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「大法輪」11月号が届いた。
「「仏教マンガ」の面白さ」6p。
扱ったマンガは手塚『ブッダ』、花輪和一『崇親院日記』、岡野玲子『ファンシィダンス』、三宅乱丈『ぶっせん』。6pっても、図版引用すると文章ほとんどないねー。
五反田のツタヤで『パプリカ』借り直して観た(以前も似たことがあったが大崎Think Parkのビデオ屋のは古いのか、飛んじゃって観られないことがある)。やっぱり、よくデキてると思う。面白かった。夢が現実に侵入するパレード場面は『平成ぽんぽこ狸合戦』を彷彿とした。ああいうの好き。
で、ついでに肩のこらないおバカ映画を、と思って借りた『燃えよ!ピンポン』
http://blogs.yahoo.co.jp/goota56/16663253.html
これがむちゃくちゃ面白かった! もう最高のバカ加減。『燃えよ!ドラゴン』と『少林サッカー』まぜたようなパロディ映画で、細部の演出にまでお遊びが徹底してて楽しい。最近ではけっこう爆笑した映画だ。それに何たってクリストファー・ウォーケン最高! 拍手してしまった(笑)。八戒さん、観てなかったらオススミでやんす。
2008.9.25 特別講義「現代学 暴力論」 「マンガと暴力」(2)『ザ・ワールド・イズ・マイン』論
04)「理想」と「虚構」 戦後という時代
70年頃の変容 「理想の時代」→「虚構の時代」(大澤真幸)〈現実(ルビ=リアリティ)は、常に、反現実を参照する。[略]現実の中のさまざまな「意味」は、その反現実との関係で与えられる。「意味」の集合は、まさに同一の反現実と関係しているがゆえに、統一的な秩序を構成することができるのだ。〉〈「反現実」は、「理想→(夢→)虚構」と順に、版現実の度合を高めてきた[略]理想は、未来において現実へと着床することが予期されている反現実だが、虚構は、それがやがて現実化するかどうかに不関与な反現実だからである。〉大澤真幸『不可能性の時代』岩波書店 2008年 1p、3p〈欠如なしに自然に生じてくる過剰な欲望や快楽がある。こうした、欠如とは無縁な過剰な快楽を肯定している。それが七〇年代以降のスタイルで、こうした土壌で、溌溂としたポップスも生まれうる。七〇年代の前半あたりを境にして、欠如に由来するルサンチマンの時代から、欠如のない時代へという以降が起きる〉大澤真幸『戦後の思想空間』筑摩書房 1998年 95p
理想の時代 「欠如」→ルサンチマンと葛藤→「理想」 「世界」を包むイデオロギーへの信憑
敗戦による断絶 米国化→若者(消費)文化 戦後世界的「理想」 →手塚マンガ
虚構の時代 「欠如」の欠如 虚構の快楽 消費環境の肥大化
人間の役割多義化による「現実」の多層化、非決定性
68~72年=移行期 近代や戦後理念の自己批判の時期(大澤同上 190p) →『デビルマン』
=移行期的なルサンチマンと葛藤 自己否定 理想=ユートピア→反ユートピアとしての破滅SF
対抗「暴力」の肯定 純粋化 →「暴力」要素の記号パッチワーク化 →「暴力」記号の消費へ
〈正義と理性をめざめさせることができるものはただ一つ!〉〈暴力だ----!!〉雁屋哲、池上遼一『男組』(連載74~79年)14巻 小学館 98年 295p →『北斗の拳』など、少年向けのジャンプ的バトル物の類型化へ
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