「人×AI」シェアード・ジョブが経理を再定義する
生成AIの活用が広がる中、業務の在り方そのものが根本から見直されつつあります。なかでも経理・財務部門は、定型作業の自動化にとどまらず、「人とAIが協働でひとつの職務を担う」という新たな就業モデルへの移行が加速しています。Gartnerによると、2029年には経理・財務部門の人材の3分の1が、AIと共同で役割を担う「シェアード・ジョブ」に就くようになるとされ、現場のスキル構成や人材育成の考え方にも大きな変革が求められます。
今回はGartnerが2025年4月24日に発表したレポート「Shared Jobs in Finance」およびインタビューをもとに、その背景やモデルの概要、人材戦略への影響、そして今後の展望について取り上げたいと思います。
"人+AI"でひとつの職務を担う:シェアード・ジョブという構造変革
Gartnerが提唱する「シェアード・ジョブ(Shared Job)」とは、単にAIを活用して業務を効率化するのではなく、AIと人が相互依存の関係にあり、協働してひとつの職務を担う形態です。従来の「人が職務を保有する」という前提を根本から見直す概念であり、特に経理・財務部門においては、業務構造を再設計する出発点となります。
このシェアード・ジョブには、目的やアプローチの異なる2つのモデルが存在します。Gartnerはこれを「マネジリアルモデル」と「コンペティティブモデル」として定義しています。
出展:Gartner 2025.4
モデル①:マネジリアルモデル ― 効率性重視の共創型
マネジリアルモデルでは、AIが経理レポート作成などの定型・反復業務を担い、人間がその出力を監督し、洞察や意思決定へと昇華させます。業務効率の大幅な向上を可能にし、データ抽出や要約業務、一次的な意思決定支援などが主な対象領域となります。
このモデルの鍵は、AIに任せられる業務範囲を拡大しつつ、人間が品質管理とフィードバックを通じてAIの精度向上に寄与する点にあります。つまり、AIが「作業者」であり、人間は「管理者兼戦略実行者」として関わる構造です。
モデル②:コンペティティブモデル ― 精度と学習性を重視した協働競争型
一方のコンペティティブモデルでは、人間とAIがそれぞれ独自に分析を行い、結果を比較・評価し合うことで精度を高めていきます。高度な分析力や予測モデリング、異常検知などが対象業務であり、双方が学習と補完を通じて"共に進化する"点が大きな特長です。
このモデルでは、AIと人間が"競争"するというよりも、相互フィードバックによって知見を深めていく「協働学習」の形に近く、ファイナンス部門における意思決定の質を飛躍的に高める可能性を秘めています。
人材構成の変化:「ピラミッド」から「ダイヤモンド」型へ
シェアード・ジョブが拡大すると、経理・財務部門の人材構成にも変化が起こります。これまで一般的だった「多数の初級職+少数の中間管理職+ごく一部の上級職」というピラミッド型構造は崩れ、初級職が減少し、中間層が厚くなる"ダイヤモンド型"に再編されるとGartnerによると予測しています。
これはAIの進化により、定型的な初級職業務が不要になる一方で、AIと連携しながら複雑な業務を担う中間層の比重が高まるためです。この変化は、採用戦略や昇進パスにも影響を及ぼし、これまでの「下から育てていく」モデルが通用しなくなる可能性があります。
求められる3つのスキルセット:AIを"使う"から"共に働く"へ
Gartnerは、シェアード・ジョブを成功させるために、以下の3つのスキルの重要性を強調しています。
AI活用スキル(AI Enablement)
財務知識とAIツール、データサイエンスの基礎知識を組み合わせた応用力。自動化プロセスの設計と運用に欠かせません。
AI翻訳スキル(AI Translation)
AIの予測や出力をビジネスリーダーに説明し、意思決定に反映する能力。AIが出した「意外な結果」を正確に読み解く力です。
AI監視スキル(AI Monitoring)
モデルの偏り、逸脱、規制違反のリスクをモニタリングし、AIの信頼性を維持する役割。監査的視点が求められます。
これらは、従来の経理・財務スキルとは大きく異なるものであり、企業は「デジタル・ファイナンス人材」の育成に本腰を入れる必要があります。
今後の展望:財務部門は"AIの共働者"をどう育てるか
シェアード・ジョブの普及は、単なる業務効率化の延長ではありません。財務部門そのものの価値を再定義し、人材構成やキャリアパス、採用基準、教育方針に至るまで、全方位的な再設計を迫りることになります。
とくに問題となるのは、エントリーレベルの職務が激減することによる中間層の人材パイプラインの断絶です。これを乗り越えるには、AIスキルとファイナンススキルの両面から人材を育てる戦略が求められるでしょう。
AIと共に働く時代、経理・財務部門に求められるのは「スキルの融合」と「人材構造の進化」です。この潮流をどう読み解き、どう自社に取り込むか。ファイナンスリーダーの真価が問われています。