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竹内オサムさんのマンガ研究誌「ビランジ」28号を送っていただいた。
その中にETさんの「絵物語と漫画の違い -1950年代の少女雑誌」という文章がある。

戦前から、少年少女雑誌には挿絵小説、絵物語、漫画が載っているが、それをどう区別するかは、はっきりした基準が存在しない。もちろん、見て直観的にそれぞれを区別できる、と思えるものは多いが、中には曖昧でどっちつかずのものもある。これらをどう整理したらいいか、その上でこれらの歴史的推移や移行をどう考えるかは、マンガ史では重要な研究課題だといっていい。

ET氏は、具体的に少女雑誌(50年代後半の「少女ブック」)の例をあげて、かなり明確にその基準を示している。
まず、見開き2ページあたりの絵の数によって、3.5~4以下なら挿絵小説、それ以上で12.5~13以下なら絵物語、それ以上なら漫画という基準が「少女クラブ」には、わりと明瞭にあるとしている(雑誌によって異なるだろうことも書かれている)。
その上で、この基準で境界例にあたるものを考察し、挿絵は絵の領域が不定形なものが多く、絵物語の絵には読み順の番号がついていること、また絵物語では絵と文章の対応関係がはっきり示されていることなどを指摘している。

問題は、絵物語と漫画の境界で、たいていの場合コマ割りと吹き出しの有無で判断できるが、さらに絵のスタイル(細密な描きこみのある写実性のある絵と、簡略な線画による記号的な絵)によっても区別が必要になる。たとえば倉金章介の「滑稽な略画」による絵物語形式もあって、これは漫画絵による絵物語ということになる。

ここでとても重要なのは、絵のスタイルとコマ割りという二重の基準があることで、そこに挿絵小説、絵物語、漫画という、当時の雑誌における分類的なイメージの変遷が見て取れるという指摘である。50年代には「絵が主で配置が従。絵が漫画であれば、コマ等の配置要素がマンガらしくなくてもマンガと見なされやすい」という。
現在の我々は、60年代後半期の「マンガはコマである」という「発見」以降、いわば物語マンガ全盛期以降の、表現形式によるマンガ定義のイメージをもっているので、このあたりはごまかされやすい。当時は漫画とは、おもに絵の様式ことであったのだ。

「二重基準の主従関係とその交代を考えずに一方だけで定義したり両方を等しく扱って定義すると、わけがわからなくなって、気まぐれでことばを選んでいるかに錯覚してしまう」とET氏は指摘する。そのあとET氏は、言葉というものが、歴史的にどのように意味や対象を移行させ、拡大したり縮小したりして基準をずらしてゆくか、という一般論を考察してゆく。
劇画と漫画の関係、あるいは高橋真琴の漫画が絵物語感覚で読まれていた可能性などを指摘しつつ、こうした問題を考える場合の、とても重要な視点を提起している。

学生たちと話していると、けっこうこのあたりの混乱が考察を難しくしていることが多いなと感じる。言葉がいかに時代とともに生き、融通無碍に使われているか、それによってどんな混乱が生じるかに自覚的であることは、研究にとって大変重要なテーマなのだが、どうしても現在の言葉の水準に引きずられやすい。また言葉を何かに与えることの何たるかを原理的に考える機会が少ないのか、混乱しやすいのだ。

ET氏の考察は、このあたりを平明に語っていて、学生たちにも読んでほしいと思えるものだった。あるいは、人によっては「そんなの誰それ(たいてい欧米の学者とか)が何々という本で書いてるよ」などというかもしれない。でも、そういう人を信用しないほうがいい。そういう人は「知っている」だけで、実際に研究課題に取り組んで、自分で「考える」過程を経ていない場合があるので、役に立たないか、余計混乱することが多いからだ。

絵物語の存在は戦後マンガ史の転換を考察するとき重要なもので、さらにマンガと劇画という区分と変遷も同様である。これらを整理して考えるとき、ET氏の考察ははとても示唆的な観点を示してくれている。また、それらに限らずさまざまなマンガ史上の変遷について語る時、留意すべきポイントを示してくれていると思う。

natsume

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夏目 房之介

夏目 房之介

72年マンガ家デビュー。現在マンガ・コラムニストとしてマンガ、イラスト、エッセイ、講演、TV番組などで活躍中。

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