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2007年1月30日 » |
いろんなところで「あるある2」捏造や「不二家」騒動が大きな話題になっており、レスリングも負けた今、明るい話題は宮崎県知事くらい・・・(注1)
捏造は消費流通業や製造業に限ったことではありません。
われわれIT業界でも同じこと。
できてないのに「大体できてる」「もうすぐできる」とついごまかしてしまったり・・・
難しいことをついつい「大丈夫です」「任せてください」と見栄張ってしまったり・・・
人間の虚栄癖が企業体で露出した悲しい事故の例に、小生には映ります。
まあ今回は、「人気番組がまさか」「一流老舗企業がまさか」というバイアスが働いていて、やり場のない怒りが拍車をかけ止められない様子では。・・・お気持ち十分にお察しします。
それと、謝り方にも不快感があるんでしょうね。
潔さをよしとする日本人気質(注2)、悪いんだからさっさと謝れよ!・・・っと、実際はやけに時間をかけて順番に謝罪会見が繰り返される、それを見透かすかのような不祥事の芋づる式露呈・・・アタマにくるのも無理はない。
似たような(?)記憶もオーバーラップします。
「できる」と思って引き受け、やってみたら、「想定以上に時間がかかる」「できあがってみたら想定した品質に届いていない」・・・
「できるよね」と思ってやらせてみたら、「意外や意外、全然できない」「想定外のストーリーと異なる段取りで作業され、まずいと気づくもバックアップできない」・・・
「他人と組んで」仕事をする以上、大小は別にして時折失敗が必ず起きてしまう。
リスク管理的に言えば、この「事故」を想定した「コンティンジェンシープラン」を作っておき、有事に対処する準備をする以外にないのですが、
確かに、
一番、心情的にも技術的にも難しいのが「謝り方」。
「俺がやったんじゃないやい」
「俺たちだけじゃないやい」
すぐそういうことが思い浮かんでしまう。
謝る相手はたいていにおいて「感情的」。「誠意は当たり前」「具体的物理的に何を持って償ってくれるのさ」・・・耐えに耐えるも、ついつい反論したくなる。
心情的にはわかりますが、大企業の経営職がそこで「子供」になっちゃ困りますよね。
今回そこまでかどうかは視聴者によって若干分かれるかも知れないものの、いずれにしても情けない話。
自分のところは大企業とは思ってはいないですが、描いた戦略が失敗に終わったり、お手伝いした情報システムが事故を起こしたら、「遺憾」じゃなくて「責任」を感じます。
たとえば自動車だって、横転事故がおきたら「操舵技術の未熟」じゃなくて「製造上のリスク設計」や「販売上の営業教育」に問題がなかったのか自社内も疑っておくのがやるべきことかと。
若い頃、自分がデザインした情報システムのPC画面から営業マンがデータ入力して契約書がプリンタから自動で印刷されてきたときにその人が「おおーっ!」と感動していたときの顔、反対に研究所の技術試験結果をヴィジュアルに分析表示する画面を研究職の人とずーっと待っていて、何分たっても画面に結果が表示されなかったときの落胆させてしまった顔、・・・今でも普段の仕事で戒めになっています。
不肖も厄年、あんな「大人たち」にならないよう(注3)、もっと精進していかねばと強く思ったのでした。
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