新興国にとってBRTが現実的である理由 - インフラ輸出品目としてのBRT(中)
この投稿は、都市交通の破壊的イノベーション?インフラ輸出品目としてのBRT(上)の続きです。
このブログでBRT(Bus Rapid Transit)をインフラ輸出の文脈で取り上げる理由は、おそらく新興国においては、日本にいるわれわれが思い描くような本格的な都市交通システムはペイしないだろうと思うからです。
ジャカルタの従来型バスの乗車賃は2,000ルピア(16.5円)。BRTのトランスジャカルタは3,500ルピア(29円)。これが仮に新都市交通システムが建設されて、乗車賃が倍の7,000ルピア(58円)で設定されたとすれば、ターゲット層の大多数は利用しないのではないかと思われます。「値段が倍になるなら渋滞の中をトロトロ走るけれど、従来型のバスを選ぶよ」と。
日本がインフラ輸出のターゲットとして想定している新興国の多くでは、現地の消費者が許容できる乗車賃水準は、おおむね100円以下ではないかと思われます。インドネシアでは40円ぐらいではないでしょうか。
インドではどうかと思って確認してみると、デリーのメトロを数区間乗ると21円(15ルピー)です(デリーメトロレール会社サイトによる)。
これから類推すれば、仮に初乗り40円といった水準になると、多くの人が利用しなくなるかも知れませんね。インドネシアよりもさらに低い水準でモノを考える必要があります。
比較対象ということで、オーストラリアのゴールドコースト市のライトレール計画の数字を使ってみましょう。同計画は延長13km、16駅、14台の車両で1日5万人を運び、これに870億円(10億オーストラリアドル)を投じます。キロ当たりの初期投資は67億円。
1日5万人の乗客、年間オペレーションコスト1.5億円(安め)とすると、1人350円程度徴収しないとトントンにならず、累積赤字が肥大していきます(IRRで4.6%、投資回収14年)。ゴールドコースト市の場合、事業の赤字分は税金から補填する構えのようで、実際の乗車賃は支払いやすい水準で設定されるようですが。
1日5万人の乗客はライトレールであるため、かなり低めの水準です。もう少し輸送効率がよい交通システムであることを想定して、1日10万名の乗降客で、乗車賃水準100円ならいくらまでの初期投資が可能か?
簡単に試算してみると、おおむね500億円となります。
新興国の大都市で、初期投資500億円で20km程度の軌道系都市交通システムの実現が可能でしょうか?少なくとも日本企業はそうした金額で運営も含めた受注をするでしょうか?答えはノーでしょう。
ということで目線は自然とBRTに向きます。
■フルスペックBRTの定義
BRTにも簡易型のBRTからフルスペックのBRTまで様々あります。以下のLloyd Wright氏による「フルスペックのBRT」の定義を掲げておきます。
・道路の中央に他の車線とは区分されたBRT専用車線が設けられており、BRT乗降ステーションも道路の中央にある。(いわゆるバスレーンのように一般車が入ってくる車線ではなく、ブロックなどで明確に区分された専用車線があるということ)
・乗降前に運賃を徴収する仕組みがあり、乗降区間に応じた運賃設定を守る仕組みがある。(運賃自動収受装置のようなものを想定)
・運営企業以外の一般バス会社などとは専用車線や乗降ステーションを共用しない。
・複数の路線の間で自由に乗換ができる。
・運営企業は競争入札によって決定する。(地方自治体が運営企業を恣意的に決めたり、地方自治体自ら運営するのではなく、競争入札によりもっとも経営効率が高い企業を選ぶ)
・高頻度運行により、乗降ステーションでの待ち時間が少ない。
・環境負荷が低いバス技術を用いている。
・他の交通機関との連携が行われている。
■目で見てわかるフルスペックのBRT
上のように文章で述べられてもピンと来ないので、「これぞフルスペックのBRT」ということが一見してわかる写真を掲げます。
出典:Environmental Friendly Practices
これはBRTが大量輸送システムに他ならないことを明確に物語っている写真ですね。コロンビアの首都ボゴタのBRT、TransMilenioです。
出典:Kaio Design Bus Bahia
ブラジルのサルバドル市のBRT。鉄道駅の跨線橋のように道路の上を渡す”跨道橋”があって、そこを通って道路中央にある乗降ステーションに至るということがよくわかる写真です。バスは高床式、従ってステーションも地面より高くなっています(ジャカルタと同様)。
出典:Blog Ponto de Onibus
これも道路中央に乗降ステーションがありますが、高床式ではなく、地べたから直接バスに乗るスタイルです。乗客は横断歩道を通ってこのステーションに至るのだとすれば、信号で車両の通行がストップしますね。(フルスペックのBRTとは呼べないかも知れません)
出典:Engineering News
これはバス専用車線が2線設けられており、「急行便」が「各停便」を追い越せる仕様になっています。興味深いです。
なお、BRTの専用車線が中央に置かれるべき理由は、その逆を行った場合に何が起こるかを考えてみれば理解できます。BRTの専用車線は一般車が入って来られません。それが道路の両端にあると、一般車は路肩に止めて同乗者を乗せたり下ろしたりできなくなります。宅配便のトラックなども荷物の積み卸しができませんね。
■BRTなら運賃数十円台も可能
都市交通システムとしてのBRTを研究している専門家には、日本では横浜国立大学の中村文彦教授がいます。中村教授が公開セミナーで使った資料がこことここにあります。
海外では、Vivaという持続可能な都市交通の普及啓蒙を進めている団体のExecutive DirectorであるLloyd Wright氏の存在が際立っています。持続可能な交通システムの普及を支援しているUNCRDという国連系機関で彼が行った政府官僚向けのセミナーの教材がここにあります。ここの資料はかなり数も多く、BRTの基本から事業運営までを学ぶことができるようです。
Lloyd Wright氏による"Introduction to BRT"という資料に、BRTと軌道系都市交通とのkm当たり初期投資額を比較したページがあります。
出典:Bus Rapid Transit Training Course - Introduction to BRT, Lloyd Wright
数字を丸めて日本円で記せば、
・BRT:5,000万〜15億円/km
・トラム:10億円〜25億円/km
・ライトレール:15億〜40億円/km
・都市交通:25億〜60億円/km
・高架鉄道:50億〜100億円/km
・地下鉄:50億〜320億円/km
となります。上のゴールドコーストのライトレールは67億円/kmですからやや高めですね。先進国値段ということでしょうか。
軌道系都市交通に比べると、BRTの距離当たり単価の安さは際立っています。
ゴールドコースト事例の13kmにおいてBRTシステム一式を導入すれば、キロ10億円としても130億円。これだと乗車賃60円ぐらいが損益分岐点になります(1日5万名利用)。初期投資をもう少し絞れば新興国でも十分に導入できそうな料金水準になりそうです。
インフラ輸出の商売として見れば、鉄道車両の納入こそなくなるものの、日本から売れるものには、電気自動車をベースとしたBRT用大型バス、充電設備、運行管理システム、料金収受システムなどがあります。朝夕のラッシュ時に利用状況を見ながらダイナミックに車両運行を管理する技術を組み入れれば、日本ならではのBRTシステムということになるのではないでしょうか。
むしろ、メトロ系よりBRTでインフラ輸出を狙う方が、導入できそうな都市数が飛躍的に増大しますから、短期で見ても長期で見ても、関連企業にとっては大変に意義のある事業になるのではないでしょうか。
BRTにはさらに興味深い側面がありますので、もう1回述べます。
(続く)