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ヒューマノイド商用化が引き金となる次世代電池革命

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市場調査会社TrendForceは2026年1月28日、ヒューマノイドロボット向けの電池需要に関する最新の予測を発表しました。

Humanoid Robots Move Toward Commercialization; Solid-State Batteries Set to Break Through Power Bottlenecks, Says TrendForce

この調査は、2026年を「ヒューマノイドロボット商用化の元年」と位置づけ、その動力源として全固体電池(Solid-State Battery)が決定的な役割を果たす可能性を示唆しています。具体的には、全固体電池の需要が2035年には74GWhに達すると予測されており、これは2026年の水準と比較して1,000倍以上という驚異的な伸びを示しています。

AI技術の進化により、ロボットの「頭脳」は飛躍的に向上しました。一方で、その身体を長時間稼働させるための「心臓部」、すなわちエネルギー供給の問題が、実用化に向けた最大のボトルネックとして浮上しています。本調査が明らかにしたのは、単なる電池市場の拡大予測ではなく、ロボット産業が直面するエネルギー密度の限界と、それを突破するための技術的転換点の到来です。

今回は、急拡大する市場の背景、既存のリチウムイオン電池が抱える物理的限界、そして全固体電池がもたらす産業構造の転換について、今後の展望とともに取り上げたいと思います。

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ヒューマノイド市場の急伸と「労働力」としての定義

TrendForceの予測では、2026年の世界のヒューマノイドロボット出荷台数は5万台を超え、前年比で700%以上の成長が見込まれています。この数値は、ロボットが研究開発やデモンストレーションの段階を脱し、実社会での稼働を開始するフェーズに入ったことを意味します。これまで、製造現場や物流倉庫における「特定のタスク」をこなす専用ロボットは普及していましたが、汎用的な人型ロボットが社会に浸透するには、コストと性能のバランスが課題でした。

現在、この初期段階の需要を支えているのは、主に高ニッケル三元系リチウム電池(NMC/NCA)です。エネルギー密度が高く、一定のパフォーマンスを発揮できるため、Teslaの「Optimus Gen2」などの主要モデルで採用されています。一方で、より安価なリン酸鉄リチウム(LFP)電池は、高い耐久性が求められないサービスロボットなどで採用が進んでいます。このように、用途に応じた電池の使い分けが進んでいるのが現状です。

ここでの重要な視点は、ロボットが「ガジェット」から「労働力」へと定義が変わろうとしている点です。5万台という数字は、単なる機械の出荷数ではなく、将来的に人間の労働を代替、あるいは補完する「労働人口」が新たに供給されることと同義と捉えられます。したがって、その動力源となる電池の性能は、そのまま労働生産性に直結することになります。

「2時間の壁」が阻む実用化への道のり

ヒューマノイドロボットが真の労働力として機能するために立ちはだかる最大の障壁は、稼働時間の短さです。TrendForceの調査では、現在の主要なヒューマノイドロボットの稼働時間は2時間から4時間程度にとどまっています。例えば、Unitree社の「H1」は0.864kWhのバッテリーを搭載していますが、静的動作でも4時間未満の稼働です。Teslaの「Optimus Gen2」であっても、2.3kWhのバッテリーで約2時間の動的稼働が限界とされています。

人間社会の労働シフトは一般的に8時間が基準です。2時間しか稼働できないロボットは、頻繁な充電を必要とし、そのたびに業務が中断されます。これでは、連続性が求められる物流や警備、介護といった現場での実用性は限定的にならざるを得ません。ロボットの筐体サイズは人間に似せて作られているため、電気自動車(EV)のようにバッテリー搭載スペースを無尽蔵に広げることは物理的に不可能です。限られた容積の中で、いかに多くのエネルギーを詰め込むかが死活問題となります。

現在のリチウムイオン電池技術の延長線上では、この「2時間の壁」を突破し、人間と同様のシフトで働けるレベルに到達することは困難な状況です。AIがどれほど高度な判断を下せるようになっても、身体が動かなければその価値は発揮されません。エネルギー密度の向上が、AIの進化に追いついていない現状が、ロボット産業の隠れた停滞要因となっていると考えられます。

稼働時間を確保するための「交換」か「密度」か

この稼働時間不足という課題に対し、業界では大きく二つのアプローチが模索されています。一つは運用面での解決策である「バッテリー交換方式(ホットスワップ)」、もう一つは技術面での解決策である「全固体電池の採用」です。Agility Roboticsの「Digit」やApptronikの「Apollo」といったモデルは、バッテリーを容易に交換できる設計を採用しており、再起動することなく24時間体制に近い連続稼働を可能にしようとしています。これは、現状の技術レベルで即応できる現実的な解といえます。

一方で、Xpengの「IRON」やGACの「GoMate」などは、全固体電池を採用することで、基礎的な稼働時間を延長する方向性を打ち出しています。交換方式はインフラ整備や交換作業の手間(あるいは自動交換システムの導入)が必要となりますが、全固体電池による高密度化は、ロボット単体の性能を底上げし、自律性を高めるアプローチです。

どちらのアプローチが覇権を握るかは、用途によって異なりますが、長期的には「密度」の向上が本質的な解決策となります。交換の手間が不要で、かつ長時間稼働できるロボットこそが、真の意味で自律的な労働力となり得るからです。TrendForceが全固体電池の需要急増を予測している背景には、運用上の工夫だけでは限界が訪れるという見立てが含まれていると推察されます。

全固体電池がもたらす「安全性」と「共存」の価値

全固体電池がヒューマノイドロボットにとって重要となる理由は、エネルギー密度だけではありません。「安全性」という観点も、極めて重要となります。ヒューマノイドロボットは、工場内の柵で囲まれたエリアではなく、家庭やオフィス、店舗など、人間の生活空間そのものに入り込んで活動します。従来のリチウムイオン電池で使用される液体電解質は可燃性であり、転倒や衝突のリスクが常にあるロボットにおいて、発火事故の懸念は無視できません。

全固体電池は、固体電解質を使用するため発火のリスクが極めて低く、高い安全性を誇ります。人間と至近距離で活動するロボットにとって、この特性は必須条件に近いものとなります。また、全固体電池は高出力放電(ハイレート放電)にも優れており、歩行や重量物の運搬といった、瞬発的なパワーが求められる動作にも適しています。

このように、全固体電池は「長時間稼働」「省スペース」「安全性」「高出力」という、ヒューマノイドロボットに求められる全ての要件を高次元で満たす技術です。自動車産業における全固体電池の導入も進んでいますが、コスト許容性が高く、かつ安全性がよりシビアに求められるロボット産業こそが、この次世代電池の初期市場を牽引するドライバーになることが期待されます。

設計の不確実性と未来への投資

明るい展望の一方で、課題も残されています。TrendForceは、ロボットの関節設計や機械構造、AIコンピューティングといったコア技術がいまだ進化の途上にあり、電池に対する仕様が定まっていないことを指摘しています。ロボットメーカーは現在、まずは「何ができるか」というアプリケーションの探索に注力しており、長時間稼働のための最適化は二の次となっている状況です。そのため、電池メーカー側も、どのような形状や容量の電池を量産すべきか、明確な指針を持ちにくい状況にあります。

しかし、この不確実性は、市場が成熟する前の「生みの苦しみ」ともいえます。アプリケーションが明確になり、ロボットが特定の業務で必須の存在となれば、必然的に「8時間稼働」や「絶対的な安全性」が要求仕様として固定されます。その時、全固体電池の技術を持っているかどうかが、ロボットメーカーおよび電池メーカーの競争力を決定づけることになります。

現在は、スケーラブルな適用シナリオを見つける段階ですが、2026年以降の商用化フェーズでは、エネルギー効率と持続性が差別化の核心となります。全固体電池のコストダウンと技術成熟が進むにつれ、ロボットの設計思想そのものが、電池の進化に合わせて最適化されていくと考えられます。これは、かつてスマートフォンの形状がバッテリーの進化と共に薄型化・大画面化した歴史と重なる動きとなるでしょう。

今後の展望:エネルギーと知能の融合が拓く新時代

TrendForceが示す2035年に74GWhという需要予測は、ヒューマノイドロボットが社会インフラの一部として定着している未来を示唆しています。今後の焦点は、AIの「知能」の進化だけでなく、それを支える「身体性」と「エネルギー」の整合性に移ります。全固体電池の実用化は、ロボットが充電ステーションの呪縛から解放され、真に自律して社会活動に参加するための必須条件となります。

企業には、ロボットの動作性能だけでなく、そのエネルギーシステムの持続可能性に注目することが求められます。短期的にはバッテリー交換技術などの過渡的なソリューションが市場を支えますが、中長期的には全固体電池技術をいち早く取り込み、製品化したプレイヤーが市場の主導権を握る可能性があるでしょう。

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