意味ないじゃん」って感じになり・・・
かといって、いちいち会議資料を通達して準備してもらうよりは、「各自が考えて臨む」わけですから良い習慣には違いありません。
これからも、少しづつですが、このような「詳細を予告せずに各自が考えて必要と思われる資料を持ち寄る」会議体運営を、工夫していこうと思います。
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