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『ブラックジャックによろしく』『特攻の島』の佐藤秀峰が、雑誌連載では赤字になる状況の中で原稿料の不合理に疑問を感じ、出版社との交渉を繰り返し、ついに紙媒体の泥舟的先行きに悩み、自作を含むマンガの配信サイト「漫画 on Web」を立ち上げていくまでの悪戦苦闘を書いた本。
http://mangaonweb.com/creatorTop.do?cn=1

こうした問題は、すでに竹熊健太郎がある程度まで単行本で追求しているが、佐藤の原稿料、印税収入と支出の関係の記述はさらに詳細で、それ自体、ほとんど外に知られることのない貴重な資料である。たんなる感情論ではなく、きちんとした収支の数字と、それにもとづいた交渉および出版社の対応を描いている。これは、現在のマンガ製作現場を考えるとき、重要な資料になりうるだろう。もちろん佐藤個人の経験ではあるが、少なくとも彼や、彼より過酷な状況にいるマンガ家、プロダクションが存在しているということにはなる。

出版社の対応は、これで読む限り大体想像通り。もちろん誠実な編集者がいるのもの知っているが、しかし自らの給与体系を見直して減給してまでマンガ家の経済を助けようとはしないだろうし、本人に無断で著作物の二次使用を許したというのも、ありえなくはない。そもそも著作権の知識をきちんと持っている編集者自体が少ないのだ。もちろん、すべてが書かれたとおりであるかどうかは確認できない。出版社も自分の情報を出さないだろうし。けれど、竹熊や僕が分析したかぎりでも、ほぼこれに近い状況であろうことは推測できる。

かつて、僕はなぜ出版社や新聞社が依頼のさいに原稿料をいわないのか不思議でしょうがなかった。普通なら依頼側が見積もりを出させ、双方で納得した料金で契約が成り立ち、製作納品となる。しかし、かつての出版界では本が出るまで原稿料はわからなかったのだ。また、マンガの製作過程の多くは取材とアイデアであり、僕はそれを別項目の料金、すなわち企画料などで、打ち合わせの時点で成立するようにできないか交渉したことがある。これ自体はリクツとしては、まったく無理のないものに見えたが、当然のように否定された。原稿料は上がったが、あくまで原稿料としてしか発生しないのだ。まるで、モノとして作らなければお金にならない、ハコモノ行政のように、目に見えるものにしか金銭は出されない慣行なのだ。佐藤も、まったく同じ矛盾を感じたようで、そのあたりは共感した。

結局彼は紙媒体の先行き不安から、自ら購読サイトを設立することにして、ここでも悪戦苦闘を繰り返す。正直、彼の粘着質な怒りと交渉と進み方は、まるで『ブラよろ』主人公のようで、いささか引いてしまうと人もいるだろう。でも、彼が提起しようとしている問題は、やはり真摯に受け止められるべきものだ。当面、完全な解決策などありえようもないが、問題を認識しないことにはどうにもならない。マンガ家を目指す人は、これを読むと絶望してやめてしまうかもしれないが、それでも現状を認識したければ読んでおいたほうがいいと思う。どんな世界であれ、自分ひとりで戦って生きていくのは、それなりに過酷なのだ。
佐藤の模索が成果を生み、もっと多様な試行が行われ始めることが望ましい。

natsume

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夏目 房之介

夏目 房之介

72年マンガ家デビュー。現在マンガ・コラムニストとしてマンガ、イラスト、エッセイ、講演、TV番組などで活躍中。

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