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塩川桐子『ふしあな』小池書院
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%B5%E3%81%97%E3%81%82%E3%81%AA-%E5%A1%A9%E5%B7%9D-%E6%A1%90%E5%AD%90/dp/4862254527

こういう本が届いた。裏表紙の帯に「驚いて下さい。史上初、全編、全コマ 浮世絵の漫画です。」とあるが、おいおい、杉浦日向子『二つ枕』という名作を知らんのか、とつい突っ込んでしまった。杉浦さんの『二つ枕』は、春信、歌麿など浮世絵系の画風を一作ごとに変えた絵で連作したもので、言葉なども当時の読物のそれを使った見事なものだった。編集の勇み足かと思うが、マンガ好き(まして浮世絵のマンガという惹句に反応するような)には逆効果もありうるってことですね。

でも、中味は素晴らしかった。絵でいえば、浮世絵をベースにして、本来はありえない正面顔、真横顔などの角度も使い、動線や汗などで動きを演出したもので、最後のほうは少し作者オリジナルな顔になってきている。そうすると、やや丸尾末広に近づく感じなのが面白かった。浮世絵的な止まった絵を動かす工夫という点で、講義に使えるかなとか思って付箋貼っちゃった。
90年代に「プチフラワー」に掲載され、10年前に一度単行本化(小学館)された短編集に、新たに2作加えたものらしい。それぞれのお話がとてもいい。日常的な描写が凄く緻密で、そこに女性の日々の思いなどを込めたときに、この作家の真価が出ているように感じた。

最初の「歳月」。若い頃、隣同士の男と恋仲になり、江戸詰めになった男をずっと待っていかず後家になりかけた女が、一見ぼんやりした男と一緒になって、何事もない日々を送っているところへ昔の男が・・・・という話。いい話だが、何よりも女の日常的なしぐさ、仕事の描写がよくて、それが話のオチに精彩を与えている。
「散る花」は、江戸時代初期の男色を描いた作品で、心中モノのようなきわどい美学がある。ここでは絵が少し丸尾化していて、日常を離脱してゆく隠微な暗い欲望を感じさせる。未発表作品とあるが、やおい系の流れもあるんだろうか。
夫婦の日常の話と、不倫や男色、花魁の悪巧みなどを織り交ぜ、最後にもう一度、ある家族の平穏な日常の中の変化を描くのが「杜若(かきつばた)」。男四人兄弟の中に入ってきた嫁を軸に、それぞれの思いや優しさを描いた作品。最初と最後の作品には、先日読んだ『家日和』に近い、しみじみした味わいを感じさせる構成で、読後感がいい。

杉浦日向子の『二つ枕』が、浮世絵の画風にどこまで忠実だったか、仕事場で本を確認しないとわからないが、主題に関していえば、杉浦のそれは基本的に江戸の町民中心の作品だったと思う。『ふしあな』は、それに比べて武家の話が多い。最初の版のあとがきマンガで、「いっぺんくらいは はらはらドキドキものの伝奇ものも 作ってみたい」と書かれているが、そういう要素はありそうだ。見てみたい。

こういう寡作な人の作品集が復刊されるのは、とてもいい。派手な売れ方はしなくても、いい読者を持てる本なので、興味ある人は『家日和』同様、ぜひ手にとってみてほしいです。

natsume

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夏目 房之介

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72年マンガ家デビュー。現在マンガ・コラムニストとしてマンガ、イラスト、エッセイ、講演、TV番組などで活躍中。

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