2024年度オープンソース推進レポートから
デジタル主権が国家の競争力を左右する時代、日本はソフトウェアを「作る側」から「育てる側」への転換点にあります。
民間企業はクラウドやAIを取り入れながらも海外製ソフトへの依存が深まり、国際収支の「デジタル赤字」は拡大傾向にあります。オープンソースソフトウェア(OSS)を公共財として再定義し、企業・行政・市民が連携して国内エコシステムを育むことこそ、持続可能なイノベーションの鍵となります。
今回はIPAが2025年4月25日に発表した「2024年度オープンソース推進レポート」をもとに、オープンソース推進における背景や課題、今後の展望などについて、取り上げたいと思います。
なぜオープンソース戦略が必要か
OSSは商用ソフトの平均70%以上を構成し、世界のIT基盤を支えています。しかし需要を支える開発者のわずか5%が価値の大半を生み出す構造に偏り、コントロール権が大手企業に集中するリスクが指摘されています。
日本が同じ土俵で競争力を保つには、OSSを単なる無料ツールとして消費する姿勢を改め、主体的に貢献し技術的自立を確立する必要があります。OSSを「組立産業化」の部品として取り込み、短期開発と俊敏な市場投入を実現することが企業の持続的成長を左右します。
さらに公共分野においても透明性と予算効率を両立できるOSSは、行政サービスの質向上と国民の利便性を高める切り札としての期待も高まります。
オープンソース活用が進まない背景
IPA調査では、企業の8割超がOSS利用ポリシーを持たず、オープンソースの管理や戦略策定などを担う部署オープンソースプログラムオフィス(OSPO)を設置していない組織が約7割に達しました。ユーザー企業では「ルールがわからない」「メンテナンスが不安」が上位課題となり、導入障壁は技術よりガバナンスに起因していることが浮かび上がっています。
開発コミュニティへのコード提供や自社開発ソフトの公開に踏み切る企業は少数にとどまり、OSSエコシステムへの還元が進まない構造が続いています。
こうした閉鎖的な体質は国際標準づくりへの発言権を弱め、優秀な人材が海外主導のプロジェクトに流出するリスクを高めます。デジタル赤字を是正するには、ポリシー整備とOSPO設置を急ぎ、OSSガバナンスを経営課題として位置づけることが不可欠となっています。
コミュニティと公共財の視点
OSSは使うほど価値が増幅するネットワーク効果を持ち、電気や道路と同じ公共財として機能します。ところが日本では、プレイヤー間の連携不足や短期利益への偏重により、コミュニティの持続が難しい現状があります。
類似機能を各社が別々に開発する「重複投資」も散見され、資金と人材が分散してしまいます。企業・行政・教育機関が共同で"OSSハブ"を設立し、ドキュメント共有・ライセンス教育・共同メンテナンスを制度化することが急務となっています。
コミュニティ活動を従業員評価や研究者の業績指標に組み込むインセンティブ設計を導入すれば、貢献活動が持続し、日本企業が国際プロジェクトで主導権を握る余地が広がります。公共調達にOSS優先の原則を盛り込めば、自治体システムの標準化やガバメントクラウドの運用コスト抑制にも直結するでしょう。
世界の政策事例が示す方向感
EUは「Digital Decade」でOSSをデジタル主権の軸に据え、行政システムを原則公開するドイツや公共調達でFLOSSを優先するフランスが成果を上げています。米国は連邦コードポリシーで公共資金で開発したコードの公開を義務化し、インドはUPIやAadhaarなど国民向け基盤をOSSで構築して経済効果を創出しているといいます。これらの国々は政策・法規制・調達スキームを一体化させ、市民参加型イノベーションを推進しています。
日本が取り残されないためには、公共分野のOSS化を明示した法律と評価指標を設け、企業が安心して参画できる枠組みを整えることが急務となっています。
今後の展望
今後を見据え、日本がOSS先進国へ脱皮するには、公共システムのOSS化の高める数値目標を高めていく必要もありでしょう。地域DXと連動させ、地方自治体がOSSを活用したサービスを横展開できる仕組みができれば、自治体の運用コストの削減にも繋がる可能性があります。
企業においては、OSPO設置を上場企業のコーポレートガバナンス・コードに明記し、投資家が評価できる指標の一つにしてくことも視野にいれていくことも重要でしょう。さらに、OSSに触れる学生や社会人を育成するプログラムを通じて、コードの品質と国際貢献力を高める仕組みなどのOSSの人材育成の観点も求められています。
これらの取り組みを通じて、日本発のOSSが国際標準として採用される可能性は高まり、デジタル経済における発言力が高まるとともに、日本の国際競争力にもつながっていくのかもしれません。