| « 2007年7月10日 | 2007年7月12日の投稿 |
2007年7月13日 » |
我々は聖人君子ではありませんので、何となく「苦手だなぁ」と思ったり、「なんとなくいやだなぁ」と感じてしまう人が、どうしてもいるものですよね。
自分に当てはめて色々と考えてみると、「相手のここが嫌」と思う部分は、自分の深い心の中で「自分のここが嫌」と思っている部分と実はかなり一致しているのではないか、という気がします。
普段は、自分にそのような嫌な部分があることは意識していませんし、逆に表面意識の上では「自分は違う」と否定することも多いとは思いますが.....。
相手のエゴに見える部分は、実は自分が日頃抑えようとしている自分自身のエゴの部分であるような気がします。例えば、虚栄心や、物欲、等など。
■ある種の虚栄心を持っている自分は、同じ虚栄心を持っている他人を嫌に感じる
■ある種の物欲を持っている自分は、同じ物欲が強い他人を嫌に感じる
自分のエゴが実はよく分かっているからこそ、他人のエゴもよく見える、ということでしょうか?
言い換えると、他人への嫌悪感は、自分への嫌悪感の裏返しでもあるのですね。
一方で、例えば、多くの人達が悪く言う人でも、自分が嫌と思わない場合も時にはあります。
このような場合、多くの人達が欠点と指摘する部分は、自分が日頃自分自身にエゴを感じている部分でなく、従ってそのような欠点は自分にとっては個性に見えることが多いように思います。
さて、我々はこのような他人と自分のエゴにどのように対処すればよいのでしょうか?
田坂広志さんは、「なぜマネジメントが壁に突き当たるのか - 成長するマネジャー 12の心得 -」で以下のように述べておられます。
率直に言えば、どれほど「無私」や「無我」を論じてみても、
我々が「エゴ」を捨てることは不可能です。
しかし、我々は「エゴ」を見つめることはできます。
そして、自分の内面にある「エゴ」を見つめ、
その動きが見えていることは、それだけで、
その「エゴ」が衝動的に活動することによってもたらされる破壊的な影響から、
我々を救ってくれるのです。
そうした意味で、マネジャーは、
自分のこころの世界にある操作主義の動きに
気づいていなければなりません。
他人への嫌悪感を解消するには、まず自分自身のエゴを静かに見つめることが大切なのかもしれません。
結局、他人との関係で生じる問題も全ては自分自身に原因があり、自分自身しか解決できない、ということなのではないでしょうか?
実はこのように書く自分自身が、なかなかエゴをマネージメントできていないのですが、このように文章に書くことで、ささやかなりとも自分のエゴを静かに見つめることができれば、と思います。
2ちゃんねるに検索窓が付いたというニュースがITmediaに掲載されています。
2ちゃんねる検索は、マイナーな事象の世の中の動きが結構分かりますし、一時期は2ちゃんねる上における利他的行動の研究も行っていたこともあって、私は2003年のβサービスの頃から使っていました。
検索は有料ですが、前払いして獲得したモリタポもまだかなり残っています。
今回改めて検索してみると、例えばこのブログのリンクが色々なところに張られていたりして、結構面白い発見があります。
世の中の様々な意見が集約されている巨大コミュニティなので、このコンテンツが検索できる意義は大きいと思います。
ただ、現在アクティブなスレのみ検索対象なのはβサービスと同じです。
確かどこかのサービスで過去ログも検索できる筈ですが、この2ちゃんねる検索で過去ログも検索できると、とてもうれしいですね。
| « 2007年7月10日 | 2007年7月12日の投稿 |
2007年7月13日 » |

顧客に“ワォ!”という体験を提供――ザッポスに学ぶ企業文化の確立
ちょっとした対話が成長を助ける――上司と部下が話すとき互いに学び合う
悩んだときの、自己啓発書の触れ方
考えるべきは得意なものは何かではなく、お客さまが高く評価するものは何か
なんて素敵にフェイスブック
部下を叱る2つのポイント
第6回 幸せの創造こそ、ビジネスの使命