経済産業政策の新機軸が目指す3つの循環
日本は少子高齢化や長期的な経済停滞など、さまざまな課題に直面しています。こういった課題を解決し、持続可能な成長を実現するため、政府は「経済産業政策の新機軸」を掲げています。国内投資の拡大、イノベーションの促進、国民所得の向上という3つの循環を目指し、成長エンジンとしての産業政策を展開しています。
経済産業省は2024年10月29日、「第24回 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会」を開催。この中から「経済産業政策の新機軸」の基本構造について、取り上げたいと思います。
世界的潮流を踏まえた産業政策の転換=「経済産業政策の新機軸」
これまで日本の産業政策は、特定産業の保護や市場の自由化に重点を置いていました。しかし、気候変動やデジタル化の急速な進展など、世界的な課題への対応が不可欠になっています。
こういった状況の中、経済産業政策の新機軸として掲げられたのが「ミッション志向の産業政策」です。本政策では、GX(グリーントランスフォーメーション)、DX(デジタルトランスフォーメーション)、健康寿命の延伸、経済安全保障など、社会課題を成長の原動力とし、官民の力を結集して取り組む政策です。
政策のフレームワークでは、ミクロ経済政策とマクロ経済政策の一体化が図られています。この枠組みでは、需要と供給の双方に対応するための生産的政府支出(PGS)などを通じて意欲的な目標を設定し、達成に向けたさまざまな支援が行われるといいます。
具体的には、イノベーションの支援、規制や制度の整備、標準化の推進、そして国際連携といった政策ツールを総動員し、経済成長を図るアプローチです。この政策では「失敗を恐れず挑戦し、失敗から学ぶ」という「フェイル・ファースト」の考え方を重視し、総合的かつ多面的な事後評価を通じて政策の効果を検証・改善することが重要視されています。
なぜ、国内投資なのか
日本経済の成長力を支えるためには、国内投資が不可欠となっています。内閣府のデータによると、日本の潜在成長率はドイツと比較しても低く、その要因の一つが資本蓄積の差にあります。ドイツが継続的に資本投入量を増加させている一方で、日本の資本投入は停滞しており、これが経済成長を妨げる要因となっています。
日本は成長力の鍵を握る投資が不十分で老朽化も深刻
日本の設備やインフラの老朽化は、経済成長における大きな課題です。OECDのデータによると、G7諸国の中で日本の資本ストックはイタリアに次いで2番めに古く、資産の老朽化が進行しています。これは、国内企業の競争力や生産性の向上に大きな制約となり、新たな技術の導入や効率的な生産体制の構築を妨げているのが現状です。
研究開発投資や人材投資といった無形資産投資も停滞
日本企業の研究開発や人材への投資も、他国に比べて低調です。売上高に対する研究開発費の割合が横ばいであることは、技術革新を促進する力が弱まっていることを示しています。人材投資に関しても、OJT以外の育成への投資が限定的であり、長期的な競争力の低下を招いています。
稼ぐモデルは「既存事業を有効活用するコストカット型」
これまで、日本企業は既存の事業基盤を活用し、コスト削減を図ることで利益を拡大してきました。国内の生産コストを抑えつつ、海外市場での収益を増加させることが中心的な戦略でした。しかし、このモデルは短期的には有効であっても、長期的な成長には限界があります。
新機軸では、このコストカット中心の戦略から脱却し、積極的な投資によって新たなビジネスチャンスを創出することが求められています。
なぜ、所得拡大なのか
所得の拡大は、個人消費の活性化を通じて経済成長を支える重要な要素です。過去30年間、日本の実質賃金はほぼ横ばいであり、購買力の低迷が内需の停滞を招いています。これにより、国内市場の需要喚起が困難となり、経済の成長力が低下しています。
国内投資の増加は賃金上昇につながる
国内投資の増加は、労働生産性の向上を通じて賃金の上昇につながります。設備投資や新技術の導入により生産性が向上することで、企業の利益が増加し、従業員の賃金も上がるという好循環が期待されます。
企業と政府の「目線の違い」を意識した、マクロ・ミクロの連動が必要
企業は株主利益を重視し、収益最大化を追求する一方で、政府は国民全体の生活水準や社会全体の安定を目指しています。
このように、企業と政府の両者の目線の違いを調整し、経済全体の成長を目指すことが必要となります。新機軸では、官民が協力し、社会課題の解決と経済成長の両立を図ることを強調しています。
「経済産業政策の新機軸」の枠組みと今後の展望
2021年以降、日本は社会課題の解決を成長の原動力と位置づけ、「ミッション志向の産業政策」と「社会基盤の組換え」を掲げ、大規模かつ長期的な産業政策の強化を進めています。
前述したように、この政策の基本理念は、国内投資の拡大、イノベーションの促進、国民所得の向上という3つの好循環を実現することにあります。
ミッション志向の産業政策では、GX(グリーントランスフォーメーション)やDX(デジタルトランスフォーメーション)など8つの分野を対象とし、人口減少下でも国内需要を拡大し、国富を増やす戦略的投資を実行します。
これに加え、社会基盤の組換えとして、人材、スタートアップ・イノベーション、価値創造経営、データ駆動型行政といった4つの分野で基盤整備を進め、ミッションを補完しつつ成長を支える体制を整備しています。
今後、日本が「経済産業政策の新機軸」を通じてどれだけ実効性のある成果を上げられるるのでしょうか?
官民の連携がどこまで密接に進むか、政策が市場に与える影響を的確に評価しながら、柔軟に修正していく政策的なアプローチがが重要となります。
日本が持続可能な成長基盤を築き、国際競争力を強化するためには、これらの政策フレームワークの実行力が問われるようになるでしょう。