現実味を帯びつつある「アンビエントIoT」
センサーを張り巡らせてこそ得られるリアルタイムデータは、サプライチェーンの効率化からスマートビルの省エネ運用まで、企業価値を左右する資産になりました。しかし大量設置を阻んできたのが「電池交換」という運用コストです。
近年、光・熱・振動・電波を電力に変えるエネルギー・ハーベスティングと低消費電力半導体の進化が重なり、電池レスでも稼働し続けるアンビエントIoTが一気に現実味を帯びています。ABI Researchは2030年に11億台のアンビエントIoT機器が出荷されると予測し、市場拡大の起爆剤になると指摘します。
今回はABI Researchが2025年4月24日に発表したプレスリリースをもとに、アンビエントIoTの仕組み、市場機会、課題、そして今後の展望を取り上げたいと思います。
Emerging Ecosystem of Energy Harvesting Drives 1.1 Billion Ambient IoT Device Shipments in 2030
なぜ今アンビエントIoTか
IoT導入が進むほど、電池交換や配線の手間は指数関数的に増えます。倉庫内の在庫タグや商業施設のデジタル棚札のように、数十万台規模でセンサーを張り巡らせる現場では、交換工数と電池廃棄コストがROIを圧迫してきました。
アンビエントIoTは周囲のマイクロエネルギーを利用するため、設置後のメンテナンスを大幅に削減できます。電池資材の調達リスクやリチウム価格の変動を回避できる点も経営観点で大きな魅力です。さらに廃電池が出ないことはESG評価向上に直結し、投資家や取引先のサステナビリティ要件を満たす手段としても注目が集まっています。
技術基盤:発電デバイスと電力管理IC
アンビエントIoTを可能にする二つの技術が急成長しています。その一つが発電デバイスです。WiliotやExegerは照度数百ルクスの屋内光でも発電する極薄PVセルを量産化し、PowercastやOssiaは数メートル離れたRF信号を電力へ変換する「パワー・アット・ア・ディスタンス」を実用段階に引き上げました。
2つ目は電力管理IC(PMIC)の進化です。e-peasが開発するチップは光や電波、振動、温度差といった複数入力を自動選択し、ナノワット単位の電力も漏らさず蓄電することができます。
この"エネルギー・アグノスティック"設計により、デバイスメーカーはアプリケーションに応じて最適な電力源を組み合わせるだけで、電池レス製品をスピーディーに開発できる環境が整いつつあります。
アンビエントIoTの市場予測と主要ユースケース
ABI Researchによると、2030年のアンビエントIoT機器の内訳は光発電57%、RF給電36%、振動4%、熱電3%です。屋内物流では天井灯を利用するPVセル付きタグが主流となり、温度監視が厳しいコールドチェーンでも電池レスで数秒間隔のデータ送信が実証されています。
製造ラインや建設現場では、RFアンテナがセンサー群に電力を送る方式が採用され、稼働率監視や安全管理のリアルタイム化が進行中です。振動や温度差を利用する方式は、回転機器や地下パイプラインなど点検が困難な場所の監視で効果を発揮します。用途に応じて複数方式を組み合わせる"ハイブリッド設計"が常識となりつつあり、世界各地でPoCが加速しています。
導入コストと標準化の壁
「電池交換ゼロ」による保守費削減は魅力ですが、発電モジュールとPMICの初期投資をどう償却するかが導入判断の焦点です。こうした課題に対応するため、インテルやクアルコム、ウィリオットらが結成したAmbient IoT Allianceは、通信規格団体と協力し、TCOモデルの標準化や相互接続試験を進めています。
また、無線周波数利用の規制や環境条件による発電効率のばらつきなど、運用面での検証項目も多岐にわたります。日本企業にとっては、国際標準策定に関与して仕様に自社技術を織り込む"ルール形成戦略"が、市場シェア拡大への近道となるのかもしれません。
今後の展望
2030年以降、アンビエントIoTは「貼るだけでつながるデジタル神経網」として社会インフラに組み込まれる可能性が期待されています。物流のリアルタイム可視化にとどまらず、スマートビルの省エネ制御、農業の作物モニタリング、医療用ウェアラブルまで応用領域は広がっていくでしょう。