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2008年9月8日の投稿

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いまさらながら、積ん読状態だった『暗号解読』(下巻はこちら)を読了。評判通りの面白い本で、非常に難解なロジックが登場するにも関わらず、物語としての面白さが保たれているという希有な一冊です。IT系の方々にも関係が深いRSA暗号といったテーマや、ソーシャル・エンジニアリング的に「暗号そのものではなく、暗号を使う人々が持つ弱点」を突いて解読する話などが登場するので、読書の秋に最適かも。

と言っておきながら、暗号解読とは直接関係しない部分の話なのですが……本書は暗号解読をテーマとしていると同時に、解決の糸口すら見えない問題にどう立ち向かうか?を示してくれる本だと感じました。例えば同書の中で、こんなエピソードが登場します。場面は第2次世界大戦中、英国政府暗号解読班の本部が置かれたブレッチレー・パーク。ここに集められたスタッフが、有名なドイツの暗号機「エニグマ」等を解読することになるのですが、当時の英首相ウィンストン・チャーチルが彼らを訪ねたときのこと:

ブレッチレーで行われる暗号解読の重要性を十分に理解していたウィンストン・チャーチルは、1941年9月6日、じきじきに暗号解読者たちを訪ねる機会をもった。何人かの暗号解読者と会ったチャーチルは、かくも価値ある情報を提供してくれているのが、なんとも異様な面々であることに驚かされた。そこには数学者や言語学者のみならず、焼き物の名人、元プラハ美術館の学芸員、全英チェス大会のチャンピオン、トランプのブリッジの名人などがいたからである。チャーチルは、秘密検察局の局長であったサー・スチュワート・メンジーズに向かってつぶやくようにこう言った。「八方手をつくせとは言ったが、ここまで文字通りにやるとはな」そうは言ったものの、チャーチルは寄せ集めのこの集団が大いに気に入り、彼らを「金の卵を生む、鳴かないガチョウたち」と呼んだ。

とのこと。チャーチルを驚かせた「寄せ集め」が機能した理由については、別の箇所でこう述べられています:

それでも彼らが成功できた理由の一つは、どの棟にも、数学者、科学者、言語学者、古典学者、チェスの名人、クロスワード・マニアといった奇抜な面々がそろっていたことである。難問は棟から棟へとまわされるうちに、それを解決するのにうってつけの頭脳をもつ人物にぶつかるか、あるいは完全に解決はできないまでも、部分的に解決できる人物にぶつかるのだった。第6棟の責任者だったゴードン・ウェルチマンは、自分のチームのことを「臭いを嗅ぎ分けようとする猟犬の群れ」と評した。

つまり問題が多角的に考えられるような状況を作り出すことで、どんな小さな手がかりも発見・分析することができたわけですね。若干状況は異なりますが、様々なスキルやバックグラウンドを持つ人々を参加させるという点で、オープンソースや集合知の発想に近いと言えるでしょうか。

実は本書には、この逆のケースも登場します。紀元前にギリシャで使われていた文字「線文字B」の解読が行われていた際、英国の考古学者サー・アーサー・エヴァンスは自説を強力に展開し、それに従わない者を排除・資料へのアクセスを制限していたしていたそうです。結局彼の説は間違いで、正しい解釈の端緒を開いたのは、建築家のマイケル・ヴェントリスでした。仮に自説とは違う説を唱える者や、部外者達にも広く資料を公開していたら――検証することは不可能ですが、「より広く公開する方がプラスである」という考え方が考古学界にも受け入れられつつあるのは、「死海文書をネットで公開しよう」という動きがあることからも明らかでしょう。

無敵と言われたドイツの暗号を解読したのも、使われなくなって何世紀も経った古代文字を解読したのも、メインストリーム以外の人々が問題への取り組みに参加したからだった。ならば普段の仕事で抱えている問題も、いつもと違う人々に見てもらうことによって、解決の糸口が見つかるかも知れないですね。

アキヒト

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小林啓倫

小林啓倫

株式会社日立コンサルティングの経営コンサルタント。WEBサービスの企画・運営、新規事業の立案などに携わる。個人でPOLAR BEAR BLOGも執筆中。

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