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マルチエージェントが実現する「自律型企業」への進化

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急速に進化するAI技術は、企業のビジネスモデルや業務運営のあり方を大きく変えつつあります。アジア太平洋地域においても、独自のテクノロジー環境や市場特性を背景に、生成AIをさらに発展させたエージェンティックAI(エージェントAI)が注目を集めています。

IDCの調査によると、このエージェンティックAIは従来のAIよりも自律的な意思決定やマルチエージェントによる協調動作などに対応しています。ビジネス側では顧客接点の強化、運用効率の向上、意思決定の高度化などを目指して導入を急いでおり、約70%の企業が今後18か月以内に自社の競争優位性やオペレーションモデルに影響をもたらすと考えています。

こうした動向から、エージェンティックAIの活用は事業成長と競争力強化の両面で重要です。IDCの調査レポートをもとに今回はエージェンティックAIについて取り上げたいと思います。

IDC: Around 70% of Asia/Pacific Organizations Expect Agentic AI to Disrupt Business Models Within the Next 18 months

エージェンティックAI市場拡大の背景

エージェンティックAIとは、従来の生成AIをさらに発展させ、意思決定やタスク遂行を自律的に行う仕組みを備えた新しいAIの形態を指します。複数のAIエージェントが相互に連携しながら、指定された目的に応じて複雑な課題に取り組むため、高度な自動化や柔軟なタスク管理が期待されています。

具体的には、個別のタスク処理にとどまらず、複数のプロセスや業務フローを統合的に理解し、必要に応じて別のエージェントを呼び出して協力し合うような「マルチエージェントシステム」が注目を浴びています。

このような進化の背景には、生成AIが実用段階に入ったことで、より大規模な言語モデルやマルチモーダルデータに対応できる環境が整ったことがあります。単一のモデルが一括して推論を行うのではなく、適切な「エージェント」を選択し、タスクを分担・調整することで、ビジネス上の複雑なニーズへも対応が可能になります。さらに、プロンプトエンジニアリングやシステム連携などの高度化により、エージェンティックAIは企業システムへ組み込みやすくなっています。

IDCの調査によると、エージェンティックAIが企業にもたらす影響は大きく、すでに限定的ながら導入を進める先行企業も存在しているといいます。成長が加速する一方で、導入企業は安易な実装から離れ、全社的な運用効率やセキュリティ要件をいかに満たすかという段階へと移行している段階としています。

この変化を支えるのは、データパイプラインの柔軟化やオーケストレーション基盤の整備といったインフラ面の成熟であり、それがエージェンティックAIの拡大を促す原動力になっているといいます。

エージェンティックAIがビジネスにもたらすインパクト

エージェンティックAIはさまざまな分野で大きなインパクトをもたらすとされています。

まず、顧客エンゲージメントの高度化が挙げられます。多くの企業ではコールセンターやカスタマーサポートにおいて、従来からチャットボットやFAQシステムが活用されてきましたが、エージェンティックAIはより動的かつ深い対話が可能になります。状況に応じて別のエージェントが割り込んでくることで、たとえば複雑な問い合わせにも人間のオペレーターを待たずに対応し、顧客満足度を高める効果が期待されます。

さらに、IT運用(ITOps)研究開発の分野でも導入が進むとされています。ITOpsではシステム稼働状況の監視、インシデントの原因究明、予防保守といったプロセスを複数のAIエージェントが分担し、状況に応じて協調することで、運用コストを削減しながらトラブルシュートの時間を短縮できます。一方、研究開発においては既存の知見と新しいデータソースを自動的に組み合わせ、仮説の立案やシミュレーションの実行をスピーディーに行うための基盤として期待されています。

エージェンティックAIの導入は業務全般における効率化だけでなく、新たなサービス創出や差別化にもつながります。単なる生成AIとは違い、意思決定を含む高度なプロセスを担当できるため、人間の専門家が行うべき判断やクリエイティブワークをサポートしながら、反復的な作業を自動化する仕組みを構築できる点が大きなメリットとなります。

エージェンティックAIにはセキュリティなどの課題も

一方で、エージェンティックAIの採用を進めるうえでは、解決すべき課題や懸念点が存在します。その最たるものがセキュリティとガバナンスです。複数のエージェントが連携しながら膨大なデータを扱うため、データ漏えいや不正アクセスが起きるリスクが高まります。各エージェントがどのデータにアクセスし、どのような形で外部システムと連携しているのかを追跡可能にするフレームワークの整備は不可欠です。説明可能性(Explainability)の面でも、複数のAIエージェントが絡むことで意思決定のプロセスが複雑化し、規制やコンプライアンス対応が難しくなる可能性があります。

また、人材面の課題もあります。エージェンティックAIを活用するためには、AIモデルやインフラを管理できるエンジニアだけでなく、業務プロセスを正しく理解し、新たなワークフローを設計できる人材が求められています。さらに、導入コストや運用コストも大きな壁になるでしょう。企業が初期投資を行ってシステムを構築しても、それがビジネス成果につながるまでには時間と試行錯誤が必要です。その間のリスクをどのように抑え、経営陣の理解を得るかが導入成功のカギとなります。

IDCの調査からは、エージェンティックAIが与えるインパクトについて多くの企業が高い期待を寄せる一方で、導入をためらう背景にはこうした課題があることが示唆されます。

すでに自社事業を大きく変革するフェーズに入った企業は全体の5%にとどまりますが、今後18か月以内に「顕著な影響がある」と考える企業は約21.4%に上ります。さらに「中程度の影響」を予測する回答が43.5%に達しており、多くの企業がインパクトを意識しつつ、課題を乗り越えられるかどうか慎重に見極めている状況です。

出典:IDC 2025.3

エージェンティックAIにおける業界動向と導入事例

エージェンティックAIの導入動向を見てみると、まず顧客領域での実装が先行しているようです。チャットボットでは満足できない深い対応を求める顧客が増えており、単純な質問や手続き案内にとどまらず、状況判断や感情的な側面へのケアが必要とされています。エージェンティックAIはマルチモーダルなデータを処理し、テキストや音声、画像を組み合わせて最適な応対を行うことで、顧客の体感価値を向上させる取り組みを実現することができます。

また、IT運用(ITOps)の分野では、複雑化するシステムアーキテクチャに対応するために導入が進んでいます。たとえばある大手通信事業者では、複数のAIエージェントがサーバのログをリアルタイムで監視し、異常値が検出されると関連する別のエージェントが原因分析を開始し、必要に応じてヒューマンオペレーターにエスカレーションする仕組みを構築しました。これにより、システム障害の発生率や対応時間を大幅に削減でき、結果的にサービス品質の向上につなげています。

研究開発でも高度な知的支援が行える点に注目が集まっています。膨大な文献やデータセットを瞬時に分析し、有望な研究テーマの仮説構築や実験プロトコルの提案まで自動化する事例が増えています。特許情報や学術論文を横断的に参照しながら、複数のエージェントがそれぞれの専門領域に特化した分析を担当することで、従来は研究者が手動で行っていた調査時間を大幅に短縮する効果が得られます。

こうした動きは、イノベーションサイクルをさらに高速化し、新しいビジネス領域を開拓する大きな原動力になるでしょう。

今後の展望

今後、エージェンティックAIはあらゆる業界に浸透し、多様なデータソースを活用しながら自律的に業務を推進する存在として進化すると考えられます。単にタスクを自動化するだけでなく、意思決定プロセスに深く関与し、人間の判断を補完したり、業務領域を超えて協調したりするケースも増えていくと想定されます。

そのためには、マルチエージェントアーキテクチャが機能するデータパイプラインの充実が必要となり、セキュリティやコンプライアンスの観点からガバナンスの強化も求められています。

エージェンティックAIを活用して、イノベーションを創出する企業とそうでない企業の格差が広がる可能性もあり、経営層は早期の判断と長期的な視点で経営戦略における手段の一つとしてエージェンティックAIをどのように推進していくか、問われているのかもしれません。

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