アップル、グーグル、アマゾン、マイクロソフトのデバイス・エコシステム戦争
時代の流れは、「ポストPC時代」のとなり、モバイル+クラウド、そしてソーシャルが加わる大きな流れが出てきています。グーグルやアップル、アマゾン、そして、マイクロソフトなどのIT大手各社は、それぞれがクラウドからデバイスまでをカバーし、サードパーティーをどれだけ囲い込むかという「エコシステム間の覇権争い」となっています。
このエコシステム間の競争は、グーグルやアップル、アマゾン、そして、マイクロソフトなどの「規模の経済性(スケールメリット)」のメリットを享受できるプレーヤーである「エコシステム・リーダー」たちの覇権争いとなり、このエコシステム間競争という大戦に、いかに、関係各社が参戦し商機と勝機を手にし、領土を拡大できるかというのが、大きなテーマとなっています。
エコシステム・リーダーは、自社のそれぞれの収益源の牙城を守りつつ、新たな事業への参入をすることで、競合するエコシステム・リーダーに直接インパクトを与えるといった試みをしかけるなど、各エコシステムの生き残りと事業領域の拡大に向けて、エコシステム間のパワーバランスの変化も起こってくるでしょう。
ピボット戦略を進めるグーグルのエコシステム
グーグルは、検索エンジンの事業を柱に、地図やメールサービス、SNSのGoogle+(グーグルプラス)などのサービスの多くをインターネット利用者に無償で提供しています。これらのサービスを通じてのネット広告収入が主な収益源となっています。
グーグルが2012年4月14日に発表した第1四半期(1~3月期)決算によると、2けた台の増収増益で、売上高は4半期ベースで過去最高となっており、特に、主力のネット広告が好調となっています。グーグルの直営サイトを通じた収入が売上高の69%を占め、AdSenseプログラムを通じたパートナー経由の収入は28%と、ネット広告収入が97%を占めており、クラウドサービスのGoogle AppsやAndroid OSなどを含む、その他の事業による収入はわずか3%となっています。
グーグルのビジネスモデルは、PC向けのモデルが主軸で、今後のPCの販売台数の鈍化によるPCの相対的な影響力が低下すると、グーグルの検索エンジンの事業モデルは大きく後退し、広告収入にも大きくマイナス影響を及ぼすこととなります。グーグルにとって、「ポストPC時代」に向けての広告の収益モデルを再構築することが事業の戦略上重要となっています。
そのため、グーグルは、大量の開発費をつぎ込んだAndroid OS を無償で配布することで、スマートフォン分野でのAndroid OSの市場シェアを拡大させ、AndroidのオープンOSプラットフォームを横断的に構築し、広告配信や多様なコンテンツを提供可能とするエコシステムの形成を急いでいます。
グーグルのAndroid OSの提供において収益源となるのが、オープンな仕様で展開するアプリストアの「Google Play」です。「Google Play」を通じてユーザーがアプリやコンテンツを購入することで、グーグルに手数料が入る仕組みとなっています。「Google Play」は、アップルの「App Store」と比べてオープンな仕様となっており、NTTドコモなどの携帯通信事業者は、Android搭載のスマートフォンやタブレットにおいて、通信事業者が提供する料金課金や回収代行を利用することも可能となっています。
グーグルのAndroid OSを軸としたエコシステムの展開は、幹部の発言からも読み取れます。当時CEOのEric Schmidt氏は2011年2月15日、スペイン・バルセロナで開催された「Mobile World Congress 2011」で、モバイルOSにおいて、Android OSがシェアを伸ばしている勝因について、『重要なのは、この成長は携帯電話機やプラットフォームそのものではなく、エコシステムが大事だということ』と発言し、エコシステムの展開力が勝因であると述べています。
さらに、Eric Schmidt氏は会長になった2012年のMobile World Congress 2011」においても、『今年はAndroidのエコシステムを拡大する戦略だ』と発言するなど、エコシステムの重要性を強調し、Android OSを核としたエコシステムの拡大を図っています。
グーグルがAndroid OSを核としたビジネスで成功している主な理由は、グーグル自体はスマートフォンビジネスから距離を置き、グーグルが提供するAndroid OSを採用するパートナーを通じてエコシステムの土台を作り、複数のメーカー、ソフトウエア・ベンダー、通信事業者が、それぞれの付加価値を生み出すことで水平分業型の「Android エコシステム」を形成することに成功したためです。Android OSを核とした「Google Play」のモデルは、広告依存のビジネスモデルから新たな収益を生み出し、グーグルの主力サービスになりつつあります。
しかし、Android OSのシェアは50%を超えて規模の経済で有利となっているのにも関わらず、iOSと比べて、アプリ数や利益率が低い状況となっています。モバイルアプリの調査などを手がけているFlurry社がiOS と Android OSのエコシステムを比較したレポートによると、デベロッパーが開発するアプリ数の比率はiOSとAndroidで2対1となっており、開発者の収入はiOSの1ドルに対してAndroidは24セントとなっています。
アプリ数や利益率が低い理由には、顧客基盤の脆弱性と、デバイスやAndroid OSへのガバナンスの遅れがあげられます。
顧客においては、アップルは10年以上前からiTunesを通じて2億5000万人を超えるクレジットカードで支払い可能な顧客基盤を持っています。一方、グーグルはこれまで無料サービスで提供してきたため、お金を支払う顧客基盤が脆弱であるため、支払いシステムなど改善など、ユーザーの課金を誘導する仕組みをつくり、有料コンテンツを購入する顧客獲得とアプリコンテンツの充実による全体の収益性の向上を図る必要があります。
デバイスやAndroid OSへのガバナンスの遅れについては、Android OSは、多くのメーカーがAndroid OSのデバイスを製造しており、Android OS のバージョンは2.XからOS 4.Xまで多岐に渡り、各々バグを発見し修正をするデバック作業に多くの稼動とコストがかかってしまうためです。開発者側もそれぞれのデバイスやOSのバージョン対応したアプリを開発する必要があるため、開発効率が悪くなってしまいます。このような状況では、グーグル自体が個々のデバイスの品質管理を行うことは困難であり、グーグルが主導するデバイスとAndroid OSとののパッケージ化による品質向上が求められています。
そのグーグルは、2012年6月27日、米サンフランシスコで開いた開発者会議で、自社ブランドタブレット端末でAndroid 4.1を搭載した「Google Nexus 7(ネクサス7)」を発表しました。これまでの水平分業型の「Android エコシステム」からデバイスを含む垂直統合型を視野にいれたピボット(Pivot:方向転換)戦略の動きといえるでしょう。
グーグルのAndroidのパートナーエンジニアリング担当ディレクターを務めるPatrick Brady氏は、Nexus 7の発売について、『Nexusデバイスは、開発者がGoogleのプラットフォームやエコシステムで革新的なことを行うために使える、まさに基準となるデバイスです。』と発言し、自社ブランドによるAndroid OSとのパッケージ化されたOSもハードウェアも最新スペックのグーグル基準のデバイスを提供することで、開発者が魅力的なコンテンツやサービスを開発できる環境づくりを進めています。
グーグルのNexus 7の販売は、Motorola Mobilityの買収の際にエリック・シュミット会長が『ハードウェア・ビジネスが本質的な収益を上げる』と発言しているように、ハードウェアの販売でも稼げる総合的なプラットフォーム企業への変革というピボット戦略の動きが進んでいると考えることができるでしょう。
グーグルのNexus 7の投入によるハードウェア事業への参入は、検索事業を中心とした広告収入の領域を守りつつ、アップルの収益の柱であるiPhoneやiPadのデバイスの領域に正面から衝突ことになり、アップルにとっては、今後のデバイスの売上に大きなダメージとなり、同じ7インチのアマゾンのKindle FireやサムスンのGalaxy Tabにも脅威となるでしょう。
そして、グーグルの広告収入に依存しないピボット戦略の動きは、グーグルの中長期的な事業展開と持続的な成長を占う上でも重要な位置づけとなるとともに、クラウド・エコシステム間競争をさらに加速させるものとなるでしょう。
デバイスとサービスとの一体化で強みを発揮するアップルのエコシステム
アップルは、パソコンのマックOSとハードウェアのメーカーとして、事業を開始しました。その後、携帯型デジタル音楽プレーヤーの「iPod」と音楽・動画配信サービスの「iTunes」を始め、自社のプラットフォームを通じて、ユーザーは音楽コンテンツを楽しめるようになりました。iPhoneやiPadの爆発的な普及とともに、音楽コンテンツだけでなく、アプリストアの「App Store」を通じて、多くのアプリやコンテンツが配信されるようになり、その結果、株式時価総額が1位となるなど企業価値を高めています。
アップルの現在の主な収益源は、iPhoneやiPadのデバイスの販売となっており、これらのデバイスの魅力を高め、iTunes、App Storeといったプラットフォームを通じて様々なアプリやコンテンツを提供するとともに、多くの開発者や企業群をエコシステムの中に取り込み、アップル帝国の経済圏を形成しています。
アップルは、デバイスからApp Storeのアプリマーケットまで連携性を強めパッケージ化することで質の高い商品を提供しているため、Android OSと比べてアプリ数も多く、開発の一つあたりの収益性も高くなっています。また、対象コンテンツの範囲を電子書籍配信のiBooksなどに広げることで、iPhoneやiPadを使うユーザー一人あたりの収益をあげ、事業全体の収益性の向上を図っています。
さらに、アップルは、他の「エコシステム・リーダー」に依存しないエコシステムの形成を進めています。アップルの「iOS 6」では、Google Mapsを採用せず、「Siri」の検索機能と連動した自前の地図技術とサードパーティーの機能などを取り込んだ地図アプリを提供しています。
ティム・クックCEOが、開発者向け会議「WWDC」で、『アップルだけがこのような驚くべきハード、ソフト、サービスを作ることができる』と述べているように、アップルの強みは、デバイスの魅力とそれにつながる、ソフト、サービス、を一体的に提供し、かつ熱狂的な多くのサードパーティーを取り込めていることです。
11月2日に、iPad miniを始めとした新たな商品が投入されます。このアップルの高い品質と収益性の高い巨大なエコシステムに、他の「エコシステム・リーダー」がどのように対抗軸を示していくのかが、今後のエコシステムの行方を占う上でも重要となってくるでしょう。
Kindle Fireが鍵を握るアマゾンのエコシステム
アマゾンの主力事業は、書籍に代表される電子商取引(EC)、電子書籍、クラウドサービスが主力サービスであり、これらのサービスを提供するプラットフォーム事業に注力しています。アマゾンは、電子商取引の収益を核にレイヤー枠を超えたエコシステムの構築を図り事業展開を進めています。
アマゾンは、「地球上で最も豊富な品揃え」「地球上で最もお客様を大切にする企業であること」をビジョンとし、オンラインで求められるものを探し、発見でき、購入できる場を創造しています。
アマゾンは、世界一の品揃えを起点とする、低コスト構造での低価格で提供し、顧客が購入する顧客体験を向上させ、品揃えを充実し、さらに低価格で提供するといったように、ポジティブ・スパラルの構図を描いています。日本におけるアマゾンのECサイト(Amazon.co.jp)へのユニークユーザは、約4,800万人でネットユーザの約65%が来店するなど、幅広い層のリピート顧客を抱えることで持続的な成長を支えています。
アマゾンにおける電子書籍のモデルは、電子書籍が読めるKindleという位置づけだけではなく、多彩な電子書籍コンテンツを持つプラットフォームと一体となって提供されており、そこに集まるコンテンツ事業者のエコシステムにより、競争優位にたっているといえます。
アマゾンの大きな転換期となったのは、2011年11月14日に販売開始した7インチのタブレット端末のKindle Fire(キンドル・ファイア)です。タブレット市場で圧倒的な人気を誇るアップルの「iPad(アイパッド)」の4割以下の199ドル(約1万5,000円)で価格設定をすることで市場に価格破壊をもたらし、市場に衝撃を与えました。
米調査会社IHS iSuppliが2011年12月2日に発表した「世界における第4四半期(10~12月期)のタブレット市場に関する予測」によると、同四半期のタブレット出荷台数ランキングでは、iPadが1,859万8,000台の出荷で圧倒的な首位(シェアは65.6%)ですが、わずか2週間にKindle Fireが出荷台数390万台を販売し、シェア13.8%で2位に躍り出ています。
アマゾンの発表によると、2011年の12月25日 のクリスマスには、1日当たりのKindle書籍ダウンロード数が過去最高を記録し、電子書籍の販売数は順調に数値を伸ばしています。
アマゾンのKindle Fireの199ドルの価格での投入は原価割れで売れれば売れるほど利益はマイナスになると想定されており、Kindleの拡販による利益率も低下傾向も指摘されています。アマゾンは、低価格の端末を投入することで、電子書籍の利用だけでなく、アマゾンの膨大な商品を扱うECサイトへの入り口を増やし、ユーザーの囲い込みを図ることで、コンテンツで収益を得るモデルを創り、全体の収益増大を図っています。
Kindle Fireは、発売当初は米国のみの提供となっていましたが、アマゾンが提供するアプリストア「Amazon Appstore」のグローバル展開する計画を立てており、Kindle Fireがグローバルブランドとして広く提供されるようになれば、タブレット市場においても大きなインパクトをもたらすことになるでしょう。日本でのKindleの販売も発表しており、日本国内におけるタブレット市場の構造も大きく変えていく可能性があるでしょう。
Windows 8 の投入で勢いをつけるマイクロソフトのエコシステム
マイクロソフトは2012年6月18日、Windows8 OSをベースとして自社製タブレット端末「Surface」を発表しました。「Surface」は、iPadやAndroidタブレットに対抗する戦略製品であり、ポストPCへ向けたマイクロソフトの重要な戦略的な取り組みとなります。
「Surface」を自社ハードウェアとして販売する決断を下したことは、ソフトウェアを主事業としてきたマイクロソフトにとっては大きな戦略変更となり、業界に大きな衝撃を与えました。
マイクロソフトが、ハードウェア事業に参入した背景には、タブレット市場においては、アップルとグーグルのAndroidの独占状態で、Microsoftはこの分野で大きく出遅れていたのがあります。Strategy AnalyticsのタブレットOSシェアによると、2011第4四半期のトップはアップルの iOSで57.6%、グーグルのAndroidが39.1%と、2社で97%とほぼすべてを占める状況となっています。
スティーブ・バルマーCEOはSurface発表の席で、『ハードウェアとソフトウェアを一緒に開発することが重要(中略)ソフトウェアの可能性を活用し、パートナーが構想できないような部分を追求するために、以前から、われわれ自身がハードウェアに拡大する可能性があった』と発言し、Windows 8の発売を機に、自社自らがハードウェアとの一体モデルを提供することで、製品の魅力と完成度を高め、市場の巻き返しを図ろうとする狙いが読み取れます。
さらにバルマー氏は、『Surfaceは、タブレットではなくPCだ。PCの新しいフォームファクタをSurfaceにおいてMicrosoftが提供する』と発言していることから、マイクロソフトのピボット戦略には、これまでのPCを中心とした自社のWindowsエコシステムのノウハウをベースに、「Surface」を投入することで、自社を中心とした強力なエコシステムを再構築しようとする狙いがあると見られます。
このエコシステムの再構築には、長年Windows PCを製造してきたOEMとの関係が、提携から競合へと関係が変わる可能性があります。こういった状況にも関わらず、B2Bタブレットという未開拓の分野に攻勢をかけ、PC分野へのすそ野を広げる戦略を展開するのは、クラウド・エコシステムを展開する上でのデバイス戦略が欠かせないアプローチとなるからです。
そして、「Surface」にはWindows8のOSを搭載し、Windows8に搭載されるMetroアプリとWindows Azureを幅広く連携することや、Windows Storeを利用してコンテンツ、ソーシャル、ゲーミング分野での開発者を支援していく計画も立てています。Windows Storeが、アップルのApple StoreやグーグルのGoogle Playのようにアプリストアを軸としたエコシステムを構築し、さらにエンタープライズの領域まで拡充することができれば、マイクロソフトがPCの領域で培ったノウハウを生かし、巨大なエコシステムを構築していくことができるでしょう。
Windows Phoneは第三のエコシステムになるか
マイクロソフトは2012年6月20日、サンフランシスコで「Windows Phone Summit」を開催し、「Windows Phone 8」を発表しました。Windows Phone 8の特徴は、Windows 8とのコアの共有、マルチCPU対応、マルチタスクの強化、NFCサポートなど、iOSやAndroidに対抗するのに十分な機能を備えています。中でもWindows 8とコアを共有することにより、クロスプラットフォームのアプリケーション開発が可能となり、C/C++、HTML5への対応も進めており、開発者にとっては大きな魅力となります。
「Windows Phone 8」にとって大きな課題は、アプリ数です。Windows Phone Summitでは、アプリストア「Windows Phone Marketplace」が10万を超えたことを発表しましたが、iOSの60万などと比べると、大きな遅れをとっています。
しかし、Flurry Analytics など、いくつかの調査結果では、Windows Phoneへの開発者の関心が高まっているという結果が出ており、Windows Phone 8とWindows 8の発売による相乗効果により、一気にアプリ数を増加させ、iOSとAndroid OSに次ぐ第三のエコシステムの地位を確保し、上位2強をしっかりと追いかけることになるでしょう。
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担当キュレーター「わんとぴ」
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