XRプラットフォーム戦争――AIによる"第2のスマホ革命"
AppleのVision Proが「Apple Intelligence」で進化し、GoogleはSamsungと共同でAndroid XRを立ち上げ、MetaはRay-Ban Smart Glassesの販売を拡大しています。
ハードウェアの華やかさが注目されがちですが、真の競争軸はOS、アプリストア、開発者コミュニティなどを束ねるプラットフォームに移りつつあります。AIが音声認識や空間把握を高精度化し、画面を持たない「AIグラス」という新カテゴリまで生み出したいま、XR市場は再び加速段階に入りました。
今回はABI Researchが2025年4月17日に発表した「Platforms Poised to Become an XR Battleground and Opportunity as New AI-First Devices Spur the Market」の資料もとにXRプラットフォームの背景や課題、今後の展望などについて、取り上げたいと思います。
XR成長を牽引する"三つの追い風"
過去10年でXRは何度も停滞を経験しましたが、いま再成長を支える追い風が重なっています。まず主要プレイヤーが定着し、Apple、Meta、Googleが開発者やサプライチェーンを巻き込みながら製品サイクルを短縮しています。
そして、「AIファースト」の思想が普及し、自然言語と視線入力を組み合わせた直感操作が現実味を帯びました。第三に企業側の導入障壁が低下した点です。コストダウンとソフトウェア改善が進み、リモート支援、設計レビュー、トレーニングなど具体的な投資対効果が示されるようになりました。
ABI Researchは2030年までにXRデバイス出荷台数が8,000万台を超えると予測しています。これらの要因が重なり、市場は"実験"から"規模拡大"の段階へ入りつつあります。
AIグラスが示す「ノーディスプレイ」の可能性
Ray-Ban Smart Glassesの登場は、視覚ディスプレイを持たないAIグラスという新領域が有望であることを示しています。マイクとスピーカー、カメラ、クラウドAIを組み合わせることで、翻訳、検索、ナビゲーションがシームレスに実現し、重量とバッテリーの制約を大幅に緩和できます。
ABI ResearchはAIグラスの年間出荷が2030年まで48%のCAGRで成長すると見込んでいます。AppleもVision Pro向けに音声生成や画像合成を統合した「Apple Intelligence」を4月に提供開始し、デバイス間の役割分担を再構築しています。
実際、日本でのVision Pro販売地域拡大が2024年6月から始まり、ユーザー基盤が急速に広がりつつあります。
プラットフォーム競争の新たな構図
プラットフォーム戦略では「端末+OS+ストア+クラウド+開発者」という総合力が問われます。MetaはQuest向けに自社ストアを強化しつつ、Ray-BanではAndroidとiOS双方と連携する"クロスプラットフォーム"を志向しています。
AppleはVision Pro専用のvisionOSで垂直統合を推し進め、独自チップと空間コンピューティング体験で差別化を図ります。一方、GoogleはAndroid XRを公開し、Samsung・Qualcommと連携して2025年後半にヘッドセットを投入予定です。
これにより、スマートフォン市場で確立したエコシステムをXRへ水平展開する動きが本格化しています。国内企業にとっては、部品供給やエンタープライズ向けアプリで参入余地が広がると同時に、海外勢の囲い込み戦略にどう対抗するかが課題になります。
オープン性と中立性が生む協調と分断
XRではハードウェアとソフトウェアの密結合が没入感を高める一方、プラットフォームが閉じてしまうと開発コストが跳ね上がり、市場全体の成長を鈍らせる可能性があります。
ABI Researchは「オープンな関係性」が長期的なスケールに不可欠と指摘し、AIアクセラレーターや空間マッピングなど基盤技術を共通化すべきだと提言しています。
GoogleはAndroid XRでオープンソースを掲げ、AppleはAPIの段階的開放で開発者の裾野拡大を狙います。ビジネスモデルもサブスクリプションとマーケットプレイス手数料の複合型が主流となり、単体ハード売り切り型は収益性が低下します。XRはスマホ以上に"協調と競争"のバランスが問われる市場へ変貌しつつあります。
今後の展望
2030年に向け、XRは「AIネイティブな空間コンピューティング」として生活と産業の両面で浸透することが想定されます。消費者向けではスポーツ観戦やライブコマースが5G/6Gと連動し、リアルタイム生成コンテンツで新しい体験価値を提供していくことも期待されます。
企業向けでは設計・保守・医療分野でデータ連携が深化し、XRが"業務OS"となる可能性があります。一方、プラットフォームの寡占が進めば手数料やデータガバナンスへの懸念が高まり、日本企業が独自のアプリ市場やID基盤を確保できるかが鍵となります。オープン技術と国際標準への主体的な関与、そしてAI人材の育成が、国内産業がXR時代をリードするために必要となるのかもしれません。