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テロの経済学』を読了。タイトルにある通り、経済学から「テロ」という行為を分析した本なのですが、最も驚かされるのは原題にもなっているテーマ「人はなぜテロリストになるのか(What Makes a Terrorist)」という部分でしょう。「貧しくて教育レベルの低い人々がテロリストになる」というのが世間一般のイメージ、そして世界の政治家たちの主張だと思いますが、実はその逆――テロリストは裕福な家庭の出で、十分な教育を受けている傾向があるという事実が、様々なデータによって明らかになります。

実際どのような調査・分析が行われ、どのような結果が出たのか……については本書をぜひご覧いただきたいのですが、著者のアラン・クルーガー教授はテロのイメージを覆し、意外なものに例えています:

私は、テロ行為が路上犯罪よりもむしろ投票行動のほうに似ていると主張したい。たとえば経済学では、高賃金の職に就きかつよい教育を受けている人のほうが、時間の機会費用が高いため、投票に行かないと考えるが、実際投票に行くのはまさにその時間の機会費用が高い人たちなのである。なぜだろうか。それは、彼らは選挙結果に影響を及ぼしたいと考えており、また十分よい教育を受けているため自分自身の意見を発言したいと考えているためである。テロリストもまた政治的結果に影響を及ぼしたいと考えている。何がテロリストを生み出しているのか、を理解するためには、給料の低いのは誰か、経済的機会の少ないのは誰かと問うよりも、誰が強固な政治的目的を持ち、かつ十分確信をもって彼らの過激な幻想を実現するために暴力的手段に訴えようとするのか、を問うべきである。多くのテロリストは、生きていくための目的を持てないほどひどく貧しい人たちではない。むしろ彼らは、その達成のためなら自ら死んでもよいと考えるほどの理想を持っており、それに対して、深くかつ強烈な関心を持っているのである。

確かにテロが路上犯罪というより、投票に近い行動なのであれば、「富裕層・高学歴」の人々の方が参加傾向が強いことも理解できます(だからといって、その行為は決して許されるものではありませんが)。クルーガー教授の説が正しいかどうかは慎重に議論されなければなりませんが、少なくとも私たちはこれまで、テロという行為をあまりにも単純化して捉えていたのではないか?という疑問を本書は指摘しています。

ではなぜ「貧困がテロを起こす」という主張が事実のように繰り返されてきたのか。別の箇所で、クルーガー教授はこう意見を述べています:

一つは、われわれは世の中を物質的な視点、つまり西欧的な視点から見る傾向があり、経済環境が考えや行動を決定する強力な動機であると見ているからである。加えて、われわれを攻撃する人は、絶望的な経済状況であるため、またはわれわれの生活スタイルを嫌っているために、そうした行動をとるのであると仮定する方が、非常に複雑な問題に対しても、安心をもたらすように簡単な答えが提示できるからである。世界の多くの指導者は、自分自身の利益を追求するため、あるいは彼らの国や組織に対する国際的援助を増加させるため、また不満や過激主義を引き起こす政策から注意をそらすために、貧困がテロリズムを引き起こしているという、単純すぎる論理を利用しているのである。

これも1つ1つ慎重に検討しなければなりませんが、テロという重大な問題であっても(重大な問題であるからこそ?)、人々は単純化された見方を提示しよう・受け入れようとする可能性がある、と。そしてひとたび見方が定まってしまうと、それ再び議論の上に戻すだけでも、一冊の本を書き上げることが必要になってしまうわけですね。

この本はそうした危険性を指摘してくれると同時に、「データをして語らせる」という行為の模範例になっていると思います。テロは重大な問題だけど、あまり身近ではないなぁと感じている方にも、一読していただきたい本だと感じました。

アキヒト

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小林啓倫

小林啓倫

株式会社日立コンサルティングの経営コンサルタント。WEBサービスの企画・運営、新規事業の立案などに携わる。個人でPOLAR BEAR BLOGも執筆中。

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