正解主義が日本をダメにした
いま、世界はAIの爆発的進化と、トランプ政権(第2期)が引き起こす経済・社会の地殻変動の真っ只中にいます。
「失われた30年」の亡霊は今も日本社会に漂い、私たちはまるで呪いをかけられたかのように、先行きの見通すことのできない未来に漠然とした不安を感じています。「失われた40年」が現実味を帯びる中、この停滞と不安の根源にあるのは、私たちが「正解主義」から抜け出せないからではないでしょうか。
バブル崩壊後の30年、いや、明治維新から数えれば150年以上、私たちは「どこかに存在する完璧な正解」を探し続けてきました。明治期はヨーロッパ、戦後はアメリカ。彼らの成功モデルを輸入し、器用に最適化することで急成長を遂げたのです。
しかし、この「成功体験」こそが、皮肉にも強烈な呪いとなりました。
「成功したければ、欧米のベストプラクティス(正解)を探せ」
この思考回路が、今、日本を窒息させています。なぜなら、不確実性が常態化した現代において、「予め用意された正解」など、もはや世界のどこにも存在しないからです。
亡霊がさまよう:「カタチ」だけ真似て本質を逃す
この「正解探し」の悪癖が顕著に現れたのが、1990年代のBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)ブームです。
BPRの本質は、既存の業務をゼロから疑い、顧客価値のためにプロセスを「再設計(リエンジニアリング)」することでした。しかし、多くの日本企業が何をしたか?
BPRを加速させる「正解」として、ERP(統合基幹業務システム)という高価なパッケージソフトを導入しました。ERPは、世界のベストプラクティスを雛形にしています。本来なら、自社の業務をその「雛形(正解)」に合わせるべきでした。
しかし、実際は逆でした。「現場のやり方は変えられない」と、ERP側を自社の旧態依然とした業務に合わせて大規模にカスタマイズしたのです。
その結果が「莫大な投資」です。本来ならばERPパッケージのライセンス費用で済むはずが、現実には膨大なカスタマイズ費用が発生しました。それだけではありません。ERPがバージョンアップするたびに、追加開発したカスタマイズ部分の手直しや再テストを強いられ、運用コストは膨れ上がり続けたのです。
BPRの本質である「業務変革」は起きず、コストばかりか、本来ERP導入で手に入れたかったはずの「俊敏性」さえも失ってしまいました。
彼らは「BPR」や「ERP」という**カタチ(正解)を手に入れることに必死で、その本質(変革と俊敏性)**を置き去りにしたのです。
この失敗は、その後も延々と繰り返されます。
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MA(マーケティング・オートメーション)を導入しても、広告配信ツールとしてしか使わない。
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クラウドを導入しても、ITベンダーに丸投げで俊敏性を失う。
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「デザイン思考」の研修だけ受けて、失敗を許容しない文化はそのまま。
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「アジャイル開発」の看板を掲げ、実態は従来の丸投げウォーターフォール。
これらプロダクトやメソドロジーの背景には、明確な「思想」があります。本来であれば、その思想が自分たちの企業の組織・文化・プロセスとどう整合するのかを問い、整合しないのであれば、自分たち自身を手直しする覚悟と実践が必要なはずです。
しかし、多くの企業はこの最も困難な自己変革を棚上げし、「これらを導入すればなんとかなるはず」とカタチばかりにとらわれました。現状を変えないまま、無理にカタチに合わせようとする負担は、むしろその企業の本来の持ち味を失わせ、スピードさえも貶めてしまったのではないでしょうか。
すべて同じ構造です。「正解」という名の魔法の杖を欲しがるだけで、杖を振るう自分自身(組織・文化・プロセス)を変えようとしないのです。
2025年、それでも「正解」を探しますか?
そしていま、この状況はさらに悪化しているように見えます。「正解主義」が通用しない決定的な理由が2つあります。
1. AIの爆発的進化:「正解」が1日で陳腐化する時代
今、多くの経営者が「AIの正しい使い方は?」と血眼になって「正解」を探しています。しかし、それは90年代のBPRと全く同じ過ちです。
生成AIの技術は、もはや月単位、いや週単位で進化しています。昨日までの「ベストプラクティス」が、今日にはもう古い。
他社の成功事例を待っていたら、周回遅れです。AI時代に「正解」はありません。あるのは、**「自社で今すぐ実験し、小さく失敗し、学び、自分たちだけの答えを創り出す」**というプロセスだけです。
2. 世界の分断:「お手本」の消滅
トランプ政権の復活による保護主義の台頭、地政学リスクの常態化により、戦後我々が「正解」としてきた「グローバル・スタンダード」や「米国モデル」は崩壊しました。
もはや、どこの国も「自国ファースト」。サプライチェーンは分断され、経済ルールは絶えず書き換えられています。
お手本となる「正解」そのものが消滅したのです。
「他社事例」という名の麻薬
「正解主義」の人が大好きなものに「他社事例」があります。
DXの実践やAIの活用拡大など、今まさに多くの企業が関心を寄せています。しかし、その取り組みの第一歩として、何が行われているでしょうか。「良いやり方はどうすればいいか」「いや、失敗しないためにはどうすればいいか」と、必死に他社事例を集め、そこに「正解」を見つけようとしている姿を頻繁に見かけます。
講演のご依頼を頂くときも「事例をたくさん紹介してくれ」と必ず言われます。気持ちはわかります。事例を聞けば「分かった気」になれるからです。
しかし、断言します。不確実性の時代において、他社の成功事例は「毒」になることさえあります。
なぜなら、それは「他社が」「過去に」成功した事例に過ぎないからです。それを真似ても二番煎じにしかならず、あなたの会社の「未来の答え」にはなりません。
なんと意味のないことでしょう。大切なのは、他社の事例を探すことではなく、まず自分たちで考えたことをやってみることです。うまく行く場合もあれば、当然、失敗もあります。その失敗から学び、改善し、また試す。この試行錯誤のプロセスを繰り返して「自分たちの正解」を創り出すことこそが、今求められているのです。
他社事例を集めることにリソースを割く一方で、自分たちの頭で考え行動することを放棄しているのです。これこそ「失われた30年」を生み出した負のスパイラルの正体です。
「失われた40年」にしないために
では、どうすればいいか。
答えはシンプルです。「正解」を探すのをやめることです。
グローバル・スタンダードも、ベスト・プラクティスも、AIも、他社事例も、すべては「正解」ではなく、「自分たちの答えを創るための素材(きっかけ)」に過ぎません。
必要なのは、このループを高速で回すことです。
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情報(素材)を得る
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自分たちの頭で考える(議論する)
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仮説を立て、実行する(小さく試す)
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結果から学ぶ
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再び考える...
世間の流行り言葉に飛びつき、カタチだけを真似る。うまくいかなければ、また次の「正解」を探しに行く。そんなサイクルを続けていては、「失われた40年」は確実な未来となります。
古き良き時代の「正解主義」という呪いを断ち切り、自分たちで考え、議論し、オリジナルな答えを創り出す。それ以外に、私たちが生き残る道はありません。
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