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第3章 SPOF(単一障害点)を潰す経営設計 - 出荷業務を止めないランサムウェア対策

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第3章 SPOF(単一障害点)を潰す経営設計

集中管理が招く見えないリスク - 単一障害点とは何か

ある日突然、会社の主要システムがダウンし、全社員がメールも業務アプリも使えなくなったらどうなるでしょうか。想像したくない悪夢ですが、単一障害点(SPOF: Single Point of Failure)が存在すると、まさにその悪夢が現実になり得ます。SPOFとは、システムやプロセスの中で「それ一つが故障すると全体が止まってしまう」ポイントのことです。企業は効率化のためにしばしばITや業務を集中管理しますが、その副作用として見えにくいSPOFを抱え込んでしまうことがあります。

集中管理によるSPOFの実例は各所に見られます。例えば英国の航空会社ブリティッシュ・エアウェイズでは、電源障害で主要データセンターが停止したことが引き金となり、世界で約7万5千人の乗客に影響する大混乱が生じましたtheguardian.com。これは一か所の設備にIT基盤を集約していたことが原因で、単一拠点の障害が全社業務を巻き込む典型例です。また、英国KFCでは物流拠点を1カ所に集約したシステムが機能不全に陥り、国内店舗の3分の2が一時休業に追い込まれる事態となりましたwired.com。従来6箇所で分散していた倉庫をコスト削減のため単一の配送センターに切り替えた結果、想定外の事故や計画不備が重なって供給網全体が止まってしまったのです。このケースはサプライチェーンにおける単一障害点と不足するコンティンジェンシープラン(非常時対応策)の重大さを物語っています

さらにITインフラだけでなく、クラウドの集中利用もリスクになり得ます。世界的にITをクラウド数社に依存する傾向が強まる中、フランスのOVH社ではデータセンター火災により6万5千以上の顧客システムが停止し、全世界で約360万ものWebサイトが機能を失いましたdarkreading.com。クラウド市場は少数の巨大プロバイダに集中しているため、もしその一社が数日間ダウンすれば数兆円規模の損失が生じると試算する声もあります。これらの実例が示すように、集中管理の効率性の陰には、一点の不備で全業務が止まるリスクが潜んでいるのです。

効率性とレジリエンスの両立 - 経営者のジレンマ

なぜ企業は単一障害点を生む集中や一本化をしてしまうのでしょうか。その背景には、「効率」を追求する経営判断があります。ITシステムを統合すればコスト削減や管理の一元化が図れ、サプライヤーを絞れば取引コストや在庫を最小化できます。しかし効率性を極限まで追求したシステムは、余裕や冗長性がないため脆弱でもあります。平時には合理的に見える集中も、有事には組織を揺るがす単一障害点となりかねません。経営者には、この「効率性」と「レジリエンス(緊急時の復元力)」のトレードオフを見極める目線が求められます。

日本企業にもこの教訓があります。トヨタ自動車は1997年、自社系列の工場が火災で操業停止に陥り、生産ラインが止まる危機を経験しました。当時トヨタ車のブレーキ用「Pバルブ」という部品を1社(アイシン精機)でほぼ100%依存していたためです。その工場が止まったことで「トヨタの生産が1日止まるごとに日本の鉱工業生産指数を0.1%押し下げる」という試算まで報じられましたen.wikipedia.org。幸いトヨタは系列を挙げた緊急対応で代替生産をわずか5日で軌道に乗せ、想定より早く危機を脱しました。この事件は「Just In Time」に代表される極限の効率追求と、サプライチェーンの脆弱性とのバランスを問い直す契機となり、トヨタ自身「効率とリスクの適切なバランス」を実感したと言われます。さらに部品仕様の統一化や代替生産方法の整備など、サプライヤー各社も冗長性(リダンダンシー)を組み込む教訓を得たのです。このように過去の経験から、効率一辺倒ではなく非常時に備えた余力を持つことの重要性が認識されています。

海外でも近年、この効率 vsレジリエンスの見直しが進んでいます。特に2020年以降のパンデミックや地政学リスクによる供給網寸断を受け、多くの企業が「Just-in-Time(必要なものを必要な時に)」だけではなく「Just-in-Case(万一に備えて)」の発想を取り入れ始めました。ある製造業の経営者は「2021年初め、コスト重視の方針から転換し、事業継続性と顧客への責任をより重視するようにした」と述べていますmanufacturingleadership。実際、人件費高騰や物流停滞に対処するため、一時的にでも在庫や生産能力に余裕を持たせる方向に舵を切るメーカーが増えているのです。経営層は「利益率低下」というコストと「事業継続性向上」というメリットを天秤にかけ、最適解を模索しています。言い換えれば、平時の効率性と有事の耐久性をどう両立させるかが経営設計のテーマとなっているのです。

分散化・冗長化の設計原則 - 卵を一つの籠に盛らない

では、単一障害点を潰すために経営者はどんな原則で設計すべきでしょうか。ポイントはシンプルで、「卵を一つの籠に盛らない」ことです。重要な機能や資源を一箇所に集中させすぎず、可能な範囲で分散・冗長化する設計思想が基本となります。まず自社の業務プロセスやITアーキテクチャを精査し、どこにSPOF(単一障害点)が潜んでいるかを洗い出すことから始めます。例えば基幹システムが一台のサーバに集約されていないか、社内ネットワークの要となる機器が一つに偏っていないか、主要サプライヤーが特定企業に過度依存していないか、といった観点です。そして見つかったリスクポイントそれぞれについて、「その障害が発生した際の業務影響の大きさ」と「それを冗長化するコスト」を比較検討します。

闇雲にあらゆる箇所を二重化すればよいわけではありません。レジリエンス向上には追加サーバやネットワーク機器といったコストが伴うため、各ワークロードについてSPOFを避ける必要性と費用を慎重に天秤にかけるべきだとデータセンターの専門家も指摘しています。このリスク評価に基づき、障害発生確率が高かったり影響が甚大だったりする領域に経営資源を優先投入して冗長化するのです。たとえば「このシステムが止まると売上に直結する」ものは二系統化を検討し、「ここが止まっても業務への影響は限定的」なものは単一構成を許容する、といった判断になります。重要なのは、日頃から「どのリスクにどこまで備えるか」について経営として方針を定めておくことです。こうした指針があれば、現場レベルで個別案件ごとに適切な冗長投資の判断がしやすくなります。さらに組織横断的にバックアップ計画やフェイルオーバー手順を整備し、いざという時に迅速に代替運用へ切り替えられるようにしておくことも経営設計の一部と言えます。

冗長化の実践戦略 - 具体策とコスト判断

では具体的に、どのような戦略で単一障害点を排除すれば良いでしょうか。以下に経営者が検討すべき主な冗長化・バックアップ戦略をまとめます。

  • データバックアップとリカバリ計画: システムやデータの定期的なバックアップは基本中の基本です。主要データベースやサービスについて、万一メインがダウンしても迅速に代替機へ切り替えたりバックアップから復旧できる体制を整えます。クラウド利用であれば別リージョンへのバックアップやオンプレミスへの退避も検討します。バックアップは取るだけでなく、復元手順を定期演習しておくことが肝要です。

  • ネットワークの多重化: 社内LANから拠点間回線、クラウド接続に至るまで、ネットワーク経路の単一点障害を排除します。サーバ群を繋ぐスイッチを二重化し、通信回線も複数のキャリア経由にすることで、一つのネットワーク障害で全社が孤立しないように備えます。重要拠点間のVPNも主回線と副回線を用意し、自動フェイルオーバーで通信を維持できるようにします。またクラウド利用では可用性ゾーン(AZ)やリージョンを分散させ、CDNなども複数プロバイダを併用することで、インターネット上の集中による障害リスクを和らげますdarkreading.com

  • ID管理と権限の分散: 社内の認証基盤や管理権限も単一点に集中させない工夫が必要です。シングルサインオン(SSO)など統合ID管理は便利な半面、それ自体が落ちると全サービスにログインできなくなるリスクがあります。対策として、認証系はフェデレーション(複数IDプロバイダ併用)やオフラインでも使える緊急ログイン手段を用意しておきます。また一人の管理者だけが全権限を持つ状態も危険です。「人」がSPOFとなることを避けるため、重要システムの知識やアクセス権はチームで共有し、担当者を分散・交代制にする(クロストレーニングを実施する)ことが推奨されています。要は特定の社員やアカウント一つに全てが依存しないよう、権限と知識を組織的に冗長化するのです。

  • OTとITのネットワーク分離: 工場の制御システム(OT)と基幹システムやオフィスITを同一ネットワークで繋いでいると、思わぬサイバー事故で生産ラインが止まるリスクがあります。近年、製造現場でのIT/OT融合が進む一方で、セキュリティ専門家は「ITネットワークとOTネットワークは厳格に分離し、社内IT経由のマルウェアが全組織に拡散しないようにすべき」と強調していますtriovega.com。具体的には、工場設備のネットワークと社内LANの間に物理的・論理的な壁(セグメント)を設け、必要最小限のデータだけを双方向にやり取りする仕組みにします。これにより、オフィス側でウイルス感染や障害が起きても生産制御システムに波及せず、最悪でも被害を限定できます。

以上のような戦略を組み合わせることで、企業は「ここが倒れても他でカバーする」体制=レジリエントな組織設計を実現できます。ただし各対策にはコストが伴うため、経営として優先度の高いリスクから順に投資していく判断が不可欠です。例えば、全業務を止める恐れがある基幹分野には積極投資し、影響の小さい部分は簡易なバックアップに留めるなど、費用対効果を考慮したメリハリが重要です。最終的には、「効率性99%・リスク1%」の状態より「効率性90%でもリスクゼロに近い」状態を目指す方が、長期的な企業価値を守ることにつながるでしょう。


こうした経営設計上の工夫によって単一障害点を排除すれば、企業リスクは大きく低減します。もちろん完全な無停止を保証することは困難ですが、少なくとも「一箇所の不具合で全停止」という最悪シナリオは回避できるのです。経営者に求められるのは、平時から 「もし○○が止まったら?」 と自問し、構造的な弱点に先手を打って手当てしておく先見性です。その備えこそが有事の対応力の差となり、ひいては事業継続性の高さが競争優位にもなり得ます。

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