メガコンステレーション時代の衛星IoTインフラ
衛星通信は遠隔地のライフラインという従来の枠を超え、IoT(Internet of Things)の拡張インフラとして急速に存在感を高めています。その一方で、衛星IoTは「高価で電力負荷が大きい」という先入観が市場拡大の壁になってきました。こうした常識を打ち破るべく、低コストかつ省電力仕様を掲げた革新企業が登場し、標準規格の採用や大規模コンステレーションへの投資で新たな競争軸を築いています。
今回はABI Researchが2025年5月8日に発表した「Hot Tech Innovators: Satellite Operators in IoT」の資料をもとに、その背景や概要、市場動向や今後の展望などについて取り上げたいと思います。
衛星IoT市場が抱える課題と転換点
衛星IoTはこれまで、価格設定と消費電力の高さが障壁となり、本格的な導入が限定的でした。近年、地上セルラー通信が届かない"ラストワンマイル"のニーズが高まり、物流・エネルギー・農業などの産業が衛星接続を必要とし始めています。衛星側も小型化・量産化が進み、サービス料金は従来比で数分の一まで価格を下げています。
さらに、3GPP NTN(Non‑Terrestrial Network)やLoRa NTNといった標準規格の整備が進んだことで、端末メーカーは専用モデム開発のコストを抑えつつ、世界市場に同一モデルを展開できる環境が整いつつあります。この"価格・電力・標準化"の改善が、市場の転換点をもたらしています。
8社の革新戦略――低価格・標準化・大規模化
ABI Researchが選出した8社の中でも、Globalstarは一方向メッセージングで培った低料金モデルを武器に、双方向サービスへ拡張する計画です。
Iridiumはマルチモード端末に注目し、2024年1月に独自の3GPP NTNサービスを発表しました。
新興勢力のSateliotとOQ Technologyは、立ち上げ段階から3GPP NTN準拠のLEO衛星群を整備し、携帯キャリアとの提携で"地上と同じSIMで衛星がつながる"世界を目指しています。
LoRa NTN分野ではEchoStar Mobileが欧州全域で商用化を進め、Lacuna Spaceは汎用端末向けに超低消費電力通信を訴求しています。これら各社はいずれも「IoTフレンドリー」を合言葉に、自社の差異化ポイントを明確に提示しています。
標準規格がもたらすエコシステム拡大
3GPP NTNはLTE/5Gのエコシステムをそのまま衛星に持ち込み、半導体・端末・クラウドの巨大な供給網を取り込める点が強みです。
一方、LoRa NTNは数十バイト程度のセンサーデータを必要最小限の電力で送信できるため、超低コストかつ電源制約の厳しい環境に適しています。両規格は用途領域が重複せず補完関係にあり、ユーザーはニーズに応じてプロトコルを選択できるようになります。
結果として、衛星事業者は"規格の囲い込み"ではなく"運用オペレーションとサービスレベル"で勝負するステージへ移行しつつあります。これは通信キャリアと同様の市場原理が宇宙にも立ち上がっていることを示しています。
メガコンステレーション時代の覇権争い
Starlinkは2024年10月時点で6,791基のLEO衛星を運用し、2025年にはIoTサービス参入を計画しています。この動きに対抗するのがAmazon Project Kuiperで、同じく数千基規模の衛星を投入し、ブロードバンドからIoTまで一気通貫で提供する構想です。メガコンステレーションは遅延とカバレッジで優位性を示せる半面、巨額投資を回収するための多角的な収益モデルが不可欠です。
IoTはその入口となる小口需要を大量に束ねる役割を担い、大口の法人回線やブロードバンドと合わせた"ポートフォリオ経営"が今後の勝敗を分けるとみられます。
日本企業への示唆――接続戦略の再構築
国内では5G SAやローカル5Gが浸透し始めましたが、山間部や海域など"空白地帯"は依然として残っています。電力・物流・農業といった産業は、衛星IoTでデータギャップを埋めることで真のリアルタイム可視化を実現につながります。また、自動車OEMやデバイスベンダーは、グローバル展開時に衛星接続機能を標準装備することで、販売地域に制限されない新サービスを展開することもできます。
今後の展望
衛星IoTは、都市部で飽和しつつある通信市場に"エッジの成長余地"を提供し、デジタルツインやサプライチェーン最適化などの基盤として不可欠な存在になりつつあります。3GPP NTNの商用化は2026年前後に本格化し、地上ネットワークと同一SIMで接続できる恩恵がグローバル物流やスマート農業を中心に広がる可能性が期待されます。
一方、LoRa NTNは電池交換が難しい環境センサーや家畜管理など極低消費電力用途で採用が進む見通しです。メガコンステレーションの競争が激化すれば、サービス料金の下落と高頻度の衛星更新が常態化し、イノベーションのサイクルは一段と加速していくことになるでしょうか。