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夏目房之介の「で?」

夏目ゼミ初回「ものの考え方」

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今回は、学部生も参加できる形式の批評研究ゼミで、「ものの考え方」と題してレクチャーをしました。以下、そのレジュメです。

2013年夏目ゼミ3限 批評研究 4月17日 第二回 メモ「ものの考え方」  夏目房之介 

①「好き」なだけでは批評研究にはならない 

「好き」の感情を棚に置き、相対化する必要がある。
★「好き」な作家、作品を評価するためには、相対的な視点が必要 → 他の作家や影響関係など
手塚の「好き」な作品を評価するとき、先行するマンガ作品、同時代の作品の他、宝塚文化、日本のモダニズム、ディズニーなど「漫画映画」、手塚を育て影響した映画や小説など、無数のファクターがある。
★「マンガ」作品の内部だけ、特定のメディアだけでは「相対化」できない → 常に「外」に出ること
★「やりたいこと」と「できること」の違いを常に考えたい
 「やりたいこと」→知見の拡大→迷い→「やりたいこと」
             ↓↑    ↓↑ この往還の繰り返しで対象を具体化する
              「できること」

②「論文」構成の考え方

A「私は好き、感動した」→「だから」→「この作家・作品は凄い」
 この論理では、主観的な因果関係しか提示できず、論理的な因果関係も単線的で、「検証」にならない。

B「これこれの人々が評価している」→「だから」→「この作家・作品は評価されている」
 私的な評価ではなく、他人の評価を複数挙げたことで、客観性は増したが(先行研究の調査)、これもまだ単線的で、一定の論者や読者によって「評価」されているという以上のことはいえない。さらに、その「評価」を、自分の評価と照らし合わせ、その妥当性や質を問う必要が生じる(批判検討)。

C「評価」とは何か? 何をもって「評価」するのか? 「評価」はどんな研究成果をもたらすのか?
 自分の論による「評価」の質を問い、それがどんな問題系を示し、研究成果にむすびつくのかを提示する必要がさらに生じる。※基礎的な資料体の整備も研究論文たりうるが、そこでも成果の検証と説明は必要。
 例:マンガの表現革新をもたらした、あらたなジャンルを創始した、時代の転換を象徴した、など

★これらの検証のためには、ある作家・作品の成立を支える文脈を多角的に検討し、成立要因を整理して提示する必要がある。さらに、それら要因の相互関係を検証し、何が「問題」となるのかを提示する。
  例:作家・作品が流通する媒体や市場の問題、読者の受容の問題、時代思想や背景の問題など。
★論理展開の因果関係を複数化し、その上で必要な因果項を求めて、仮説を論証する。この場合、自らその仮説に反論し、その反論を検討、批判した上で、自説の妥当性を証明する必要がある。

③「論文」や研究の「言葉」

 論文や研究で使う言葉は、日常会話的な言葉とは質が異なる。より抽象化され、ニュートラルな「言葉」として、いわば数学の記号のように使って抽象論理を構成(方程式の作成)する方向に近づく必要がある。
 例:「論理」と「リクツ」 世間の会話でまといついたニュアンスや感情を排した言葉のもたらす意味

★「机」は、物質的対象を指示する語であり、その周辺に機能や特定の空間を含意として持っているが、個人的経験に基づく一定の感情と常に関係を持つわけではない。また「机」や「desk」が同じ対象を示すとしても、その書字や音自体に「意味」の必然性を持っているわけではない。
しかし、人間は通常そのようなことを思って生活はしておらず、様々な語に様々なニュアンスや感情を(多くは文脈によって)含意させて使っている。この事態は「意味」「論理」といった抽象語でも同様で、そのことを自覚して、あらためて語を定義し、論理構成(方程式)のための機能単位として使える訓練を必要とする。
★こうした抽象化過程で、人は物事を相対化する。

④相対化の考え方

①内と外 ものを考えるとは、対象を絞ること=対象の「内」を見ている →必然的に何かを「外」にしている
 「考える」=「内」と「外」の区別 では何が「内」で、何が「外」か? そして何が「境」か?
 例:「マンガ」という領域の「内」と「外」、「境界」

★人の自然な認識過程であるが、これを意識的に行うことで、自らの認識のしくみを論理化できる。ある問題を対象化するとき、必ずそこに「外」や「境界」の領域が想定されているので、これらとの関係を常に考えていくことが必要。「マンガ」や「作品」だけを純粋に考えていっても、必ず壁に当たる(相対化できない)。
★その上で、何を選び、何を棚に上げて置くかを考える 範疇の借定(そてい)と定義の仮設

②時間と空間 人はものを考える(認識する)時、つねに「時間」と「空間」を使う
 マンガのコマは「止まった」空間だが、コマの連続は「時間」となる
 対象の相対化を「空間」的に行うのは「しくみ」を考えること、「時間」的に考えるのは「歴史」
 例 空間:時間 ≒ 家:生活 物質:観念 構造:機能 

★一般に「空間」は目に見えるが、「時間」は目に見えないように感じる 例:教室と授業時間 
 本当に「時間」は見えないか? →時計 「時間」の流れを抽象化して「空間」化したもの
すなわち「時間」は「空間」化する 「空間」は様々な様態で「時間」化する 例・音楽、文章、建築
★ものを考える時、そこに「しくみ」を見出し、その変化を歴史的に検証すること
★人は、常に対照的な項目を分けて、比較することで思考する。

対象に距離を取ること(相対化)が必要で、そのためにたとえば海外からの視点(空間的な距離)、歴史的な観点(時間的な距離)を取って検証することになる。また、これらは一定の条件で互換性を持つ。
 例:現在のマンガ表現は、歴史的に近代出版と流通インフラの上に成り立っており、それは一定の消費大衆の市場を前提にしている。こうした複製文化の日本での特殊性は、海外との比較で検討することが可能だが、同時に各地域の歴史的形成過程を検証する必要を生じる。日本マンガと雑誌文化及びTV、アメコミとパルプマガジン及びバッシング、中国の連環画と貸本業及び日本マンガ進出、など。

④日常の実践
これらの課題を実践するとき、取材調査し、整理し文章化する、という個人的な研鑚だけではなかなか身につかない。なぜなら、そこに他人がいないから。同時に、常に他人と対話し、その対話自体を対象化する努力が必要。相手とのコミュニケーションの中で自らのポジションを認識することは、すなわち相対化、対象化である。ボケとツッコミ、受けと攻めにも、本質的には同様の対照化と相対化の効果がある。それを論理的な枠組みで行うように日常的に実践したい。

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