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2026年IT投資予測:ソフトウェアの時代が終わり、ハードウェアが復権する

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米国の調査会社フォレスター・リサーチは2026年2月2日、世界のテクノロジー支出に関する最新の予測を発表しました。

Forrester: Global Technology Spend Will Grow By 7.8% In 2026 To Reach $5.6 Trillion

同社の報告によると、2026年の世界の技術投資額は前年比7.8%増の5兆6,000億ドル(約800兆円以上)に達する見込みとしています。この発表が行われた背景には、米国による関税政策や地政学的な緊張が高まる中にあっても、企業や政府による投資意欲が衰えていないという世界的な潮流があります。

今回の調査で浮き彫りになったのは、関税や貿易摩擦といったマクロ経済の逆風さえも、AI(人工知能)を中心とした技術革新の波を止めるには至らないという現状です。むしろ、防衛、金融、医療といった重要インフラを担うセクターにおいて、複雑化する課題への対処や競争力維持のために、技術投資が「選択」ではなく「生存要件」へと変化している様子がうかがえます。

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今回は、この強気な予測が示す世界経済の構造変化、ソフトウェアからハードウェアへと回帰する投資トレンド、そして各国が展開する国家戦略と企業への影響について詳細に分析します。その上で、今後の技術投資が社会やビジネス環境にどのような変革をもたらすのか、その展望について取り上げたいと思います。

関税障壁を越える技術投資の構造的要因

フォレスターの予測で注視すべき点は、米国による関税強化という保護主義的な動きがあるにもかかわらず、北米、アジア太平洋、欧州の全地域で技術支出の増加が見込まれていることです。北米では9%増の2兆2,800億ドル、アジア太平洋では7.9%増の1兆1,000億ドル、欧州でも6.3%増の1兆7,500億ドルに達すると予測されています。通常、貿易障壁は経済活動を停滞させると考えられますが、現在の技術投資は従来の経済サイクルとは異なる力学で動いていると考えられます。

この現象は、テクノロジーが単なる業務効率化のツールから、国家や企業の「安全保障」そのものへと位置づけが変わったことを示唆しています。関税によるコスト増を甘受してでも、AI基盤やクラウドセキュリティへの投資を優先せざるを得ない状況です。これは、技術力が経済的な競争力だけでなく、地政学的な自律性を担保するための必須条件となっているためと推察されます。経済合理性を超えた「戦略的不可欠性」が、世界的な支出増を牽引しているといえるでしょう。

ソフトウェア至上主義からの転換と「ハードウェアの復権」

過去10年、IT業界では「ソフトウェアが世界を飲み込む」という言葉に代表されるように、ソフトウェアへの投資が主役でした。ところが、今回の予測データは新たな潮流を示しています。2026年にはコンピュータ機器への支出が16.8%増加するとされており、これはAIサーバーへの需要急増に起因します。さらに重要な指標として、2030年までにはコンピュータ機器支出の80%以上が、AIに特化したコンピュータ(AIサーバー等)によって占められる見通しです。2024年時点の43%と比較すると、その構造変化の激しさが理解できます。

これは、クラウド上の仮想的なリソースがあれば十分とされた時代から、高度なAIモデルを駆動するための物理的な計算能力(コンピュート・パワー)を確保する時代への回帰を意味します。ソフトウェアの進化がハードウェアの物理的限界に挑戦し、その結果としてハードウェアへの投資が再加速する「物理層の復権」が起きています。企業は、アルゴリズムの優劣だけでなく、それを稼働させるためのインフラ保有能力によって選別されるフェーズに入ったと考えられます。

複雑性とリスクが加速させる重要インフラへのAI実装

産業別の投資動向を見ると、防衛、金融サービス、ヘルスケア、小売といったセクターがAI投資を牽引しています。これらの業界に共通するのは、扱うデータの「機密性」、業務の「複雑性」、そして失敗が許されない「高リスク」な環境であるという点です。例えば、銀行や保険会社は経済見通しが不透明な中でも、サイバーセキュリティやデータガバナンス強化のためにAI投資を継続するとされています。また、ヘルスケア分野では、データストレージやセキュリティハードウェアへの支出が増加傾向にあります。

ここで見逃せない視点は、AIが「攻め」のツールとしてだけでなく、複雑化する社会システムを維持・管理するための「守り」のツールとして不可欠になっていることです。人間の認知能力を超えたサイバー攻撃や、膨大な規制対応、複雑なサプライチェーン管理といった課題に対し、AIを用いなければ対応不可能な領域が拡大しています。つまり、これらのセクターにおける技術支出の増加は、成長戦略であると同時に、複雑性というリスクに対する防衛コストとしての側面が色濃く反映されている状況です。

国家戦略と連動するグローバルな技術覇権争い

技術支出の増大は、企業の個別判断を超え、国家戦略と密接にリンクしています。米国でのAI研究投資が1,090億ドルを超える一方で、中国も2025年にAI支出目標を980億ドルに引き上げるなど、米中間の競争は熾烈さを増しています。また、インドはAIクラウドの導入やグローバル能力センター(GCC)の拡大により、2026年に二桁のIT支出成長を目指しています。ドイツでもICT労働力の増加が経済成長を後押しすると予測されており、各国が独自の強みを活かした戦略を展開しています。

こで注目されるのは、技術投資の質的な違いです。米国や中国が最先端のモデル開発やインフラ構築に巨額を投じる一方、インドやドイツは「実装能力」や「人材基盤」の強化に重きを置いています。フォレスターの分析にもある通り、関税や貿易戦争の影響を管理するためには、単に技術を買うだけでなく、AIを生産性に転換できる「AI主導型の人材」を育成することが重要となります。技術支出の多寡だけでなく、その技術を使いこなすための組織能力や人的資本への投資が、最終的な勝敗を分ける要因になると考えられます。

「AIリテラシー」が投資対効果を決定づける

技術への支出額が増える一方で、その投資が実を結ぶかどうかは、組織内の「AIリテラシー」にかかっています。ヘルスケア分野でのAIリテラシートレーニングへの支出増加が示唆するように、高度なハードウェアやソフトウェアを導入しても、それを運用する人間の能力が追いつかなければ、投資は無駄になりかねません。2026年の技術市場においては、AIサーバーという「箱」への投資と並行して、データガバナンスやAI倫理、プロンプトエンジニアリングといった「知」への投資がバランスよく行われる必要があります。

クラウドとAIがソフトウェア市場全体の2倍の速度で成長し、ソフトウェア市場全体も11.5%の成長が見込まれる中、企業は「技術を導入すること」から「技術と共存する組織を作ること」へと焦点を移すことが求められています。技術支出の増加は、単なるベンダーへの支払い増ではなく、企業文化や業務プロセスの根本的な書き換えを伴う変革への投資であると捉え直すことが必要となります。

今後の展望

2026年に向けて予測される5兆6,000億ドルという技術支出は、世界経済がデジタル変革の次のステージ、すなわち「AIネイティブ」な社会基盤の構築フェーズに突入したことを示しています。関税や地政学的な分断という制約条件がありながらも、技術への投資が加速するという事実は、テクノロジーが国家や企業の存続基盤そのものになったことを意味します。

今後は、単にAIツールを導入する段階を終え、AIを前提としたハードウェアインフラの再構築と、それを制御する高度な人材育成が同時進行で進むと考えられます。企業においては、外部環境の不確実性を技術力で突破する「テック・レジリエンス(技術的強靭性)」の獲得が経営の最優先事項となるでしょう。

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