オルタナティブ・ブログ > シロクマ日報 >

決して最先端ではない、けれど日常生活で人びとの役に立っているIT技術を探していきます。

【書評】クチコミを引き起こす要因を考える一冊"Contagious"

»

ソーシャルメディア全盛の時代となり、クチコミを起こすのはずいぶん簡単になった、と思われる方も多いのではないでしょうか。確かに毎日のように「ネットで話題のビデオ!」「話題の記事!」「ブログ炎上!」のようなニュースを目にしていると、面白いものさえあれば放っておいても拡散してゆくような印象を受けるかもしれません。しかしクチコミを専門的に研究しているケラー・フェイ・グループの調査によれば、クチコミ全体の中でネット経由のものはわずか7%であり、大部分(91%)は対面や電話越しに伝わってゆくのだとか。これが正しいとすれば、何がクチコミを起こすのかを考えるためには、ネットだけでなく現実世界での人間の行動を理解する必要があります。本書"Contagious: Why Things Catch On"は、分かったようでよく分かっていない「なぜクチコミが起きるのか」をテーマにした一冊です。

CONTAGIOUS CONTAGIOUS
JONAH BERGER

SIMON & SCHUSTER 2013-03-05
売り上げランキング : 50898

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

Contagiousは英語で「伝染する、伝染性の」といった意味の単語。まさに病気が伝染するかのごとく、人から人へと伝わってゆくクチコミの特徴を考察しています(ちなみに先ほど引用した調査も本書で紹介されていたもの)。著者のジョナ・ベルガー氏は、ウォートン・ビジネススクールでマーケティングの准教授として教鞭を執っている人物。クチコミを研究テーマとしていて、これまでも様々な論文や記事を発表しています。実は以前翻訳させていただいた『ウェブはグループで進化する』にも、こんな箇所がありました:

 例えばジョナ・ベルガーとキャサリン・ミルクマンがこんな調査を行っている。彼らはニューヨークタイムズ紙のウェブサイトに掲載された7500件の記事(6カ月分)を対象に、その中でどのような内容の記事がメールで転送されたのかを分析した。「他人にとって耳寄りな事実を含む記事、例えばダイエットや新製品といった内容のものが最も共有されているだろう」というのが彼らの予想だったが、実際に共有されていたのは、感情を刺激するような内容の記事だった。その中には「尊敬」のように肯定的な感情を抱かせるものもあれば、「怒り」や「不安」などの否定的感情を抱かせるものも含まれていた。しかしそれほど心が沸き立つことのない感情、例えば「悲しみ」などの場
合には、それが共有の引き金になることはなかった。

 共有されやすいコンテンツは、内容が肯定的なものや有益な情報を含むもの、驚きを与えるものや面白いもの、もしくは目立つ形で取り上げられているものである。しかしこうした要素よりもっと重要なのが、どれほど感情を刺激する内容であるか、という点なのだ。

他にもいくつかベルガー氏の手による研究結果が引用されているのですが、"Contagious"ではこうした研究の集大成として、「STEPPS」というコンセプトのもとに議論がまとめられています(もちろん上記の研究についても詳しい解説が)。「STEPPS」とはご想像の通り、「クチコミを引き起こす要因」の頭文字をまとめたものなのですが、本文中のまとめを簡単に訳しておくと:

  • Social currency(ソーシャルカレンシー|社会的通貨)~人はよく見られたいがために情報を共有する。
  • Triggers(トリガー)~頭に浮かぶもの(周囲にある「トリガー」が思い出させる情報)は口にも上りやすい。
  • Emotion(感情)~人は気になるものを共有する。
  • Public(パブリック)~目に触れるものは共有されやすい。
  • Practical value(実用的価値)~「使える情報」は共有されやすい。
  • Stories(物語)~情報は物語の形で伝えられる。

こんな感じになります。で、クチコミを起こしたければこれらの要因が含まれるように注意しよう、というわけですね。こうしてまとめると基本的なポイントばかりに感じられるかもしれませんが(実際基本的な内容なのですが)、具体的な実験を通じて人間の心理を見せられると、よく聞く話でも表面的な理解に留まっていたことに気づかされます。

例えばネット上で書評を書いたり(この記事がまさにそうですが)、レビューサイトにレビューを投稿したりといったことが普通に行われるようになりましたが、悪い評判を書かれると売上に影響が出ると思うかもしれません。しかし実際に本を対象に調査を行ってみると、知名度の低い著者の場合、ネガティブなレビューであっても平均で45パーセントも売上をアップさせる効果があったのだとか。どんな形であっても言及され、人々の頭の中で思い出させるきっかけを与えることで、それが話題の拡散=売上アップのチャンスにつながると。まさに「悪評も評」といったところでしょうか。

また万人受けするようなコンテンツよりも、ニッチな興味や社会グループに絞ったコンテンツの方が実はシェアされやすいのだとか。これは人間が持つ「あの人に教えてあげよう」という自然な気持ちを刺激するためには、誰もが興味を持つような話=具体的な人物のカオが浮かばないような話よりも、「これはあの人が好きそうだよな」という方が望ましいからという解説が行われています。

このように、「面白いから話題になったのだろう」といった程度の分析ではなく、興味深い事例と共に解説をしてくれるのが本書の売りでしょう。単純に心理学系の読み物としても楽しめる一冊だと思います。しかしマーケティングの先生らしく、単にクチコミが起きて良かったねで終わるのではなく、「そのクチコミって本当に何らかの目標を達成できたの?」という領域まで踏み込んでいるのもポイント。例えば2004年のアテネオリンピックで、オンラインカジノの宣伝用スタントマンが飛び込み競技に乱入するという事件が起きたものの、話題作りに成功する一方でセールスには結びつかなかったという事例などが紹介されています。

アドバイスも実践的で、軽い気持ちで読める実践書といったところでしょうか。Amazon.comでも売上好調のようですし、この種の本の中では、手にとって損はない一冊だと思います。

【○年前の今日の記事】

ビッグデータ選挙の時代 (2012年3月29日)
デジカメにもiPodを (2007年3月29日)
「試着室」を工夫する (2006年3月29日)

Comment(0)