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広島市長の秋葉忠利氏が、今年4月に行われる市長選挙には出馬せず、今期限りで退任することを表明しました。ここまでなら関係者以外には注目を集めない話だったはずが、秋葉氏がこの件についての記者会見を行わず、YouTube上に「不出馬会見」と題された映像をアップするという行動を取ったことで「騒動」となっています。

とりあえず、この映像がどのようなものか貼っておきましょう:

約15分間、秋葉氏は不出馬に関して丁寧に説明を行っています。これがなぜ騒動にならなければならないのか?マスコミ系のサイトでどう報じられているのかを見れば、その理由が分かるでしょう:

秋葉・広島市長、退任の弁「ユーチューブで」 会見拒否 (asahi.com)
「ユーチューブ」だけ、秋葉・広島市長が退任説明 会見は拒否に批判の声も… (MSN産経ニュース)
「秋葉広島市長」動画サイトで退任表明―公権力者がいかがなものか (J-CASTテレビウォッチ)

ここに挙げたのは主なものだけですが、要は「記者会見で説明せず、YouTube上で自分の考えを語ったこと」に対してマスコミが快く思わず、学者や「市民(具体的にどこの誰なのかは分かりませんが)」の声を引き合いに出し、問題だと訴えているわけですね。彼らの主な主張をまとめてみると:

  • 誰でもネットにアクセスできるわけではないから、YouTubeに投稿するだけでは説明責任を果たしていない。
  • YouTube上で自分の考えを一方的に訴えるだけの映像を公開するのは、「編集されたり、批判的なコメントを加えられたりすることを嫌がる権力者に都合のよい手法」だ。
  • 動画で功績を語るだけでなく、批判に答えることもしなければならない。

大体こんなところでしょうか。

ただ残念ながら、これらの主張は市長に難癖をつけているとしか思えません。ぱっと思いつくレベルでも、次のような反論が考えられます:

  • 新聞やテレビだって、「誰でもアクセスできる無料メディア」ではない。また第一情報の全体を伝えてくれるメディアではない(スピーチ全文が書き起こされるケースは、首相や大統領の演説など限られた場合のみ)。
  • 広く情報を伝えることがマスコミの使命なら、なぜYouTubeのURLを紹介したり、ウェブ版記事であればYouTube映像そのものをエンベッドするという行動を取らないのか?
  • 逆に、誰もが入れる場所ではない「記者クラブ」という場所で説明することが、なぜ万人に対して説明責任を果たしたことになるのか?記者が書いてくれることを期待するという姿勢が正しいと言えるのか?
  • 秋葉市長はマスコミを通じた形では真意が伝わらないと考えていたようであり、事実であれば逆にマスコミを通す方が説明責任が果たせなくなると言える。
  • むしろYouTubeに投稿した方が「批判的なコメントが加えられる」リスクは大きい。また本人さえその気ならば、コメント欄を通じて市民の反応に直接接したり、あるいは直に市民とコミュニケーションを取ったりすることが可能になる(この点については、秋葉市長みずからコメントを返すということは起きていないようですが)。
  • さらに言えば、新聞やテレビを数年後に見返すのは非常に難しいのに対して、ネット上のデータであれば投稿者が消さない限りずっと残り続ける。投稿者が消しても、コピーが流通する可能性がある。

これくらいの反論が返ってくることは、マスコミの記者たちにも容易に想起できるはずです。にも関わらず浅いネット批判に終始してしまっている状況では、「相変わらずマスコミはネットを毛嫌いしているのだ」と言われてしまっても仕方ないでしょう。

マスコミが今すべきことは、市長がネットというメディアを選んだことに対する批判ではなく、市長がYouTube上で語った内容の考察と解説です。その方がよほど市民のためになり、マスコミが暗に主張しているように「市長は何か後ろめたいところがあって記者会見を避けている」のであれば、それを立証することにもつながるでしょう。逆に無意味なネットとの対立姿勢を展開したり、「前例がない」というだけで政治家のソーシャルメディア活用に嫌悪感を示していては、よっぽど政治家による恣意的なネット活用を許してしまうだけです。

どう騒いでも、誰もが自由に情報発信できる時代を逆行させることはできません。政治家が記者やマスメディアを中抜きして、直接市民に語りかけるようになる事態はずっと前から想定できたはずです。そんな状況が現実のものとなった時に、マスコミはどのようなジャーナリズムを展開すべきなのか――決して簡単な問いではありませんが、海外のマスコミが果敢に新しいチャレンジを展開している姿を目にしていたせいか、今回の日本マスコミの反応には失望を禁じ得ませんでした。

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< 追記 >

ツイッター上で、「秋葉市長は会見を市のホームページ上で配信しており、ネットによる情報発信はこれが初めてではない」というご指摘を受けました。ありがとうございます。であればことさら、マスメディアは「YouTubeを使ったこと」を騒ぎ立てるのではなく、秋葉市政の総括という本質的な議論に的を絞って欲しかったと思います。また私たちも同じく「YouTubeを使ったこと」を英雄視するのではなく、本当に論じられるべきことに目を向けなくてはいけませんね。

またGeekなページのあきみちさんも、この件についてコメントされています:

広島市長不出馬宣言とUstream (Geekなページ)

確かに、広島市のWebサイトにそのようなページがあります。

そこを見ると、記者会見でのやり取りをテキストにしたものと、記者会見の様子を撮影した動画がWMV形式で公開されています。 今までも記者会見の様子は公開されていたけど、多くの人が一次ソースが存在していることを知らなかったり、見てなかっただけかも知れません。

ということで「YouTubeのおかげで今まで秘密のベールに隠されていた物が白日の下に晒されるようになった!」という解釈は、あまり正しくなさそうです。 実際のところは「YouTubeという媒体を使ったことで、広島市長の不出馬宣言のニュース性が上昇した」という感じなのかも知れないと思った今日この頃でした。

【○年前の今日の記事】

マイナス思考な炊飯器 (2009年1月7日)
Twitter、日本語版はデジタルガレージから (2008年1月7日)
自己表現としてのメールアドレス (2007年1月7日)

アキヒト

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小林啓倫

小林啓倫

株式会社日立コンサルティングの経営コンサルタント。WEBサービスの企画・運営、新規事業の立案などに携わる。個人でPOLAR BEAR BLOGも執筆中。

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