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何と、まさかの『闇の国々』2が出てしまった!

『闇の国々』は、もともと幼なじみだったブノワ・ペータースとフランソワ・スクイテンが1983年から刊行し始めたシリーズで、2008年までに正編12巻、外典12巻の計24巻が刊行され続けている。1巻は、そのエッセンスのような物語がいくつか翻訳され、衝撃的だったが、2巻を読むと、何となく『闇の国々』の設定とかモティーフ、背景などが推測される仕掛けになっていて、なるほど、こういう感じで全体をみればいいのかなと思う。
もちろん、個々の物語は独立性が高く、一見無関係にすらみえるし、そのように読んでも間違いではないと思う。しかし、それらは架空の大陸で起きた不思議な出来事として、相互に直接の関連はせずに照応していたりする。
2巻の冒頭に置かれた『サマリスの壁』は、本シリーズの最初の作品で、まだ固い感じが残るが、むしろシンプルな話で、このシリーズのパースペクティブを見渡す助けになる。自生し、変容し続け、人を内部に取り込んでしまう都市サマリスは、即座に映画『ダークシティ』(アレックス・ブロヤス監督 1998年)を連想させるし、夢の中の都市の変容という意味では『インセプション』(クリストファー・ノーラン監督 2010年)とも似ている。また、『エヴァ』の際限なく再生する都市を思い起こす人もいるだろう。これらの影響関係が問題ではなく、そこに何か共通する想像力を感じる。そして、『闇の国々』とは、その想像力が作り出した、どこかで実在の我々の世界や都市とつながっている物語なのである。

その片鱗を感じさせるのが、3本目に収録された『ブリュゼル』で、冒頭に実際のブリュッセルの都市再開発の話が書かれる。『ブリュゼル』では、過剰な進歩信仰が破壊的な再開発による破滅を招くが、そこに立ち上がる再開発都市や建築の空虚さは、実際のブリュッセルの歴史から「引用」されているのだ。スクイテンはブリュッセル生まれで、いわば彼の経験が『闇の国々』の基盤にあると感じられる。こうして、この物語の壮大な虚構は、必ずどこかで我々の時代や歴史とつながっていて、読者は奇妙な感覚にとらわれる。巻末の作品『古文書官』では、不思議な絵たちを調べるうち、『闇の国々』の「妄想」を発見し、やがてその「実在」を信じるにいたる男が描かれる。そんなふうにして、第2巻は、『闇の国々』という想像力、絵を通した架空の世界の構築と現実との架橋、現実と架空の間で逆立ちしているような奇妙な感覚の、一種原点を感じることのできる構成になっているのだ。

2巻では、スクイテンの素晴らしい色彩が存分に楽しめる。また、個人的には、一時期、ヨーロッパの温室建築にハマった経験があり、『古文書官』の「カルヴァニ」の項、巨大温室の古典近代的な建築が楽しい。温室は、かつて南向き傾斜地にレンガ作りで窓を作り、オレンジを栽培した建築だったが、ガラスと鋳鉄技術の進歩を背景に、建築家ではなく庭師の想像力から巨大温室建築へと変貌する。まさに19世紀、万国博覧会のパビリオンとして建築された巨大温室は、当時の技術を結集し、天井を高くし、ついに背の高いヤシを栽培することを可能にする。それは、都市全体をガラスで包み、天候を科学で制御するという、古典近代のSF的夢だった。ヨーロッパの建築史にひそむ、そうした進歩主義と南方幻想、その夢想の楽しさを、『闇の国々』の中にもさぐりあてることができるだろう。

ところで、『闇の国々』Ⅲが来春刊行予定だそうである。いやあ、BD翻訳の白眉だなあ。

natsume

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夏目 房之介

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72年マンガ家デビュー。現在マンガ・コラムニストとしてマンガ、イラスト、エッセイ、講演、TV番組などで活躍中。

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