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途中から観て、実況が今終わった。楽しかった。
途中で、いろんな楽器が次々演奏する曲があり、ひとつの楽器が終わると指揮者がオモチャ箱からプレゼントを演奏者にあげていた。コントラバス奏者には象のぬいぐるみ、ピッコロには蝿たたきとか。最後に第一ヴァイオリンが料理用のヘラ(?)とシェフの帽子を指揮者にあげて、それで指揮をする。こういう遊びが、またこのコンサートの人気だし、音楽を楽しむ雰囲気を伝えてくれる。
TVの前で体を揺らしながら、楽しめた。体の中を音楽が通る。体が音楽を伝え、奏でる媒体なのだ。ほんとに最近そう思うんだけど、僕はときに自分の体に音楽があることを、ほんとにありがたいなと思う。こういう幸福を与えてくれた両親にも感謝する。
体が媒体になる芸術、娯楽。音は、そのさいたるもののひとつだ。そういう感じを受けないものや、人を、僕は音楽として受け取れない。たまに、クラシックでもポップスでも歌手でも、そう感じるものってあるんだよね。ほとんど我慢ならない苛立ちを感じてしまう。
別に選んだわけではないけど、子供の頃から、自然と音楽が体に染み込んでいた。いまだに、クラシックの曲名や音楽家は知らないけど、聴けば、自分にとって楽しいものか、感動するものかは、わかる。僕は楽器もできないし、カラオケ歌うだけだけど、音楽が好きです。
偶然、いつも録画している時間帯のNHK-Eテレに「舞楽」というのが録画されてあって、一体何だろうと思って観てみた。舞楽は、雅楽を奏して舞うもので、古代から日本列島に伝わり、中国の当時の伝統を継いでいるものだと思う。演題は「還城楽(げんじょうらく)」。
「還城楽」は、唐の玄宗が反乱を鎮圧して都に帰ったときに作ったと伝えられ、また西域の人が好物の蛇を見つけて飛び上がって喜ぶところを舞うともいわれるらしい。宮内庁楽部というから、日本でも最高峰の人たちによるものだろう。
仮面ライダーの怪人みたいな面をつけた真っ赤な人物が出てきて舞うのだが、これがなんとも中国武術を連想させる動きをする。歩の使い方、馬歩のようなしゃがみ方(背筋はまっすぐに深く腰をおろす)、同側の動き、太極拳のような足先のあげ方など、興味深いものだった。
じつは、舞楽は何度か観ている。しかし、過去に観たときは、どちらかといえば退屈で、何がいいんだかわからなかった。体のことがわかってきてから、こうした動きがいかなる修練で成り立つかもわかり始め、それで興味を持ってみられたのだと思う。ただ、あの巨大な火炎太鼓の音は、実際に聴くととんでもない破壊力で、魔を払うがごとき音圧である。これだけはTVでは感じられない。
おそらく中国本土では失われた類の技芸だろうと思うが、そう思うと、この列島には不思議なものが残っている。
追伸
同じ時間帯の録画に「らららクラシック」というのがあって、昨年のクラシックをダイジェストで見せていた。中にバレエの「海賊」があって、ロシアの男女ダンサーが踊っていたが、いやあ、さすがに凄いです。女性は回転、男性は回転と跳躍。とくにえんえんとくるくる回る女性のフェッテは、もう感嘆という言葉以外にない。これが現在の形で成立するのは19世紀後半、クラシック・バレエ成立後だというが、それにしても舞楽やある種の中国武術、あるいは古武道などの体との、何というイメージの違いだろうか。
今年もよろしくお願いします。
みなさま、よい年でありますように。
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