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2011年11月21日 »

ビッグデータに関する短い電子書籍を書かせていただいたのですが、公開して3日で900ダウンロードと、改めて「ビッグデータ」という言葉に対する注目度の高さを感じています。一方で関係者の方々と会話をしていて感じるのは、ビッグデータが一時のバズワードで終わってしまう危険性です。

「データを分析して知識を得る」という発想は、何も最近になって生まれたものではありません。『ビッグデータ社会の到来』では19世紀アメリカの海軍士官マシュー・モーリーの話(船舶のログ=航海日誌を集めて潮の流れ等々を分析した)などを紹介しましたが、日本でもデータマイニングやBI(ビジネス・インテリジェンス)などの言葉でデータ分析が導入されてきたことはご存知の通り。しかし改めて「データの山からお宝が!」という話に注目が集まるのは、逆に言えばそれだけデータ分析が簡単に定着するものではないことを示していると言えるでしょう。

3年前に『分析力を武器とする企業』という本を紹介しているのですが、その中で米バブソン大学のトーマス・ダベンポート教授は、「分析力を武器とする企業」ほど分析力以外の面(データを活用しようという意識や組織構造など)が強いことを示しています。そうしたいわば「環境面」での準備が進んでいなければ、いくらビッグデータを分析できる技術を手にしたとしても、宝の持ち腐れになってしまいかねません。

次に考えなければならないなのが、人材不足の問題です。マッキンゼーが今年5月に発表し、ビッグデータ「ブーム」に火がつく一因となったレポート"Big Data: The Next Frontier for Innovation, Competition, and Productivity"では、今後米国内だけでも20万人近いデータ分析の専門家、および約150万人のデータ分析に通じた経営層が不足する可能性があることが指摘されています。Googleなど目ざとい企業は既に人材確保に動いているわけですが、資金のない企業はビッグデータという競争のスタートラインにすら立てなくなる恐れがあるわけですね。また以前、インドに「頭脳外注」する企業が現れているというニュースを紹介したことがありますが、同国はコンピュータや数学の専門家を教育することに力を入れていますから、ビッグデータ時代には「インドの専門家にデータ分析を依頼する」というケースも増えてくることでしょう。

ただこの点については、賛否が分かれるところかもしれません。分析という技術や作業を一種のコモディティと捉えてしまえば(あるいはいずれコモディティ化すると考えれば)それを自社内にわざわざ抱え込む必要はないと言えます。専門家がいるのが日本だろうがインドだろうが、分析自体は任せてしまい、その結果を利用したり全体のスキームを設計したりといったところに力を割くべきだという考え方もあるでしょう。一方でデータやデータ分析の重要性を考えれば、その専門家を自国内に置くことに日本の将来がかかっている、といった具合に「ビッグデータ日本再生論」的な話もできると思います。

また個人的に重要だと思っているのが、データをオープンにし、シェアするという文化が日本でどこまで根付くのかという点です。正直な話、いくらビッグデータが分析できるようになったといっても、大量のデータが突然生まれてくるわけではありません。GoogleやFacebookのような企業を目指すというのでもない限り、一企業の中で非常に大容量のデータが蓄積されるというケースも(当面は)そう多くないでしょう。しかしどこか別の組織が持つデータが公開される、またフォーマット等が統一されデータ共有がし易くなるという場面が増えてくれば話は別です。それらを組み合わせ、さらに自社内にあるオリジナルのデータを追加して「ビッグデータ」をつくり出し、分析するという行動が取れるようになります。

実際に米国では「オープンガバメント」のかけ声のもと、政府系機関が持つデータが積極的に公開されており、それをベースにした様々なサービスが生まれています。例えば、農作物の生育に関する保険を販売している企業"The Climate Corporation"では、米農務省が公開している過去60年分の作物収穫量、および2平方メートル単位の土壌データ(14テラバイトに達するそうです)を取得。さらに天候や降雨量といったデータを組み合わせて、様々な作物の収穫量を予測しています。また最近よく耳にするようになった「TwitterからAPI経由でツイートデータを取得、分析して社会の動向を探る」というアプローチ(カゼミルなどが好例ですね)も、この例に入れることができるでしょう。

恐らく日本政府も「オープンガバメント」の方向へと向かって行くと思いますが、その際にそれをどこまで活用できるのかは企業にかかっています。またこれまで「データは内部で持つのが当たり前」と考えていた企業が、外部からデータを仕入れる、あるいは外部と共有するといった行動にどこまで踏み込めるのか・どこまで戦略的に行えるのかは未知数です。「ビッグデータ?あぁ、Hadoopとやらを導入するように指示してあるよ」という経営層ばかり、という最悪の結果に終わらなければ良いのですが。

大げさな物言いになってしまいますが、ビッグデータとは技術的な概念である一方で、データをオープンにし、組み合わせ、知識を生み出そうという一種の思想でもあると言えるのではないでしょうか。少なくともそうした思想面を理解しない限り、ハード屋さんとコンサルに高いオモチャを売りつけられて終わりになってしまうでしょう。そんないつかきた道を避けるためには、より多くのバックグラウンドを持つ人々が参加した形での議論が行われなければならないと思います。

アキヒト

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小林啓倫

小林啓倫

株式会社日立コンサルティングの経営コンサルタント。WEBサービスの企画・運営、新規事業の立案などに携わる。個人でPOLAR BEAR BLOGも執筆中。

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