AIインフラ市場、2029年に135兆円規模へ爆発的拡大
米IDCは2026年2月5日、世界のAIインフラストラクチャ市場に関する最新の調査結果(Worldwide Quarterly AI Infrastructure Tracker)を発表しました。
AI Infrastructure Spending Reached a Record $86B in Q3 2025, According to IDC
これによると、2025年第3四半期のAIインフラ支出は過去最高となる860億ドル(約13兆円)に達し、年間では3,340億ドル、さらに2029年には9,000億ドル(約135兆円)を超えると予測されています。
この発表が行われた背景には、生成AIブームが一巡し、企業や国家が実用段階としての「社会実装」へ本腰を入れ始めたという文脈が存在します。調査が明らかにしたのは、AIが単なるソフトウェアの領域を超え、サーバー、電力、データセンターといった「物理的なインフラ」の戦いへと移行しているという現実です。なぜ今、AIインフラへの投資額がこれほどまでに急拡大しているのか。それは、競争のルールが「開発」から「運用規模」へと変わったことを意味しています。

今回は、爆発的に拡大する市場規模の実態、米国一強となる地政学的なインフラ格差、そして成長の足かせとなりうる「エネルギー問題」について取り上げたいと思います。
9,000億ドル市場が示す「アクセラレーテッド・コンピューティング」の覇権
IDCのデータが示す2029年の市場規模9,020億ドルという数字は、IT業界の歴史においても類を見ない成長曲線を描いています。ここで重要となる視点は、投資の中身が劇的に変化している点です。「Accelerated(アクセラレーテッド)」と分類される青色の部分が、2024年の1,250億ドルから2029年には8,210億ドルへと、約6.5倍に急拡大すると予測されています。これは、従来型のCPU中心のサーバーではなく、GPUなどを搭載した高速演算サーバーこそが、今後の経済活動の基盤になることを示唆しています。
企業システムにおけるデータベースやWebサーバーといった従来型の用途(Non-Accelerated)の伸びが限定的であるのに対し、AI向けのインフラはもはや「別次元の産業」として確立されたといえます。これは、企業がIT予算を配分する際、既存システムの維持管理よりも、競争力を生み出すAI演算基盤へ資源を集中させていることの表れです。今後、経営資源としての「計算能力(コンピュート・パワー)」の確保が、企業の存続を分ける最大の要因になると考えられます。

出典:IDC 2026.2
「実験」から「社会インフラ」への不可逆的なシフト
2025年第3四半期の記録的な支出増は、AI活用が「PoC(概念実証)」や「パイロット運用」のフェーズを抜け出し、本格的な「マルチイヤー(数年単位)」の拡張期に入ったことを意味します。これまで多くの企業が生成AIの可能性を模索してきましたが、現在はそれを大規模なサービスとして展開するための基盤構築へと舵を切りました。
IDCの分析によると、クラウドおよび共有デプロイメントが市場の86%以上を占めています。これは、AIインフラが水道や電気のような「ユーティリティ」として利用される傾向が強まっていることを示しています。自社で小規模なサーバーを持つのではなく、ハイパースケーラー(巨大IT企業)が提供する大規模な演算リソースに依存する構造が鮮明です。AIモデルの学習(トレーニング)需要に加え、推論(インファレンス)の需要が急拡大していることも、このインフラ投資を押し上げる要因となっています。サービスが稼働し続ける限り、推論のためのインフラ投資は継続的に必要となるからです。
際立つ米国の独走と地政学的なインフラ格差
地域別の投資動向に目を向けると、世界経済のパワーバランスの変化が浮き彫りになります。米国は2025年において世界のAIインフラ支出の約76%を占めると予測されており、2029年に向けてその投資額は7,080億ドル近くまで膨らむと見込まれます。一方で、世界第2位の市場である中国も、輸出規制などの逆風を受けながらも、独自のAIプラットフォームやソブリンAI(主権AI)への投資により、2029年には1,390億ドル規模へ成長すると予測されています。
ここで見逃せないのは、米国とそれ以外の国々との間に横たわる圧倒的な「計算資源の格差」です。日本を含むその他の地域(APeJCや西欧など)も成長していますが、米国の巨大資本による設備投資のスピードと規模には及びません。AIインフラが次世代の産業競争力を決定づけるとするならば、このインフラの偏在は、将来的な経済成長やイノベーションの創出能力における国家間の格差を固定化させる懸念があります。
物理的制約としての「電力」と「サプライチェーン」の壁
AIインフラの拡大には、解決しなければならない重大な課題が立ちはだかっています。それは「電力」と「部品供給」という物理的な制約です。GPUサーバーを大規模に展開するためには、膨大な電力が必要となります。IDCのアナリストも指摘するように、発電能力がGPUサーバー配備の主要なボトルネックとなりつつある状況です。データセンターを建設したくても、必要な電力を確保できなければ稼働させることはできません。
また、メモリやディスクといった主要部品の供給不足や価格高騰もリスク要因として挙げられます。需要が供給を上回る状態が続けば、インフラ調達コストが跳ね上がり、企業の投資計画に影響を及ぼす可能性があります。これからのAI戦略は、単に優秀なAIモデルを採用すればよいという話ではなく、安定した電力とハードウェアをいかに確保するかという、極めて「物理的」かつ「ロジスティクス」な戦略が求められています。エネルギー政策とIT戦略をセットで考えることが不可欠な時代に入ったといえるでしょう。
今後の展望
AIインフラ市場は、2029年に向けて9,000億ドル規模への拡大が確実視されていますが、その質は大きく変化していくと想定されます。これまでの「とにかくGPUを確保する」という初期衝動的な投資から、2026年以降は「投資対効果(ROI)を見据えた最適化」と「エネルギー効率の追求」へとフェーズが移行するでしょう。
企業や政策決定者に求められるのは、AIインフラを単なるIT設備としてではなく、「国家・企業の基本OS」として再定義することです。特に日本企業においては、米国勢のプラットフォームを活用しつつも、データ主権やセキュリティの観点から、自律的な計算基盤をどこのレベルで保持するかという「ハイブリッド戦略」の策定が急務となります。また、電力制約が厳しくなる中で、省電力な推論専用チップの採用や、エッジコンピューティングへの分散も加速すると考えられます。
「計算能力を持つ者が市場を制する」という現実は変わりません。これからの数年は、物理的なインフラ構築力とエネルギー確保力が、ビジネスの勝敗を分ける決定的な要素となるでしょう。