【書評】電話を舞台にハッカーの存在意義を考える一冊"Exploding the Phone"
海外のテック系サイトで話題になっていた"Exploding the Phone: The Untold Story of the Teenagers and Outlaws Who Hacked Ma Bell"を読んでみました。Phone Phreaking、つまり電話(正確に言えば電話システム)をハッキングして無料で通話したり、セキュリティが確保されている回線にアクセスしたりする行為の歴史(特にアナログ電話システムの時代)を追った本なのですが、評判になるのも納得の面白さ。「電話ハッキング?何その古臭い話」とあなどるなかれ。現代におけるハッカーや、テクノロジー全般、そしてアップルに興味のある方などにぜひ読んでみて欲しい一冊です。
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なぜここでアップルが登場するのか?ジョブズやウォズ(スティーブ・ウォズニアック)に興味があるという方ならご存知だと思いますが、実は彼らはコンピュータの製作を始める前に、「ブルーボックス」と呼ばれる装置の製作を行っていました。このブルーボックスというのが、電話システムをハッキングして、電話をタダがけしてしまうための装置。ウォズが学生時代、たまたま手に取ったエスクァイア誌にブルーボックス(そしてそれを発明し、駆使するハッカーたち)の記事が掲載されていたことで、彼とジョブズは電話ハッキングの世界に没頭。そこから始まった2人の関係が、アップル設立へとつながっていったのでした。
これは大げさでもなんでもなく、ジョブズは実際に「ブルーボックスがなかったらアップルも誕生していなかっただろう」と発言したことがあり、ウォズニアックも本書のまえがきで(そう、本書のまえがきをウォズが書いているのです!)その発言に同意しています。ウォズにとってもブルーボックスを製作し、電話という巨大なシステムを探求することは、非常に貴重な体験だったのだとか。ちなみに彼らが手掛けたブルーボックスは、当然のようにデザイン面でも凝った作りになっていたそうです(笑)。
こんな風に電話ハッキングの世界に魅了されたのは、もちろんウォズやジョブズだけではありません。自分の目の前にあるシステムがどんなものなのか、何ができるのか、そして自分はそれにどんな影響を与えることができるのか。こうした純粋な好奇心や探究心から、多くの「電話ハッカー」が生まれ、特に若者たちを中心に様々なハッキング行為が模索されていったことを本書は解説します。しかしこれも当然のことながら、電話をタダでかけられるというのは電話会社にとっては面白い話ではありません。その意図が何であれ、電話ハッキングは電話会社(特に本書の主な舞台となる1960年代前後に独占企業だったAT&T)にとって絶対に許されないものであり、様々な手段を使ってそれを止めさせようとします。この辺のハックする側とされる側の攻防も、本書の魅力のひとつでしょう。
しかしなぜ、巨大な独占企業がつくり上げた「電話」というシステムを、多くの若者が個人の力で出し抜くことができたのでしょうか。専門的な話も入ってきますので、詳しくは本書をお読み頂きたいのですが、その理由の中には電話以外のテクノロジーについても当てはまるものが数多く登場します。
例えば本書に何度も登場する言葉に「2600ヘルツ」があるのですが、これは電話をかける際にシステムの認証用に使われていたシグナルの周波数で、この音を各種のツール(そのひとつが前述のブルーボックス)で発して通話口から「入力」することで、様々なハッキング行為へとつなげることが可能でした。よく考えてみれば、内部処理用に使われるシグナルをユーザーの音声を載せる回線で流すこと自体がおかしいのですが、この方法は電話システムが長い時間をかけて発展・展開されるなかで、安価な妥協策(内部処理用の回線をもう一本引く必要がない)として使い続けられてきたとのこと。そして電話会社が2600ヘルツを使ったハッキング行為に気づいた時には、それを根本的に防止可能な形へとシステムを入れ替えるには膨大なコストがかかる状態になっていた――というわけです。何らかのシステム開発に携わっている方であれば、この話、他人事とは思えないのではないでしょうか。
またこんな話も登場します。ある技術雑誌に掲載されていた論文(当時の電話システムの構造を解説したもの)を読んで、まったく外部の人物であった若者が脆弱性に気づき、それを利用するハッキング行為を発明したとのこと。論文を書いた技術者自身は、そのような欠点があることにまったく気づかなかったのだとか。さらにはあるハッキング行為を紹介された技術者が、「システム上そんなことは不可能だ」と決めつけ、脆弱性の存在を認めなかったなどという話も。電話というシステムをテーマにしつつも、そこで繰り広げられるハッカーと技術者の関係性からは、普遍的なアドバイスを感じ取ることができると思います。
こうしてアナログ電話システム時代に花開いた電話ハッキングという世界ですが、デジタルシステムの導入によるセキュリティ強化、さらに取り締まりの徹底などによって、次第に下火になってゆくこととなります。しかしその終焉を決定づけたのは、「コンピュータの登場」であると著者のPhil Lapsleyは説きます。AT&Tという巨大権力に挑戦するという義勇心、犯罪に利用してやろうという悪意なども電話ハッキングを後押しした要因でしたが、何よりもその出発点となっていたのは、前述のような純粋な好奇心や探究心でした。そして新たに登場したコンピュータという存在は、そんな心を満たすのに十分な(そして合法的な)世界を提供することになったわけですね。多くの電話ハッカーたちが活躍の場をコンピュータ・ハッキングへと移し、その代表的な存在がウォズとジョブズであることを本書は描いています。
その意味では、電話ハッキングはコンピュータ・ハッキングという世界を生み出し、さらにはアップルのような企業を生み出す原動力となったと言えるでしょう。確かに電話ハッカーたちが行ったのは結果的には非合法な行為だったかもしれないが、彼らの存在は社会から排除されるべきなのだろうか?と本書は問いかけます。好奇心を抱き、探究し、ちょっとした工夫からイノベーションを生み出す。そんなハッカーの姿勢は、様々な場面において価値をもたらしてくれるはずです。そのためには技術と社会、そしてハッカーたちがどのような関係であるべきなのか――電話というアナログな存在を舞台としつつ、より大きなテーマを感じさせてくれる一冊でした。
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