オルタナティブ・ブログ > 『ビジネス2.0』の視点 >

ICT、クラウドコンピューティングをビジネスそして日本の力に!

AIと地政学が書き換える海底ケーブルの行方

»

ロンドンに拠点を置く技術調査会社Omdiaは、2026年2月3日、海底光エレクトロニクス市場に関する最新の調査結果を発表しました。2025年第3四半期の市場規模は前四半期比で32.5%増となる3億3,700万ドル(約500億円)に達しており、AIインフラ構築のスーパーサイクルが海底ネットワーク機器の刷新を強力に牽引している状況が明らかになっています。

Omdia: Subsea Optoelectronics Market Grows 32.5% in 3Q25 as PTC'26 Showcases Shift to Mesh Networks

この発表と同時期に開催された通信業界の重要会議「PTC'26」では、従来の効率性を重視した接続モデルから、地政学的なリスクに対応する「メッシュネットワーク」への構造転換が主要な議題として浮上しました。AI時代のデータ通信は、単なる容量の拡大だけでなく、途切れることのない堅牢性が求められています。

今回は、市場急成長の背景にあるAI需要、GoogleやMetaが推進する新たな海洋ネットワーク構想、そして、デジタルインフラが直面する地政学的課題と今後の展望について取り上げたいと思います。

スクリーンショット 2026-02-11 9.51.27.png

AIスーパーサイクルがもたらす海底インフラの爆発的成長

Omdiaが示したデータは、海底ケーブル市場における特異な成長軌道を示しています。2025年第2四半期から第3四半期にかけての32.5%という急激な市場拡大は、通常の需要サイクルでは説明がつきません。背景にあるのは、世界規模で進行するAIデータセンターの建設ラッシュと、それらを相互接続するための帯域幅への渇望です。生成AIモデルのトレーニングや推論処理には、大陸間をまたぐ膨大なデータ転送が必要となります。

これに伴い、海底光エレクトロニクス機器への投資が加速しています。グラフが示す右肩上がりの数値は、既存のケーブル容量を最大限に引き出すための末端装置(SLTEなど)への支出が急増している状況を示唆しています。Omdiaのトランスポートネットワーク担当リサーチディレクター、イアン・レッドパス氏は、2026年もこの傾向が続くと予測しており、多くの新設ケーブルが完成を迎えることで、グローバルAIネットワークの基盤が整うとしています。AIという新たな知能インフラが、物理層である海底ケーブルの在り方を根本から変えようとしています。

スクリーンショット 2026-02-05 20.32.07.png

出典:Omdia 2026.2

「点と点」から「面」へ:地政学リスクが促すアーキテクチャの転換

これまで海底ケーブルの設計思想は、経済合理性と物理的な効率性が最優先されてきました。大容量のデータを最短距離で結ぶ「ポイント・ツー・ポイント(地点間接続)」方式は、遅延を最小化し、建設コストを抑制できるため、長らく業界の標準とされてきました。しかし、PTC'26で議論された内容は、この常識が過去のものとなりつつある状況を浮き彫りにしています。

国際情勢の不安定化や紛争リスクの高まりを受け、通信インフラには「切断されないこと」が何よりも重要となります。従来の一直線のケーブルは、一箇所でも障害が発生すれば通信が途絶える脆弱性を抱えていました。これに対し、新たな潮流として「メッシュネットワーク」モデルが台頭しています。これは、洋上の複数拠点を網の目のように結ぶことで、障害発生時にも迂回ルートを確保し、ネットワーク全体の生存性を高める設計思想です。効率性よりも、冗長性と回復力が優先される時代へと突入しました。

Googleが描く「太平洋の神経網」:洋上ハブによる自己修復機能

このメッシュネットワーク化を先導しているのがGoogleです。同社は太平洋全域をカバーする巨大なメッシュ構造の構築を進めています。特筆すべきは、ハワイ、グアム、フィジー、フランス領ポリネシアといった島嶼(とうしょ)部を「ミッドオーシャン・ノード(洋上中継点)」として活用する戦略です。これらの中継点を介して、アジア、オーストラリア、北米、南米の4大陸を有機的に結合させています。

Googleの設計は、単なる中継ではありません。洋上ノードに高度なルーティング機能を持たせることで、ある区間で障害が発生した場合でも、即座にトラフィックを別ルートへ迂回させる「自己修復機能」を実現しようとしています。また、インド洋においても「Umoja」や「Dhivaru」といったケーブルを展開し、オーストラリアからアフリカ、そして中東へと至るルートを構築しています。ここでは、クリスマス島やモルディブ、そしてオマーンが重要な結節点として機能し、紅海などの地政学的チョークポイント(要衝)を回避するルート形成が意図されています。

Metaの「Waterworth」:地球規模の迂回ルートという防衛策

一方、Metaもまた、ネットワークの堅牢性を確保するために壮大な構想を打ち出しています。「Waterworth」と名付けられたケーブルプロジェクトは、世界を周回するバックアップルートの確立を目指しています。カリフォルニアから太平洋を越えてオーストラリア・東南アジアへ、さらにインド洋を経てアフリカ、そして大西洋を横断して米国東海岸へと戻るこのルートは、まさに地球を一周する巨大な環状線です。

このプロジェクトの核心は、地域内のトラフィック処理だけではありません。紛争や災害によって寸断されやすい既存の主要ルート、例えばスエズ運河やマラッカ海峡といったチョークポイントが機能不全に陥った際の「生命線」としての役割が期待されます。Metaの戦略は、帯域幅の確保以上に、物理的な遮断リスクに対する保険としての意味合いを色濃く反映しています。企業が自社のサービス継続性を守るため、国家レベルのインフラ戦略と同等の視点で地図を塗り替えようとしている状況です。

デジタル主権と「島の価値」の再定義

これらの動きを深層で捉えると、海底ケーブルはもはや単なる「通信パイプ」ではなく、国家や巨大テック企業の「領土」にも似た戦略的資産へと変貌しています。従来、経済的な価値が低いと見なされることもあった太平洋やインド洋の島々は、デジタルデータの物流拠点として新たな地政学的価値を帯び始めています。島々をノードとして活用する戦略は、海洋そのものを巨大なサーバールームのように扱う発想とも言えます。

メッシュネットワークへの移行は、インターネットが「線」の集合体から、より生物的で柔軟な「面」の構造へと進化していることを示しています。これは、物理的な障害や政治的な分断に対抗するための、インターネット自体の生存本能の発露とも捉えられます。私たちは今、海底という不可視の領域で進行する、デジタルインフラの構造改革と、それに伴うパワーバランスの再編を目撃しています。

今後の展望:レジリエンスが企業の競争力を左右する時代へ

2026年以降、海底ネットワークのメッシュ化は、太平洋やインド洋以外の海域へも波及していくと考えられます。Omdiaの予測通り、AIネットワークの要求を満たすために、より多くのケーブルが敷設され、相互接続性は高まっていくでしょう。この変化は、通信コストの上昇を招く可能性がありますが、それ以上に「接続の確実性」という価値が市場で高く評価されるでしょう。

Comment(0)